第160話 悲しくなる

コッコッコッ……コケコケ……


中庭の家畜小屋から、鶏の鳴く声がします。


「こけこー?」


べっどで横たわっていた私がゆっくりと目を開くと、目の前には背の高い絶世の美青年が。


「木鈴さん!目を覚ましたんですね、良かった」


誰かと思ったら、旦那様の公明さんです。やっぱりカッコイイですね……。

えっと、事実はさておき、どうも私は董卓パパのてがみを読んで、久しぶりにぶっ倒れたようです。

で、旦那様はそんな私が心配で、牀に寝かせてずっと見守ってくれていたと。


「あ、あの、私が卒倒癖たおれるクセがあるのはいつものことなので、教祖さま公明さんはもっと他の大事な仕事が……」

「木鈴さんを見守る以上にまっすぐ大事な仕事はないです」


きりりと引き絞られた太い眉の下から覗くまっすぐな眼に見つめられてそんなことを言われると私もですね。

……うぇへへ。


「あ、ありがとうございます」


なぜか顔が火照ってきたので、お茶を所望して一服します。



 ― ― ― ― ―


一息ついたところで、公明さんが優しく声をかけてくれました。

「あの、木鈴さん。最近、落ち着きがないようなので、何か悩み事があるのでは?」

「えっと、そうですね。悩みがあるのは事実ですが……」

「なんでしょう!私にできることならなんでも!」


食い気味に公明さんが仰いますが、私の今の一番の課題はこの大きなお腹なんですよね……。

種を撒いた方に出来ることと言っても……ねぇ。

と言ったら、公明さんは顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。


「すみません、私が調子に乗って何度も何度も……」

「そ、それは私も嬉しかったので別に……」


なんか二人で新婚の時みたいに真っ赤になってしまいました。うう、言葉が続きません。


「あ、あの、できることと言えば、その……手を握ってください……」


私の言葉を聞くと、公明さんはそっと手を握って、じっと側にいてくれました……。


しみじみと幸せを感じます。家族としてずっと一緒に、安心して暮らせれば……。

それを董卓パパは……。



 ― ― ― ― ―



空気を壊さないように公明さんが静かに問いかけてきました。

義父上董卓てがみを読んで倒れられたのですが、どうかされたのですか?」

「父上はわざわざ外戚と宦官の争いに首をつっこもうとされているのです。上手く行けば白ちゃんを皇后にするとか言って」

「争いごとはよくないですが、姪御董白が皇后になられるのは計画通りでは?新帝を抑えるためにも」



いや、そうなんですけど。

霊帝が亡くなって、外戚と宦官で争いを始めようとしている時に董卓パパが軍隊を率いてやってくるのが符号ふらぐが揃いすぎてて極めてまずいんですよね。


「父上が軍を率いて上洛されるのが、まずいんです……」

「わかりました。どう、まずいんでしょうか?」


どうまずいか。難しいですね。

既にいろいろ歴史を変えているので、完全に同じにはならないと思います。


でも、符号が合いすぎてて歴史が元の路線にもどろうとしているのかとも思ってしまいます。


これで董卓パパが政権を樹立しちゃって、その反動で三国志が始まっちゃったら。

殺して、殺されて。


最後には董一族わたしたちが皆殺しの運命に。


……せっかく幸せに暮らし始めたのに。

この子だって、せっかく生まれてくるのに、それが戦乱の世だなんて。


「わ、私ひとりなら、なんだって……耐えるのに……うっ……み、みんなが……ぐすっ……この子も」

あ、なんか感情が壊れて。


涙が止まらなくなってしまいました。


「うわあああん……死んじゃう、みんな殺されて……ひっく」


公明さんがひっしと抱きしめてくれます。

「大丈夫です!木鈴さん!私が守ります!私がまっすぐ守りますから!誰も殺させません!」

「でも、でも……うう……歴史がぁ……うわああん」


もう何言ってるのか分からないですが、とにかく悲しくなってきたので、ひたすら泣くことにしました。

その間、公明さんがずっと優しく肩を抱いて、頭をなでてくれていました……。



 ― ― ― ― ―



……そのまま、泣き疲れて眠ってしまったようです。

気が付いたら、夜になっていて、公明さんは居なくなってました。


夜に、奥さんと子供を置いてどっかにいくなんて……。

まさか、浮気?!


ど、どうしよう?!

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