第121話 現状整理その2-悪役令嬢も大変です-

「では次の話題で」


洛陽の董家屋敷。


薄暗い房子へやに私と、美青年とがっしりした青年と、若白髪の中年がいます。


なんかずっと薄暗いところで密談してると、悪の組織が悪だくみしてるっぽくて嫌ですね。


「えっと、まっすぐまどを開けましょうか?」


公明くんが暗いのに文句を言われたと思って立ち上がりました。漢人の一般住宅は土壁なので、まどにするために丸い穴があけてあって、木の板で塞いであります。開けるときはつっかい棒を使います。


「あ、大丈夫ですよ」と言って公明くんに座ってもらいます。


私が不満なのは若白髪中年の顔が薄暗いところだと極めて悪人っぽいだけなので。

いちおう密談しているのは事実ですし。



で、薄暗いところで迫力の増している悪人顔の若白髪中年、賈詡カクさんが話を続けます。


「乱世を防ぐためには三つの策がありましたな。第一に外戚や宦官の口出しを防ぐ。第二に有能な人材を登用する。第三に民を豊かにする。です」


「ええ、第一は……余り上手く行っていませんね」

「むしろ、趙忠チョウチュウ張譲チョウジョウの宦官主流派閥に董将軍トウタクしょうぐん孫将軍ソンケンしょうぐんが加わって強化されておりますな。その代わり外戚しんせきは実権を奪われて逼塞おとなしくしております」


漢朝このくにでは皇帝の親戚である外戚と皇帝の召使である宦官は永遠の対立関係にあり、どちらかが政権を握ればどちらかが割りをくいます。


今は皇帝の信任のもと、趙忠さんと張譲さんの宦官主流派閥が圧倒しています。

何皇后を皇后に推薦したのも宦官たちで、王貴人を毒殺したと疑われたときも庇ったのは宦官たちです。張譲さんなんかは養子に迎えた息子の嫁に何皇后の妹を貰っています。


張譲さんは宦官でありながら侯爵の位も得ているので、普通の男性である養子の人は次期侯爵となりますし、子孫も作れます。だから皇后の妹を貰えるんですね。



となると、何進派閥と宦官主流派閥は一体のはずなんですけど。

何皇后と何進大将軍でも意見が違うようです。


「何進はもともと屠者にくやの出で、先祖の名は高くありません。なのでそれをじて袁紹エンショウを始めとした名族名士を大将軍の幕府やくしょにあつめております。そしてその部下たちが日々、宦官皆殺しを何進大将軍に吹き込んでいます。本人もすっかりその気とか」


まぁ、もともと一般人な人がいきなり周りに有名人をはべらせられると勘違いしますよね……。


「これらの名士きぞくたちには党錮とうこきんで宦官に迫害された人物やその知己しりあいが多いので私怨もあります。また、弁皇子が即位したときに何進大将軍とその配下の名士たちが政権を取るのに宦官は邪魔です」


……物語の三国志では、宦官排除ってもっと高潔な理想だったはずですが、こうして聞くとただの私利私怨なんじゃ……。


「真に宦官を討滅して世直しを希望しているものもおおいのですぞ?ワシとか」

賈詡さんがそう言いますが余計にうさんくさく。


「私も宦官の専横は気に入りませんぞ?我が故郷の冀州キシュウ常山ジョウザンでも宦官の親戚がとんでもない重税をかけて横暴の限りを尽くしておりました」

趙雲さんも同意します。


うん、天下の世論は宦官反対なのは事実でしょうね。



「宦官の政治への介入は防がないといけませんが、外戚が政権を取るならこれまでの繰り返しです。両方とも防ぎます。そのためには皇帝、そして次代の弁皇子の権威を高めて宦官や外戚に依存しないようにしないといけません」


私の言葉に続けて賈詡さんが分析を口にします。


「董将軍や孫将軍の登用と活躍で各地の反乱が速やかに片付いており、現皇帝陛下の権威はかなり高まっています。弁皇子も積極的に上奏を行っているのは皇帝からの評価は高いようですが……朝廷の百官、とくに名士きぞくからの評判が悪いですな」


なんですか……ってなんとなく予想が。


「弁皇子は宦官主流派閥に完全に取り込まれていると見られておりますからな。とくに宦官の犬と言われている董一族トウタクいちぞくと仲が良いのが不安視されております」


やっぱり。


「でも、新田開発とか、貨幣鋳造とか良い政策を提案してるじゃないですか」

「それは、巨大な私有の荘園をもつ名士きぞくから見ると、良い政策ではないですぞ?政府が新田開発を行うことで、名士が良田を開発する土地がなくなり、名士の荘園で働く小作や奴婢が減ります。また貨幣鋳造で物価があがりましたな。もともと銅銭をため込んでいる名士からすると」


そんな無茶な。いい政策しているのに何で理解しないんですか。


「いやいや、名士さんだって物価があがれば荘園の産物で儲かるからいいじゃないですかー!」

「高官の給料の半分は銭払いですし、手持ちの銭で買えるものが減ったのが気に入らないようですな」


何とかならないんですか?



「いや?弁皇子が政権を握りさえすればすぐ解決する方法はあります。名士を高位高官に登用すればいいのです。連中は官職が貰えればすぐに手のひらを反すでしょう。なので即位なさるまでの我慢ですな」


あっ、はい……うう……清流派名士ってすごく改革の理想に燃えたいい人たちだと物語の三国志では書いてあったのにぃ……。ただの政治屋に思えてきました。


「弁皇子のご即位までにあと20年はありますでしょうから、その間に上奏文での政策提案をつづけて、実績をあげた聡明な壮年の皇太子となれば支持者も増えましょう。」


……あれ?霊帝いまのこうていってあと数年で死ぬよね?だから宦官皆殺し事件がおきるんだけど、いや違う。霊帝いまのこうていは31歳だから、普通に考えたらあと20年は死なないってみんな思ってる?


賈詡さんがそのつもりで献策してるとするとまずいかも。

ただ、さすがに「皇帝はすぐ死にますよ」って予言するわけにいかないし……


「いえ、賈詡さん。ここ数代の歴代皇帝には若死にされた方も多いです。万が一早死にされたらどうするかも考えてください」

「む?たしかにそうですな……いや、そうなると、皇太子が決まる前に皇帝が亡くなられると相当まずいですぞ?」


私の一言を起点に賈詡さんの脳髄が将来予測を紡ぎ始めました。


「ただでさえ、協皇子を推す董太后派と弁皇子を推す何皇后派で意見が分かれています。まず次期皇帝を誰にするかで血まみれの争いになり、天下は大きく動揺しましょう」


うん、三国志ではそうなります。


「いまは弁皇子のお味方が多いので仮に何皇后派が勝ったとしますが、宦官と仲の良い何皇后と宦官を殺したい何進大将軍派でまた揉めるかと。これらの争いに弁皇子が無関係というわけにいきますまい。どちらかの派閥に取り込まれてしまうかと。そうなればどの派閥が勝ったにせよ、政権はそちらに奪われ、弁皇子が自由に政治をできるようにはならず、政治改革は失敗です」


三国志ではそうなる……じゃあ三国志防げないじゃないですか?!


「弁皇子が政権を握るためにはどうすればよいですか?」

「まず第一に一日も早く皇太子になり、派閥争いを封じること。ただそのために宦官や外戚に借りを作ってしまっては意味がありませんので、あくまで皇帝に直接指名してもらう必要があります。ただこれは望み薄ですな、董太后と何皇后の争いでどちらとも決め切れますまい」


だから困ってるんですよね。


「第二に、皇太子に成れなかった場合ですが、派閥争いを制するために弁皇子に確固たる兵権か部下が必要かと。ただ、皇太子でもない皇子にそんな権限はないため、派閥争いが発生した時点で、涼州リョウシュウの董将軍に兵を率いて乗り込んでもらうぐらいしか。董将軍が宦官派閥なのは勝手に言われてるだけでご本人は反宦官ですし」


あれ?三国志ではそうなるような気もしますね??

なんで、なんでいろいろやってていろいろ考えてるのに三国志になっていくの?!


後漢末期で悪役令嬢をやるのはちょっとじゃ無くて大変じゃないですかこれ?!

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