第五章 三国志

第129話 我慢は身体によくありません

「お嬢様っ!!!!」


突然、がっしりと身体が抱きかかえられました。

そしてそこにズンッと重く鈍い衝撃が響きます。


その衝撃で目を覚ます私。



「……公明くんっ?!」


私を抱きかかえたのは公明くんでした。

後ろで酒場の喧嘩を警戒していたはずなのに、なんで。


鈍い衝撃の先を見ると。

黒い頭巾の刺客が。

公明くんの背中に剣を突き立てています。


「嫌ーーーっ?!」


刺客は信じられないと言う風に顔を歪めます。



そこに振り返った公明くんの剣がきらめき。


刺客の剣を撥ね飛ばし。


刺客に斬りつけました。


どす黒く赤い血が飛び散って。


私はやっぱり卒倒しました。



 ― ― ― ― ―




洛陽の董家屋敷。


「はっ?!公明くんはっ?!」


べっどから跳ね起きた私が周囲を見渡します。

見慣れた房子へや


「お姉さま!起きたのじゃ?ケガはないけど、ちょっと休んだ方が……」

そこに心配そうな顔の董白ちゃんが召使を連れて入ってきました。


間髪入れずに問い詰める私。


「公明くんは?!」

「え、あ、はい。自分の房子へやで休んでるのじゃ」

「だ、大丈夫、ケガはって……見てくる!」


だって、刺客に剣で斬りつけられて。


あんなに血しぶきが。


外に出る私。半日も寝込んでたんでしょうか。もうすっかり暗くなっています。





「公明くんっ!」

どたばたと公明くんの房子へやに駆け込む私。


そこにはべっどに横たわり、上着をかぶって寝ている公明くんの姿がありました。

私の声が聞こえたのかむくりと上体を起こします。


「お嬢様!お加減はいかが……イテテ」

「大丈夫?!」


駆け寄る私に後ろから声が飛んできました。


「おーちーつーくーのじゃ!怪我人の前で騒ぎすぎなのじゃ」


董白ちゃんが房子へやに入ってきます。

お盆にはお茶を入れた湯飲みを二つ。


二人して董白ちゃんの方を見ます。



「えっと、まずお姉さまは怪我も何もなくて、血を見て卒倒しただけなのじゃ。公明さんにお礼を言うといいのじゃ」

「あ、ありがとう公明くん!」


董白ちゃんが湯飲みを公明くんに渡して説明を続けます。


「で、公明さんは刺客に剣で殴られたけど、お姉さまの贈った鉄板つきの服のおかげで打撲だけで済んでるのじゃ」

「お嬢様ありがとうございます!おかげで助かりました!」


次に董白ちゃんは私に湯飲みを渡しました。すっかり冷たくなっています。


「で、お姉さまが夜中になってもなかなか起きないから。私は心配で、眠いのこらえて、お茶を用意して待ってたのじゃぞ。なのに起きた瞬間に私を無視して男のところに突っ走るとか……本当に姉様らしいのじゃ」

「うっ、ご、ごめんなさい」


そこまで言うと、董白ちゃんは可愛らしく小さく口を開けてあくびをしました。


「あふ……ちいじいさま《董旻》もお姉さまの家来賈詡・趙雲も心配してたから、明日起きたら謝っておくのじゃ……寝ゆ……お姉さまも早く寝て……」


安心したのか、眠たくなった董白ちゃんはふわふわと自分の房子へやに帰っていきました。


残った召使たちも解散させて帰って寝てもらいます。




「………」

「………」


気が付いたら公明くんと二人っきりになっていました。




 ― ― ― ― ―



洛陽の夜は鳥や獣の声もなく静まり返っていて。

チリチリと部屋の隅に置かれた松明が燃え続けています。




「あの、お嬢様。まっすぐ申し訳ございません。文和賈詡さんからも警告されていたのに、みすみす刺客に襲わせるなど」

「いいえ?公明くんが助けてくれなかったら私、本当に死んでました。むしろあんな風に私を守るとかいくら仕込み鉄板があったからって危険……」

「いえ、危険など。お嬢様を救うためなら僕の命など惜しくは」

「だめです!」


ビクッと公明くんの動きが止まります。


「だ、だって本当に死んじゃうかと思って。前の一騎打ちの時だって泣きそうだったのに。あんな風に剣で……」


あ、だめだ。思い出したら。


涙がぽろぽろ零れてきました。



公明くんは、教団を旗揚げしてからずっと一緒で。


一緒に働いて。


一緒に困って。


色々助けてもらって。


髪飾りをくれたり。


本当に私のこと考えてくれてて。



そんな人が。


死んだら。




「……ひぐっ……うう……」


公明くんのべっどの隅に腰かけて泣く私。



公明くんはそんな私の頭をそっと抱き寄せてくれました。


「泣かないでください……僕は大丈夫ですから」

「……ひっく……う……しなない?」

「死にません」


もう泣けてきちゃって何言ってるのかよく分かりませんが、公明くんはまじめにかえしてくれました。


そういえば襲われたときも公明くんに抱きしめてもらって……。


「あ……」


なぜかそうしなければいけない気がして。

私も公明くんの背中に手を回しました。


身体おっきいな。


ああ、こうやって抱きしめてると公明くんが生きてるって感じる。

静かだから血が流れるおとがどくどくって聞こえる。


そう思うと少し涙は落ち着いて。胸の奥がぽかぽかと暖かくなってきて。


「あ、あのっ……お嬢様?」

「なんですか?」


顔を上げて公明をみあげると、公明くんの顔が真っ赤に染まっていました。

慌てたように私から手を離すと両手を上げて万歳しはじめます。


「も、申し訳ございません。抱き着くなど……あの。離れますので、離して……」

「嫌です」


せっかくぽかぽかしているのに何で離れないといけないんですか。


「いや、その……僕は、これ以上は。我慢できないです」

「……?」


我慢って何をでしょう?あ、ひょっとしてといれを我慢してたんでしょうか。

それは身体によくないですね。


「あ、ごめんなさい。我慢しなくていいんですよ?私は大丈夫ですから」


というと公明くんはすごく真剣な顔をして、私の顔を見つめます。

……照れますね。


「……しませんよ?」

「はい?」


そして、公明くんの手が私の顔に伸びて。


公明くんの顔が近づいてきて。




唇を吸われました。



「好きです、お嬢様」

「……あ、わ、私もです」

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