第132話 落とし前を付ける


何進派閥の名士、何顒カギョウとその取り巻きの馬車が洛陽城内を行く。

彼らも警戒はしているのか、人通りの多い道を選んで移動しているようだ。取り巻きの人数も十人近くつけている。



そして何顒カギョウの馬車が、河東なまりの商人の行列とすれちがったかと思った瞬間。

その商人の群れが手に手に杖を持って襲い掛かってきた。その数、数十人。



周囲の民衆は突然のことに悲鳴を上げて逃げ散った。

大騒ぎである。


何顒カギョウの護衛が剣を抜いて立ち向かうが、黒頭巾を目深まぶかにかぶった四角い顔の商人が剣を抜いて襲い掛かった。次々に何顒カギョウの護衛の剣を撥ね飛ばし、腕に斬りつけて戦闘力を奪っていく。


そしてその他の護衛たちも一度に4-5人に囲まれ、堅い木の杖で散々に殴られ血を流して倒れる。


ついに護衛を突破した商人たちが、馬車を取り囲む。

馬車から何顒を引きずり降ろすと一斉に杖で叩きのめした。


何顒とその取り巻きが血を流して荒い息で倒れ伏し、四角い顔の商人が合図をすると、河東なまりの商人の群れは一斉に杖を投げ捨て、手に持った商品や銭を道にばらまくと、頭巾を替えて四方に逃げ散った。


恐る恐る戻ってきた民衆は道に布や銭がばらまかれているのを見ると、一斉に奪い合った。夢中である。



なお、洛陽城の内、宮殿の外の治安維持を担当している執金吾けいさつの部隊は、巡察中に河東なまりの商人から日ごろのお礼にと酒と温かい料理を貰ってしまい、持ち帰るために宿舎に一度戻ってしまっていた。



 ……



当然のことながら、白昼堂々と自分の部下を襲撃された何進カシン大将軍は激怒した。


さっそく犯人捜しが始まったが、襲った商人たちも平凡な人相の人間ばかり。そして民衆は急な話でほとんど賊の顔を見ておらず、さらには布や銭を奪い合うのに夢中で襲撃犯人たちのことは皆ほとんど忘れていた。


唯一、四角い顔の人間については洛陽の董家屋敷で見たことがあるというものがいたが、董家屋敷の主の董旻トウビンは「知らん」とだけ言って調査にきた役人を追い返した。


現職の将軍で九卿だいじん待遇の侯爵、董卓の屋敷である。小役人ではそれ以上食い下がることはできなかった。



 ― ― ― ― ―



董家屋敷。


というわけで襲撃事件の黒幕である私たちはお疲れ様会を行っています。


「ありがとうございます。お疲れさまでした」


私が手ずから焼いた点心おかしを皆に配ります。


「これで一先ず良いでしょう。子龍チョウウン殿と河東の信者はみな本部に逃しました。お味方は軽い怪我人が数名です」


賈詡カクさんが戦果について報告しました。


まぁ、さすがに実行犯の趙雲さんはしばらく河東郡の教団本部でかくまうことになりますが、大勝利でしょう。


「まっすぐすみません……僕なんかのためにみんなに危ない橋を渡らせるとか申し訳ないです」


久しぶりに広間に出てきた公明コウメイくんが頭を下げました。痣はずいぶんと薄くなり、もう痛みもほとんどないそうです。



「えっと、とにかくおめでとう。じゃあ、そろそろ許攸キョユウのほうを相談したいんだが……」


おずおずと劉備リュウビさんが切り出しました。そういえば皇帝に対する謀反の計画があるんでしたっけ。


そういえばその話をする約束でしたね。




「おい、青」


そこに董旻叔父上が入ってきました。


「あ、点心おかしいかがですか?」

「おー、今回はなんだ?乾酪蛋糕ちーずけーきか!俺それ好きなんだよなぁ……って違う」


なんか叔父上も自分で自分に突っ込んで忙しいですね。


「大事な話がある、青だけ来い」

「わかりました、皆さままた後で」


董旻叔父上に連れられて、叔父上の房子へやに行く私。


「いや、許攸の話……」


広間から劉備さんの声が微かに聞こえました。



 ― ― ― ― ―




董旻叔父上の部屋。



そこには、懐かしい丸くて大きな髭面が。


「父上?!」


董卓パパです!



董卓パパがゆっくりと口を開きました。


「……青が襲われたと聞いて、大急ぎで涼州から馬を走らせてきたんだが……」

「兄者が遅いから、青のやつ、もう何顒カギョウを襲って半殺しにしちまったぜ?何進大将軍が激怒してて、弟君何苗は大爆笑してる」


董旻叔父上が呆れたように言いました。

しかし、仲の悪い兄弟ですね。


う、その件で怒られるんでしょうか……。


「……まずかったでしょうか?」

私は上目づかいで董卓パパを見上げました。


「喧嘩を売られたのはこっちだ。勝ったな?」

「そりゃもう、弱かったですし」


というと董卓パパは会心の笑顔を見せました。


「武人の家に敗北の二文字無しっ!舐めたやつは殴る!それでよい!」

「ありがとうございます!」


恭しく頭を下げて董卓パパと勝利を喜び合います。

董旻叔父上が口をはさみました。


「殺されかけたんだし、殺してよかったんだぜ?」

「いや、こっちも殺されてませんでしたから」


物騒なことを言わないでください。復讐は何も生みません。スッキリするのにとても役に立ちます。


「青が殺されてたら相手の一族全員生かしておかんわい」


董卓パパが久しぶりの魔王顔を浮かべました。

……まったく、董卓パパが覚醒したらこの国終わるんですよ、袁紹とか何進とか偉い人はそれが分からないんですかね。


と、家族で和やかに談笑したあと。


董卓パパが真面目な表情になりました。


「で」

「はい」

わしにいうことがあるよな?」


え、えっと……たくさんありすぎて何でしょうね?

前の手紙の件でしょうか?それとも孫堅の件?暗殺されかけたから心配かけた?


頭を捻って……。


「あ、頼まれたお茶を送るの忘れてました、申し訳ありません」

「そうじゃないのじゃああ?!」


私の後ろ頭に董白トウハクちゃんの扇が炸裂しました。

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