第114話 民の戸数を増やす



戸数を増やさないといけないのでなんとかしませんと。


「とってもお得なご案内なのです」

「……本当にそれで赦免おゆるしが勝ち取れるんだな?しかも郡県の役職まで得られると?」


こんにちわ、男装美少年官吏の董木鈴14歳です。


本日は長沙郡管内の某県あるおしろにて裕福そうなおじさんたちと密会です。



「はい、孫府君ソンケンさまは、長沙をさらに豊かにするために民の戸数を増やしたいと願っておられますので。それさえ実行いただければこれ以上ことを荒立てるおつもりはないと……」


府君ふくんというのは太守の尊称ですね。ちなみに刺史や牧の場合は使君しくんになります。


「奴婢を解放するだけでいいのか?」

「はい、それだけで貴君あなたさま清名めいせいを得られ、廉潔なお方として推薦されることになりましょう」


「ううむ」


オウ一族の皆様が唸ります。


長沙の区一族は筆頭の区星オウセイさんが横暴を極めて討伐され、財産没収となりましたが、当然ながら長い歴史のある一族です。


反乱に参加した人、しなかった人、ちょっと参加した人、した人を匿ってる人。

それぞれいろんな方がいます。


また、区一族と通婚している豪族も含めると、長沙近隣のほぼすべての豪族が何かしらの関係を持っています。



当然、区星の反乱に参加した主だった方々はもう首を晒され、郡県の役職からも追放されています。


孫堅さんは反乱に参加しなかった人たちを中心に役職を割り振っていますが、まぁまだ空きはあってですね。


反乱に少し参加した人たちや、逃げて匿われている人たちを赦免する代わりに、一族の持っている奴婢どれいを解放してもらおうって算段です。


あ、少しでいいんですよ。少しで。


「分かった、孫府君ソンケンさまにはよろしくお伝え願いたい」

「かならずやお伝えしましょう」


私は深々と頭を下げました。

あと賄賂も頂きましたが、こちらは郡への寄付として扱います。

ありがたく新田開発の費用にさせていただこうかと。



 ― ― ― ― ―



長沙の豪族たちの手持ちの奴婢どれいが少しだけ解放されました。


孫堅さんは奴婢どれいを解放した豪族を非常に褒めたたえ、今後の孝廉すいせんわく奴婢どれい解放を要件とすると宣言しました。


孝廉は官吏登用の推薦枠で、郡の太守ちじに推薦権があります。

これで朝廷に推薦されれば、県令けんちじやそれ以上の高官への出世の糸口となります。


ということで、長沙郡管内の豪族の皆さんがこぞって奴婢どれいを解放しました。

豪族の皆さんの想定では、奴婢を解放しただけなら、自分の土地もなく仕事が無いので、今まで通り自分の水田で安く雇われてくれるはず。でした。


ところが董青ちゃんです。


解放された奴隷は早速、新田開発に回ってもらいます。

もともと長沙の人たちですから遠いとか暑いのが嫌だとか言いません。

大喜びで谷川を切り開いて水田を作ってくれています。


当然、豪族さんたちから「水田の働き手が足りない!」って文句を言われますが、そんなの知りません。



「まっすぐでよく働く出稼ぎを紹介しますよー、少し高いですけど」

ほどなくして北部荊州からの出稼ぎを紹介する業者が現れます。

水田を放置するわけにはいかないので出稼ぎを雇い入れる豪族さんたち。


あ、この出稼ぎさんたちも長沙に慣れて貰ったらどんどん移住を勧めていきます。

移住者が慣れるまで豪族さんの費用でお世話してくれるなんて、なんていい人たちなんでしょう。



紹介料もがっぽり頂いて、さらに新田開発の費用にあてます。

開発用の鉄の農具は河東の教団本部から、家畜は長安支部からの輸入です。


「上手く行きましたね」

「えへへ」


出稼ぎ紹介業者の公明くんとにっこり笑い合いました。




 ― ― ― ― ―


長沙郡チョウサぐん治所ぐんちょうしょざいち臨湘県リンショウけん

孫堅さんの執務室。


「おう、木鈴サン!順調に戸数が増えてんじゃねえか!これで俺も人徳あふれる名太守ってもんよなぁ?」


孫堅さんは機嫌が大変宜しいようです。


私もお茶や砂糖の売り上げと河東の鉄農具、長安の家畜の売り上げが増えてて大変ありがたいです。


さて、次の作戦ですね。



「……蛮族に水田をくれてやるってぇ……?お前さん正気か?!」


孫堅さんが驚きのあまり失礼なことを言ってきます。

何を言いますか、私は迂闊なことはあっても正気じゃないことはないですよ。



武陵蛮ブリョウバンの皆さんの生活を見てきました。また過去の反乱の記録も確認しました。彼らはだいたい冬や春先にお腹が空いたら攻めてきます」

「討伐すりゃいいじゃねえか」

「討伐したらさらに山奥に籠るだけですね。彼ら、財産というものが無いですし、農地も焼き畑なのでむしろ移住したほうが実りがいいぐらいで」

「山奥に籠るならそれでいいじゃねえか」

「山奥で人口が増えたらまたやってきます、お腹がすくので」

「討伐すりゃいいじゃねえか」

「討伐したらさらに山奥に籠るだけですね、それにいくら殺しても次の部族がほかの山からやってきます」


孫堅さんがつくえに突っ伏して頭を抱えます。


「本当に性質たちの悪いやつらだなおい!?」

「それぐらいじゃないと秦の始皇帝からこのかた四百年も漢人と戦えませんよ。むしろ褒めてあげてください」

「どこに褒める要素があったンだよ?!」


虎のように吼える孫堅さん。

まぁまぁ落ち着いて。


「さて、結局のところですね。お腹がすくから悪いんです」

「……米を渡し続けろってか?それで人口が増えたら余計に手が負えなくなるじゃねえか」

「だから、水田を渡して、戸数に組み入れるんですよ。戸籍に漢人じゃないとダメなんて決まりないですよね」


ん?いい案なのか?と孫堅さんが少し考えます。

少し考えて、やっぱり反論することにしたようです。


「いや、あいつらが大人しく税を払うと思うかよ?あの野蛮さは極まりねえぞ?」

「まぁ、最初からは厳しいでしょうけど、今度は彼ら、守るものができますよ?水田を手に入れて定住するようになって立派な家を建てて、それを長く続けたら……すべて捨ててまた移住生活に戻れますかね?」

「……相手に守るものを渡して、定住させたら支配できる、か?そんなうまくいくか……?」


まだ半信半疑のようですね。


「それに、あの蛮族極まりない方々を人徳で降伏させて戸籍に入れた、となったら孫堅さんの文官としての評価はどうなります?」

「……乗った!」



孫堅さん、文官名声が上がると言った瞬間に、物凄くあっさり説得されてくれました。

……今まで一生懸命いろいろ考えてた説得時間を返して?!





孫堅さんの了解を得て、沙摩柯シャマカさんの部族が山を下りて定住してくれることになりました。

さっそく、鉄の農具や家畜を渡し、戸籍を作ります。あと、郡政府への引き継ぎ書に狗の血を被ることについて書いておきます。



族長の沙摩柯さんが家を建てる部族の人たちを見て呟きます。


「漢ノ人、水田クレタ。デモ、コレデオワリジャナイ」

「ええ、他の部族も呼んでください。どんどん水田作りますから」

「……オマエ、変ナ漢人」

「恩人に対して酷くないですか?!」



とりあえず沙摩柯さんたちには、孫堅は虎の子孫だから逆らったら食われますよと散々吹き込んでおきました。


まぁ、これで長沙も落ち着くことでしょう。




 ― ― ― ― ― 



「長沙太守孫堅、その武威は叛賊はんらんぐんを討伐し、蛮族を招撫くだし、その人徳は民心を落ち着け、民戸を増やし、天下の二千石ちじみほんとなる。よって長沙太守チョウサちじのまま、烏程侯ウテイのだいみょうに封じ、また護南蛮校尉たいなんばんそうしれいかんと為し、督南荊州四郡みなみけいしゅうそうとくを命ず」


「ははっ!!非才不徳の身なるも、陛下のため粉骨砕身いたします!」


孫堅さんが泣きながら勅使をお迎えしています。


車騎将軍の趙忠さんから孫堅さんにお褒めの言葉と昇進の沙汰がありました。

南荊州四郡、つまり長沙、武陵、桂陽、零陵の総督で対南蛮総司令官ということで大出世ですね。

ほとんど董卓パパと同じ待遇です。



これで、長沙の政策が南荊州全土に広げられますのですごくやりやすくなります。


荊州ケイシュウ刺史そうとくがいちいち口出ししてきてウザったいので、軍の指揮権は統一したほうがいいと弁皇子に愚痴りまくったおかげでしょうか。

刺史そうとくの権限が半分に削られました。

盗賊退治をちゃんとやらないせいですよ。反省してください。






さて、南荊州も名残惜しいですが、中原の農地不足が解決してないのでそろそろ帰らないといけません。


「米と魚も美味しかったですが、そろそろ小麦と肉が食べたいので帰りますか」


とつぶやくと、趙雲チョウウンさんの機嫌が急によくなりました。

公明くんもウキウキしてます。


……北の人たちはやっぱりそうなんですねぇ。

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