第145話 比較実験と証拠

「ほら、ごらんください。符水まじないみずは効きました!」


新人信者のチョウさんが威張ります。


軽症の病人を百人集めました。重症の人?実験になんか使えるわけないじゃないですか、先に治します、とはいえこの時代の重症の方はそのまま亡くなる方が多いですが……


で、その軽めの病人百人に、張さんと符水派の信者の皆さんが符水を配り呪文を唱えることで、なんと一か月で六~七割の人々が良くなったのです。


新人信者の張さんが意気込んで言います。


「これで、符水を認めてくださいますね?」

「そうですねぇ、どうしますか教主様?」


私は教団代表に就任した公明くんに話を振ります。


公明くんは官服に身を包んで張さんに説明します。

この時代、押し出しも大事なので、公明くんには校尉たいさ印綬みぶんしょうとそれなりの官服を着てもらっています。政治的な理由です。旦那さまがかっこよくて私が嬉しいのは副次的効果です。どうですカッコイイでしょう。



公明くんが厳かに告げました。

「巫女様は言われた。実験というのは比較して意味があるんです……と」

「比較?」


張さんはピンと来ていないようです。


「こちらへ」


洛陽教団本部には病院……というか施薬院が併設されています。そちらにやってくると洛陽近辺のむらから集まった病人が治療を受けていました。


「こちらでは符水なしで、河伯の教えにより五行の栄養を摂取し、身体を強化する治療を行っている」


公明くんの言葉に良く知っていることなので張さんが頷きます。


「でこちらの治療効果は、一か月で9割が改善する、残りの1割も数か月で良くなる」

「なんと?!」


張さんもやっと言っている意味が理解できたようです。さらに言うと、ちゃんと張さんの実験対象と比較ができるように、症状年齢性別を揃えてもいます。けどそこまで気づくでしょうか。


張さんは少し悩んで、反論しました。


「し、しかし。符水は効いたではありませんか。では河伯の教えに符水を取り入れればさらに良くなるはずです!!」

「そうですねぇ」


私はここぞとばかりに別の証拠えびでんすをお出ししました。


「では、もう一つの例を。こちらは治療待ちの皆さんの状況ですね。治療内容としては主に「頑張れ」「待ってくれ」と声かけを行っているのですけど」

「いや、それは治療ではないでしょう!」


張さんの反論に、私はにっこり笑って竹簡たけふだに書かれた数字を示しました。


「はい、でもこちらも順番待ちの間に六~七割の人々が良くなって来院を取りやめているんですよ?」

「え……」

「水いりませんね、「頑張れ」って言うだけでいいのでは?」


張さんは示された証拠えびでんすを前にうなだれてしまいました。

そして絞り出すように呻いて頭を下げました。


「……私が間違っておりました」


良かった、これで信じないとか言われたら、もう一回張さんの目の前で証拠えびでんす集めからやらないといけない所でした。




しかし、あれですね。ほっといても7割が良くなるなら、インチキ水を配ってもまぐれあたりで回復するんですから、楽な商売ですね……これは黄巾党居なくならないですよ。


張さんが公明くんの目の前に平伏しました。


「教主様、この蜀の張魯チョウロ、少しばかり符水を扱えると思いあがっておりました。心から河伯の巫女様にお仕えしたく存じます。どうか河伯の秘儀をお教えください」


蜀の張魯??え?


「五斗米の?!」

「……ご存じだったのですか?!」

「……あ、いえ?知りませんよー?」


公明くんと張魯さんが同時にこっちを見つめてきます。迂闊ぅ?!


いや、知らないんですよ。五斗米道ゴトベイドウの張魯さんが長安の南の漢中に宗教国家つくって曹操に負けることぐらいしか。どんな教義だとかどういう布教してるのとか知らないんで……符水使ってたんですね。たしか信者からこくもつ五斗10リットル受け取るから五斗米道でしたよね。


……その五斗米道さんかー。黄巾残党かと思ってたら、そっちも参加してたのかー。

というかいつの間に益州まで布教してたんですか公明くん。実はけっこう信者増えてます??



……一応そのあと謎の巫女様に変身して、張魯さんの忠誠の誓いは受けておきました。

漢の朝廷の重臣たる前将軍の董卓さんの娘が、怪しい教団の巫女なわけないですからね。

公明くんの奥さんの董青ちゃんは巫女様ジャナイデスヨー。




 ― ― ― ― ―



そんなこんなで、教団経営に力を入れていると、政治もいろいろ動いたようです。


北の幽州ユウシュウで、太尉ぐんじだいじんの張温さんに怨みのある張純チョウジュン鮮卑センピ族が結託して反乱を起こしました。


「止めるって言ってましたよね?」

「いや、烏桓ウガン族の方は止めてたんですが、まさか張純が個人的怨みで蜂起して、さらに鮮卑と結託するとは……」


若白髪の賈詡カクさんが頭を掻いています。そう、烏桓族が涼州討伐に来れないように賈詡さんが反乱を煽ってたんですが、それは止めるように工作してもらっていました。


しかし、涼州討伐の総司令官だった張温さんに個人的なうらみのある張純さんがまず蜂起、そして匈奴キョウド族に攻撃されて落目の鮮卑さんと結託して、呼び込むために長城を開け放っちゃったとかなんとか。


「まずいじゃないですか」

「皇帝陛下は各地の反乱に迅速に対応するために制度を改革するとのことです……。で、それにあたりお願いがあるのですが」


なんでしょう?



 ― ― ― ― ―



新興宗教団体で美少女人妻悪役令嬢をやっている私のもとに来客がありました。


「すまないが、銭を貸してくれないだろうか」

小さいおじさんの曹操ソウソウさんが済まなさそうに頭を下げました。



ふふふ、曹操に頭を下げさせた娘はそう多くないでしょうね!


「いいですよ?いくらでしょうか」

「ああ、1億銭でいい」


はい?いちおく??

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