第133話 順番を守るのが大事です(守れてない)

「こら、白。叔母の頭をはたくとは何事だ」


董旻トウビン叔父上が白ちゃんを咎めました。

儒教の教えで親族の上下がやかましくいわれてますので、自分より世代が上のものに逆らうというのはもちろんダメです。


ただ、白ちゃんも真剣でした。

「も、申し訳ないのです、ちい爺様(董旻)。でも、これは大事なことなのじゃ……お姉さま、公明さんのこと!」



……あ、そっか。お茶じゃないか。


未婚の娘が部下の若者と仲良くなっちゃいました。

それはそれは、家族会議でしょう。


私は改めて董卓パパに向き直ると、頭を下げて言います。


「え、えっと……その、あの!公明くんのことですが、真剣です!」

「真剣なのはいいが、順序を追って話してもらおうか」


董卓パパも重々しい表情を崩さず、じっくり聞いてくれようとしています。


「はいっ!えっと、あれは河東郡で公明くんが母君を連れて」

「いや、もっと直近の話でいい」


董旻叔父上から訂正が入りました。だって順序を追えって。


えっと、じゃあその。


「刺客の事件がありまして。私が殺されるかと思ったんですが。公明くんが身を挺して庇ってくれて。こう、優しく抱きかかえて鉄剣の斬撃を身をもって受け止めてくれて、さらに刺客に対して剣で反撃したりして、えっと。その、とってもカッコよくてですねー、もー、私ったらドキドキしちゃって、気絶しちゃったんですけど、起きたらやっぱり公明くんが大けがしてて、大丈夫って言ったら、私のためなら命も要らないとか言ってくれて、でも、ほら、公明くんが死んじゃうと思ったら悲しくて、公明くんはずっと私のために働いてて、ずっと私のこと考えてて、ずっと私と一緒だったから、死んだら嫌だっていったら泣けてきちゃって、そしたら優しく抱きしめてくれて死にませんって約束してくれて、えへへへ、それで」


「待てええええええええええっ!!!!」


董旻叔父上が叫びました。


なんですか、せっかく素敵な思い出を反芻してるのに。


「……何をどこまで話す気だっ?!」

「順番に説明しようとっ!?」

董旻叔父上が大慌てで私を止めます。


「限度があるだろうがっ!兄者を見ろっ、その、なんていうか……もう少し取り繕えっ!!」

「……はあーーーーーっ」


見ると董卓パパの頭がガクンと落ちて両手で頭を抱えちゃってます。


……う、た、たしかにこの後も普通に説明したらやばいですよね。


「……」


だから白ちゃんその眉の形と口の端歪みまくってる表情やめてってば。



え、えっと、そのまま喋ったら……うん、董卓パパが魔王化して公明くんが殺されちゃうかもしれません。えっと、取り繕う。取り繕う。


えっと、そうだから、儒教っぽく。なんか民話っぽく、いい話に……組み立てて……よし!



私は董卓パパに向かって土下座しました。



「順序を守れずご報告が遅れ申し訳ございません。しかし、徐公明ジョコウさまはまさに天下の豪傑にてこの愚かな娘の命を救ってくださいました。その恩は海より深く天より高くございます。しかし!私の命を救うためとはいえ、私は恥ずかしくも白昼堂々公衆の面前で公明さまの腕に抱きしめられました。侯爵の娘として面目もありません。もはやこの馬鹿娘がこの大恩をお返し、婦女としての節義を守るためには、公明さまにお嫁入りするしかございませぬ。どうかお許しいただけませんでしょうか」


一気に言い終えます。


「できるなら、最初っからそう言えええええ?!」

「旻ッ!うるさいっ!!」

「すみません兄者!?」


董卓パパと董旻叔父上がわちゃわちゃ騒いでいます。


う、でもこれで合ってる……はず?

私は顔をあげて、下目からちらっと董卓パパの表情を覗きます。


董卓パパが重々しく口を開きました。


「順番は他にもいろいろ守ってないようだが?」

「……えへ?」


バレてるぅうううう。ごまかされてっ?!


董卓パパはひとつ、ため息をついて。


「なんとなれば、董家の名誉を守るためにはそれしかなかろうな」

「ありがとうございます!」


私は改めてお礼を言いました。



「さて、順番としては徐晃が!わしに!許しを請うべきなのだがな!?」

「今呼んできますっ!!!」


董旻叔父上が房子へやの外に飛び出していきました。



え、するとこれから公明くんがここにやってきて、董卓パパに婚姻の申し込みするんですよね?……えー、そんなの。ちょっと嬉しいかも。えへへへ。



と、後ろから白ちゃんが背中をつついてささやいてきました。

「……お姉さま、デレデレしすぎなのじゃ。お爺様が辛そう」

「あう」



董卓パパは私の顔を見ると、とても困ったような表情で天井を見上げてしまいました。


うう、ちょっと雰囲気を緩めないと。


「……はりの上に泥棒でもいましたか?」

「泥棒はこれから来るだろうな?」


董卓パパの顔がちょっと怖いです。うう。



あ、なんかそういう話ありましたね。たしか三国志の陳羣チングンのお爺ちゃんの話で。梁の上に隠れてた泥棒を気前よく許してあげて、贈り物もあげたら改心したって話が!有名な話でみんな知ってます。


「で、でも、えらい儒教の先生は泥棒も許されましたし。父上もお優しいと信じています!」

「おお、わかっておる。だから殺すのはやめたぞ?」


優しくないー--?!


董卓パパが久しぶりに魔王の顔を覗かせてるようで私は落ち着きません。


こ、公明くん何をされるんですか……




・後漢の陳寔チンショクは三国志の陳羣の祖父。

 ある日、家の梁の上に泥棒が潜んでいることに気が付き、家族に言いました。 「人間は生まれつき悪い人間はいない、梁の上の人もそうだ」。泥棒が降りてきて謝ると「君は悪い人ではないだろう」と言って絹をあげました。これを聞いて県の泥棒はみな改心しました。

 (後漢書:卷六十二·荀韓鍾陳列傳第五十二)

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