第117話 要注意人物


「木鈴さん、いったい今までどこに行っていたのよ」


はい、悪役侯爵令嬢の董青ちゃん14歳です。


洛陽城内、大宦官の趙忠チョウチュウさんのお屋敷。

久しぶりに女装をして挨拶しに行くと、なぜか趙忠さんは不機嫌でした。



どこ行ってたって河東とか長安とか長沙とかですけど。


「あ、いろいろと野暮用が……」

弁皇子ベンおうじについてなくてどうするの、大事な時にいないんだから」


趙忠さんがだるだるのあご肉を震わせて文句を仰います。


「大事な時だったんですか?」

「そうよ、皇后殿下が大変だったんだから」


はぁ、とため息をつく趙忠さん。

太ったお爺ちゃんなのにちょっと可愛い感じを出してます。



「あなたもわかっているでしょう?来年には15歳なんですよ?」


そうですね、私も15で結婚適齢期……


「じゃなくて、弁皇子が」


そういえば同い年でしたね。


「そろそろ皇太子を立てようと言う話があって、来年に加冠げんぷくの儀がある弁皇子ではどうかという話だったのに……皇后殿下ときたら、焦りすぎて陛下にうるさく迫るものだから、陛下が嫌気をさしてしまわれて話が流れちゃったのよ」

「……あれ?皇后殿下のお子様で、長男ですよね?焦る必要がありますか?」


思ったままを質問する私に、何も知らないのねという顔で趙忠さんが私を見ます。


「……もともと、陛下はちょっとお気の弱いところのある弁皇子ではなく、協皇子を立てようとお考えだったのよ。今は御年6歳だけど、利発な御子で。それならそれで私も賛成してたんだけど……」


そういえばそんな話を聞いた気がします。


「だけど、弁皇子がやる気をだしたから、陛下も見直されて。私も今なら皇太子が決まるかと思ったのに……、協皇子を後見されてる董皇太后が反対されて、蹇碩ケンセキの馬鹿がそれに乗っかって、それで皇后が焦って騒ぎだして、陛下がお怒りになってしばらくこの話はするなって」

「大変ですね」


複雑な家庭の事情があるんですねぇ。


「他人事のように。だからあなたに点心おかしでも作ってもらって皇后殿下に落ち着いてもらおうと思ったのに、大事な時にいないんだから」

「いや、なんでそこで私が関係あるんですか」

「あなた、皇后さまのお気に入りじゃない」


皇后さまがお気に入りなのは私じゃなくて、私の点心おかしだと思うんですが。



「はぁ、皇后殿下もご気性がもう少し柔らかだったらよかったのに……私たちも皇后に推薦したからには責任が」


ご本人がいないからって割と失礼なこと言ってますね。


皇后さまはとても素晴らしい方ですよ。

特に女らしい身体つきとか、美しい舞踊の腕前とか……性格は、まぁ。


「だから木鈴さんのせいですよ」


話が元に戻ってしまいました。


「で、とりあえず皇后殿下にご挨拶をしにいけばいいですか?」

「皇后殿下もね、弁皇子が後宮から外に出されたじゃない。あれで不利になったと思い込んでおられるんだけど、私は皇子の視野が広がってよかったと思ってるの。実際に立派な上奏文を作って陛下が喜んでおられるし。だからちょっとしたお散歩ぐらいは構わないんだけど……」


……う、趙忠さんには私が結構あちこち連れ歩いてるのなんとなく感づかれてるんでしょうか……。


「やっぱり、母親としては心配だと思うのよ。だから安心させてあげて?」

「わかりました」





その後、後宮にあがって落ち込んでおられる皇后殿下に点心おかしを献上しました。

いろいろ弁くんの話を聞かれるので褒めたらちょっと機嫌がよくなったようです。




うーん、皇太子問題ですか、確かに天下の大事ですが……これが曹操さんが引きこもるに値する大問題……でしょうか?




 ― ― ― ― ―

 


「違いますな」


董家屋敷に戻ると、若白髪の賈詡カクさんが待っていました。


「その話であれば、曹操どのが巻き込まれる話ではないでしょう」

「だったら私が聞きに行かなくてもよかったんじゃ」

「いえ、宮中での争いを把握できたのは良いことです。宦官も一枚岩ではないようですな。弁皇子を立てる何皇后と趙忠派閥と、協皇子を立てる董太后と蹇碩派閥に分かれていると見ました」

「だったら、どう動けばいいんです?」


賈詡さんはふむ、と顎を掴んで軽く思案します。


「嫁姑の争いは永遠の課題。他人が決着をつけられようがありません。旦那が動かねば」

「当然ですね」

「弁皇子をさらに支援して、陛下に皇太子につけたいと思っていただく。今の方針のとおり陛下の方針に沿った提言を行ってもらうのが良いかと。六歳の協皇子には政治提言など無理ですからこれは圧倒的に有利です」


なるほど、では今まで通りですね。


「で、ワシが危ういと睨んだのは何進派閥でしたが……」

「あの方々、いつも宦官を殺す殺すって言ってるでしょう?」

「……ええ、そこに董将軍の名前も挙がってます」


うわぁ……。


董旻トウビン叔父さんもいまは何進さんの配下に居づらくなって、何進さんの弟の何苗さんの部下に移っているそうです。


「ただ、具体的に何をするかが不明です。袁紹を中心に各地の名士が集まっては面談しておりますが、董将軍も孫将軍も軍隊を率いていますし、宦官は陛下の居られる禁中きゅうでんにいますのでこれも手を出しようがありません」

「でも、袁紹さんは要注意です」


袁紹さんは宦官皆殺し事件を実行した人です。機会があれば禁中きゅうでんにも兵を率いて攻め込むでしょう。


「わかりました、何か企んでそうですな……。袁紹の動きならば曹操が巻き込まれるのを警戒する理由になります。手の者に袁紹を見張らせましょう。あと、主公とのも身辺にはお気を付けください」


賈詡さんが真剣な目つきで言います。


え、あ、そっか。

名士きぞくたちが董卓パパに意趣返ししたかったら、私を狙うこともあり得るんだ。


公明くんに頼んで護衛を増やさなきゃ……。

うう、なんか三国志らんせっぽくなって嫌だなぁ。

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