第143話 匈奴は気にしない

前方から近づいてきたのは匈奴の王子の劉豹くんと、匈奴が7、8騎でした。



それを見て、公明くんが私をかばうように動きます。


ああ、守られてる。

えへへ。



豹くんが馬の上から叫びました。


「青!困ってるよね?!迎えに来たよ!」

「えっ?」


いきなり何を言うんですか……


「いえ?とても幸せですが?」

というと公明くんがちょっと照れたように俯きました。旦那さまったら可愛い……。



というと豹くんはうんうんと頷きました。


「ということにしないといけないんだよね。漢の皇子と名士に狙われてるから」

「……あのー、豹さん??いったいそちらにはどう伝わってるんですか?」


豹くんにお話しを伺います。


まず、弁皇子が私を狙っている。

そして権力が私にわたるのを嫉妬した名士が私を襲った。

命を狙われた私は、弁皇子と名士から逃げるために、泣く泣く部下と結婚した。


泣いてなくて幸せなのを除けば合ってるとも言えなくないような……


「だから、豹と一緒に漠北もんごるに逃げよう。そこまでいけば漢の皇帝も名士きぞくも来れないよ」

「いや、ですから、私は幸せだから逃げたくないんですが」


真顔でいう豹くんに真顔で返す私。


「……」

「……」


しばし、沈黙が場を支配します。




劉豹くんが真っ赤な顔でまくしたてはじめました。


「だ、だって青は豹のことを気に入ってくれてたじゃないか!だからずっと結婚を申し込んでたのに!大人になったら良いって言ってくれたよね?」

「大人になったら口説いてくださいって言ったんです!口説かなかったじゃないですか!たまに来たって自分の話ばっかり!」

「口説いてたよね?!豹がどれだけ強くて頼りになるか説明して、褒めてくれたじゃないか!」

「いや、口説くっていうのはもっとこう私を褒めたりちやほやしたり……あー……」

「あー……って、えっ……」


いやーな空気が流れます。


あ、そういうことだったんですか……で、でもその、もう結婚しちゃったし……

豹くんも何かに気が付いたようです……。



冷汗が流れます。うう割とひどいことしちゃったかもしれない……


「あ、あの。ご、ごめんなさい……でも、もう人妻なので」

「……なんだ、それでよかったのか。大丈夫、人妻だって別に豹は気にしないよ?今度こそたくさん褒めたり、奇麗だよって言ってちやほやしてあげるから」

「いや、人妻です!気にしてください?!」

「匈奴は気にしない」


豹くんが私に手を伸ばそうとします。


そこに剣を抜いた公明くんが立ちふさがりました。


「漢人は気にしますが?」

「……なんだよ。ずっと青の後ろにひっついて、青のいうとおりしてただけのくせに、なんか偉そうな恰好して……」


豹くんは切れ長のとても冷たい目で校尉たいさの官服姿の公明くんを見ます。


「公明さんをバカにしないでください!私の旦那さまですよ!」

「いえ、僕は木鈴さんの後ろでずっと木鈴さんと一緒でずっと木鈴さんのためにまっすぐ働いてきましたので……それは誉め言葉です」


公明くんの指示で、護衛の信者さんがずらっと馬車の前に並びました。

それぞれ剣に手をかけて、騎乗の匈奴さんたちを睨みつけます。



「それっぽっちの徒歩ほへいで匈奴の騎兵に勝てるとでも思ってるのか、青を置いていけば死ななくて済むぞ?」

「そちらこそ、馬に乗っているぐらいで僕たちに勝てると思わないほうがいい……というか、僕の妻を呼び捨てにするな。斬られたいのか?」


あうあう、私をめぐって劉豹くんと公明くんが今にも斬り合いを……。

やめてください、私のために争いなんて。


私は後ろから豹くんを叱りつけました。


「やめてください!豹さん、そんなことをすると嫌いになりますよ!?」

「……それは嫌だなぁ」


劉豹くんが少したじろぎました。

配下の匈奴さんたちが豹くんの顔を窺っています。


あ、ちょっと効いたかな?



「だけど、ここで諦めたら一生青が手に入らないじゃない。それも嫌だな」

豹くんの指示で匈奴さんたちが一斉に剣を抜きました。



それを見て護衛の信者さんたちも一斉に剣を抜きます。



ど、どうしよう……




そこに大声が響き渡りました。


「日暮れだ!家に帰れ!!……剣だとっ?!何をしているー!?」

「ちっ、漢の兵か。退くぞっ!」


洛陽城内の治安を担当する執金吾けいさつの部隊がわらわらとこちらに走ってきます。

それを見た豹くんたち匈奴はさっと剣をしまうと、馬を駆ってばらばらに逃げていきました。



「青、諦めないからね?」

「……あー、はい」

 

豹くんは私の方をちらっと見ると、馬首をめぐらして去っていきました。





執金吾けいさつには事情を説明して、手数料をお支払いして、教団本部に送り届けていただきましたが……。



うーん……豹くんが本気で私狙ってるとなると……。

あ、でもこれ。どうしよう……?



お屋敷の房子へやに入って、私が一人で悩んでいました。

教団本部はほとんど教団の施設で、私と公明くんの私用の房子は1つ、荷物も最低限しかありません。


その小さな房子へやに公明くんが後からやってくると、私を力強く抱き寄せました。


「青」

「はい、公明さま?」


公明くんは二人っきりの時だけ、私を青と呼んでくれます。


「匈奴の王子に口説いてくださいって言うとかどういう意味ですか?」

「あ、え、それはそのー、公明さまに好かれてるって気づく前で……」


公明くんがとっても真剣な表情で見つめてくるのとその言葉に胸がどきどきしてしまいます。


「僕は、ずっと、青につくして、青のことだけを考えて、青のことが好きだったんですが」

「……あ、はい……」

「ちゃんと教えますね?」


その晩は、とってもたくさん教えられてしまいました……。

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