第140話 (閑話)裏切者の視点3

賈詡が劉弁に献策をしている。


「まず、最初の策ですが、殿下の味方を増やしその味方の官職を高めましょう。いま丁度よいことに滎陽で反乱がございます。こちらの討伐にこの劉玄徳殿を従軍させ、手柄を立ててもらいます」

「おう!任せとけ!」


劉備が朗らかに胸を叩いた。


「また都合の良いことに、河南尹とちじは何進大将軍と仲の悪い何苗です。何進大将軍は取り巻きの袁紹たち名士派閥の色が付きすぎていますので、何苗を昇進させて何進に対抗させましょう」

「あの……何苗叔父さんでしょ?そんなうまくいくかな?」


劉弁が疑問を呈する。無能なのはよくご存じのようだ。


「大丈夫です、河南尹(何苗)も人の意見をよく聞くお方です、殿下が一言言っていただければ委細は任せていただけます」


賈詡は言い切った。


何苗は無能すぎるので、部下から「出世できますよ」と提案すればロクに計画を見ることもない。これは董青と孫堅に矛盾した命令を平気で下すところからも明らかだ。


実際には何苗の腹心の董旻と劉備で全部やることになるだろう。



 ― ― ― ― ―



結果は、何も言わなくても董青が全力で支援してきて、あっという間にカタがついてしまった。



武装信者が大勢参加して募兵は一瞬で完了。兵站が完備され、食事も美味く、官軍が城に迫るだけで敵の城内から寝返りが発生して政庁が陥落してしまった。


(いや、ワシが策を考えるよりも主公とののほうが遥かに上手だ)


賈詡は舌を巻いていた。

やることが決まった時の董青の解決力は想像を絶する。



(まぁ、だからこそやることを決める状況を作る方法はワシが考えねばな)



何苗は車騎将軍に昇進し、大将軍の何進に官職だけなら対抗できるようになった。

何苗はどちらかというと小うるさい名士が嫌いで、贈り物を多くくれる宦官に同情的である。


今回の反乱討伐で活躍したのは董卓の弟の董旻と、名士とは言えない遊侠やくざあがりの属尽の劉備とその義兄弟だ。

名士は一人も参加できなかった。


董青に敵対した袁紹達名士派閥に対する最初の圧力である。



 ― ― ― ― ―



次の名士派閥への手は粛清である。

そのためには曹操から反逆計画の証言を得ないといけない。


賈詡は董青が相談したいことがあると偽って曹操をおびき寄せた。

その曹操は早とちりして袁紹と董一族の和解を提案してきた。


「で、お互い痛み分けでもあるし、董一族が天下の名士を襲撃したことを悔い改めて、董青の史侯弁皇子への輿入れなどという大それた思い上がりを諦め、下賤の貧乏人に嫁入りして謹慎を示しておるので、袁本初としては本件を許してやってもよいそうだ」


(………やっぱり殺すか)


曹操が袁紹の考えを説明した瞬間、賈詡の中に殺意が芽生えた。董青と徐晃を何だと思っているんだ。あいつはどれだけ自分の都合のいい世界で生きているのだろうか。


だが、賈詡としては袁紹と名士派閥を、弁皇子にとって都合の良い敵に仕立てるつもりである。トップの袁紹を殺してしまっては、弁皇子が戦う前に名士派閥が崩壊してしまう。


改革を遂行できるように弁皇子を強化するつもりだが、弁皇子が圧倒的に強くなってしまえば、人妻でも何でも自由に奪えるようになる。暴君化を止めるためには空気が読めない儒教に染まった名士たちが反対意見を言えるようにある程度の勢力で残っていてもらわなければいけない。


殴りやすく、燃やしやすいが何かしら世論の一部は構成できる、在野の党だ。


(まぁ、袁紹がシッポを掴ませるぐらい無能だったら殺すか)



賈詡が心を決めたところで、曹操が袁紹の屋敷から戻ってきた。


「本初(袁紹)に董家との手打ちを了解させた……「誤解が解けて何よりです」と言っておったぞ」

「ありがとうございます、孟徳(曹操)さま」


いちおう、すべては誤解だったということで、和睦が成立した。名士は名声や風聞だけで生きているので、言質を取っておくことはそれなりに有効だ。



「さて、孟徳さまには孟徳さまが一番求めて得られないものを差し上げたいと思います」

「おお、それは楽しみだな」



嘘はついていない。

お礼ということで、曹操を劉弁に引き合わせた。


「……だましたなっ?!」


曹操は賈詡を睨んだあと、観念して許攸の謀反の計画について証言をした。


かなり多くの名士を捕まえて殺し、また取り調べに追い込むことができた。袁紹も許攸の知り合いということでかなりきつい取り調べを受けたが、なんとか逃げおおせたようだ。


袁紹はさすがにそこまで馬鹿ではなかったようだ。



これらすべてを命じたのが弁皇子だ。弁皇子は名士派閥が謀反予備軍として警戒しているし、処刑と取り調べにより名士派閥の恨みは弁皇子に向いた。







そして曹操である。

これで曹操は名士派閥を売ったことになり、あちらには戻れなくなる。

せっかくイジメを耐えてでも何進と袁紹派閥と交際して出世してきたのに、もう終わりだ。

告発したとしても反逆の計画に誘われた時点でどういう罰をうけるか……。


と思っている曹操に劉弁が声をかけた。



「曹操よ。そなたの祖父以来の忠義はよく分かった。天下の政治を改めるために、この弁に仕えてもらえないだろうか」

「……はっ、ははっ!ありがたきお言葉!」


反逆罪に問われかねないと思っていた曹操に対して、皇位継承最有力の皇子直属の部下という地位が提示されたのだ。

これで曹家は救われる。


曹操は劉弁の前で土下座して忠誠を誓った。



「孟徳さまには孟徳さまが一番求めて得られないものを差し上げると申し上げました」

おれは死ぬかと思ったんだぞ?!貴様は本当に性格が悪いな?」


いけしゃあしゃあとうそぶく賈詡に曹操がかみついた。



(さて、これで天下で最も有能な曹操が弁皇子を支援することになる。改革も進むだろう)



 ― ― ― ― ―



賈詡は董青に改めて頭を下げた。


「というわけで、主公とののために、袁紹と手打ちし、ついでに名士派閥に謀反の嫌疑をかけて半壊に追い込み、主公と弁皇子との決裂を避け、弁皇子が政治改革をできるように曹操と劉備、そしてワシを弁皇子の部下にしておきました」

「……さすが文和さん……」

「……あ、うん。ありがとうございます」

(おや?)


徐晃は心底びっくりしてくれている。

しかし董青は報告はじっくりと聞いたが、その後はどうも別のことを考えているようだ。


(もう次の手を考えておられるのか……さすがは主公)


賈詡は感心した。



 ― ― ― ― ―



なお、董青は全然別のことを考えている。


(下賤だとか貧乏人だとか所詮は平民だとか、なんで、みんな公明くんをそんなにバカにするんですか!?本当にすごい旦那さまなのに……ううーー!腹が立ちますね!!……そうだ!)


董青は別のことを決めていた。

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