第130話 かの美しい姫と 一緒に語ろう



公明くんは我慢してくれませんでした。



うん、私も我慢しなくていいって言っちゃったし。ね。






 ― ― ― ― ―




翌日。


董旻トウビン叔父さんが一族を集めてお話を始めました。


「皆も知っていると思うが、刺客があった。男衆は必ず複数で、外出時は護衛を付けるように。女衆は屋敷に閉じこもって外の用事は召使を出すように。来客は出入りの商人も含めて身体検査を行え」


真剣な表情でそこまで説明を終えると、董旻叔父さんは私の方をみて言いました。


「って言ってもそもそも女だてらにあちこち出歩くのは青しかいねえけどな……。だから青が特に気を付ければ……って大丈夫か?」

「あ、いえ、ちょっと寝不足で」


董旻叔父さんが心配そうに声をかけてくれました。

昨晩はちょっといろいろあったので、ふらふらしています。こうしていると病弱な美少女みたいですね。


「なんだ、急にか弱い女みたいに……」

「女です。最初から女です」


抗議する私。


同情してくれたのか、董旻叔父さんはとてもやさしい表情で言いました。


「ってまぁそうか。刺客に襲われたしなぁ。とにかく青は大事な身なんだから、房子へやで休んでろ」

「ありがとうございます」


私は戻って休むことにしました。

力がうまくはいらないので、ちょっと内股気味になってしまいます。


うーん、とても病弱な美少女っぽいですね!


「…………」


あの、白ちゃん。あまり美少女っぽくないすごい顔してこっち見ないでください。

口の端とかすっごく歪んでますから。

そりゃ、朝一で公明くんの房子へやから出てきたのを見られたのはまずかったですけど。


姪の董白ちゃんの何とも言えない微妙な表情に見送られながら、私は房子へやに戻ってべっどに身を横たえました。上着をかぶって休みます。


疲れちゃったし。


えへへへ。


昨晩のことを思い出すと、とても幸せでニヤニヤが止まりません。

その日は上着を掴んでべっどの上でごろごろ転がっていました。


 ― ― ― ― ―



数日が経ちました。


董旻叔父さんにも屋敷から出るなと言われてしまったので、私は公明くんの看病をしていました。


毎日、公明くんのべっどに腰かけて、傷の具合を見ます。


「あの、お嬢様。ただの打撲なので傷というほどでは」

「だめです、鉄の塊で殴られたんですよ?骨に響いているかもしれません、痣もひどいですし」


仕込み鉄板のおかげで表面は擦り傷で済んでいるんですが、公明くんの背中は内出血しているのか赤黒く腫れています。


「なので、安静です。大人しくしていてくださいね?」

私が笑いかけると、公明くんはとても嬉しそうな顔をしました。


お茶をいれたり、点心おかしを一緒に食べたりして。たくさんお話をしました。


公明くんは結構前から私を好きだったんですが、身分が違うと思って言い出せなかったと。


で、でも贈物とかくれたし、仕事でも頑張ってくれたし、ずっと一緒で、素直に言ってくれたら私はいつでも受け入れたと思うんですが。


「お嬢様は…良いのでしょうか?」

「もう、二人っきりのときは青って呼んでください。いいのって何が?」

「その、皇后とか、匈奴の王子とか……」

「私が好きなのは公明くんですよ?その二人は……友達?というかあんなことをしておいて今更」

「も、申し訳ございません」

「なんで謝るんですか……私は、よ、良かったですよ?」

「青……」


公明くんの目をじっと見つめる私。


黒い瞳の透明さが深くて見つめていたら吸い込まれそうな。


そして吸い込まれるままに唇を重ねました。




……


疲れてしまいました。


「安静にしてもらわないといけないんですが」

「……だ、だって。青が可愛いから……」

「……」


ああ、もう。


赤くなってうつむく公明くんも可愛いですね。


えへ。


……




私は毎日公明くんの房子へやに通っています。

最近は公明くんも全然我慢せずに私の髪をなでたり、手を握ったりしてきます。


うう、とってもいいですねこれ。


公明くんの大きな手に身をゆだねていると、暖かくてとても気持ちがいいです。


何で私もっと早くやらなかったんでしょうか。

結婚はしろってうるさく言われてましたけど……


でもまぁ、司馬なんとかとでは、こういう甘甘な空気にならなかったと思いますし。

きっと毎日旦那様にお辞儀して家の仕事をさせられて、礼儀礼儀でいちゃつく時間もなかったでしょうね。





♪東門のお池で 布をつくるよ


 可愛いお姫様と 一緒に歌うよ



♪東門のお池で 布をつくるよ


 可愛いお姫様と 一緒にお話しよう


突然、房子の外から詩歌が聞こえてきます。

歌声がだんだんと大きくなってきて、戸口までやってきました。

慌てて跳ね起きて、お茶を入れる振りをする私。



「……お姉さま、家来さんがきてるのじゃ」


歌を歌いながら戸口をくぐったのは董白ちゃんです。

とても微妙な表情で眉をゆがめながらべっどの公明くんを見ています。


「あ、じゃあこちらに呼んでください」

「ここは狭いから、いつもの広間に通してるのじゃ」


白ちゃんは表情を殺した声で平坦に言います。


「……じゃ、じゃあ公明くんは休んでてくださいね。また来ます」


私は公明くんと別れて、白ちゃんと一緒に広間に向かいました。


賈詡カクさんと趙雲チョウウンさんが広間で待っています。

あれ?あと劉備リュウビさん?


案内を終えた白ちゃんが下がろうとして、私に耳打ちしました。


「せめて昼は他の仕事したほうがいいと思うのじゃ?」

「ソ、ソウデスネ」


ばれてる……。



 ― ― ― ― ―



董家屋敷の広間にはいくつもわらを編んでむしろにした席がしつらえてあって、それぞれの来客にはお茶や点心が配膳されていました。


「おっ、木鈴さん。しばらく見ないうちに奇麗になったねぇ!」


軽い口調で話しかけてきたのは劉備さんです。いつもの明るい表情に福耳が映えてます。

あれ、でも劉備さんには女装で会ったことはない気が?


「主公、玄徳リュウビ殿はご存じでした。事実上我らの身内ですので問題は無いかと」


四角い顔の趙雲さんが説明してくれます。

なるほど、では話に移りますか。一体どこでばれたんでしょうね?


「今回の刺客は遊侠やくざでしたので、専門家としてお呼びしたのです」

「いや、そりゃあ詳しいっちゃ詳しいけどよ?」


若白髪の賈詡さんの紹介に、劉備さんはちょっと不満そうでした。


「で、だ。今回の刺客なんだが」





・董白 「聞こえるように歌ってもイチャイチャしてるのじゃ……」

・詩経 陳風 東門之池

 詩経翻訳に興味のある方は「崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座」を見てみてね。カクヨムにあります。

 

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