第108話 (閑話)孫堅その3
「ここはもう、
良いことは続くものだ。
曹操に宴会を追い出されたが、孫堅は上機嫌だった。
どこで武名を聞きつけたか、
目の前には山と銭や布帛が積まれている。
(おッ、これだけありゃあ、部下も腹いっぱい食えるってもんよ)
「おう、俺に任せとけ!」
「さすが孫将軍!!」
私的な征伐ではなく、何進大将軍の弟、
(つまりこれをやりとげれば、何進派閥入りもできようってもんだな)
あの董木鈴という若者に、董将軍への顔つなぎは頼んではあるが、そもそも縁も義理もない関係ですぐさま採用されるとは限らない。
それならばまずは自分で動くべきだろう。
他人に頼っても頼った先、董卓がいつ服喪で居なくならないとも限らない。
まずは自分の武名を高めることだ。
邪教団なら会稽でも討伐したことがある。
あいつらはすぐ調子に乗って反乱を起こす。
なあに、素人集団だから鎧袖一触だろう。
孫堅はやる気に満ちていた。
― ― ― ― ―
「ううむ、ただの邪教の
「
(田舎村なんざ一揉みでひねりつぶしてやらぁ)
そう軽く考えていた孫堅は、相手の陣立てを見て一瞬で考えなおさざるを得なかった。
腹心の
里には土塁や防柵がきっちり立て並べられており、弓や盾、矛を持った兵がみっしりと配置されている。
そして、それを指揮する白い鎧兜の武人の威令が行き届いており、組織だった動きを見せる。
(なんだこりゃ、黄巾の精鋭かぁ?)
孫堅は考え込んでいる。
とにかくそのまま
となると、何とか挑発して敵兵を陣地から引きはがすか、指揮官のあの白い武人を討ち取るかしかないが……。
「やいやい、世を騒がす黄巾の残党とはおめえらだな!この
とりあえず、降伏を呼び掛けるが、敵は小揺るぎもしない。
孫堅が困っていると、そこにあの董一族の若者が現れた。
董卓の弟の
「孫文台さま!!!董木鈴です、どうか兵をお引き下さい!」
董木鈴が言うには、この里はもう河南尹の認可を得て正規の里に登録されるのだと。
しかし、孫堅の持っている命令書も正規のものだ。
董旻が言う。河南尹が素人なせいで賄賂を受け取った部下がこういう雑な仕事をするのだと。
めんどくさくなって攻めようとしたら董木鈴が止める。
この里は董家が世話をしているのだそうだ。
(めんどくせえええ!?)
孫堅は面倒が過ぎたので考えるのをやめた。
軍略ならば祖先の言葉がいくらでも浮かぶが、こういう政略は全く駄目だ。
「いい考えが」
そこに董木鈴が提案した。
孫堅に攻めてもらい、里を降伏させて戸籍を役所に提出すれば良いと言う。
そんなうまくいくかと思ったが、里の守将、趙雲という武将が韓当との見事な一騎打ちの末に負けて、すんなり降伏となった。
(いや、あの趙雲とかいう武者強すぎねぇか?韓当だって第一級の武将だってのによ……?)
あれはきっと董家の武将だろう。
董一族というのはかなりの実力を持っているようだ。
その後、董木鈴の頼みで嵩山に攻め込み、生贄の羊を祭壇で殺して生き血を盛大にまき散らした。
道士たちは報復に怯えて誰も出てこない。
「あれ?道士の皆さんどうしたんでしょうね?お参りに来たのに誰もいらっしゃらないなんて」
「……なかなかいい
こいつはおもしろい若者だ。
娘が生まれたらこいつにやってもいいかもしれない。
孫堅は妻の呉氏と策や権を思い出した。
待っててくれよ、もう少しで一旗揚げて呼び寄せるからな。
ほどなく、孫堅は董卓から
董木鈴というのは言うことはやる人間のようだ。
中原の人間は何かと言葉をあやつって何もしないことが多い。
そのせいで呉の人間は何度も騙されてきた。
呉の人間は有言実行の人間が大好きである。
― ― ― ― ―
董卓は思った通りの人間だった。
自らも騎射を行う勇士であるだけでなく、武勇の士を遇することを良く知っている。
さっそく歓迎の宴会が開かれた。
董卓と孫堅はお互いの武勇伝を語り合い、また大いに痛飲した。
「いや、董将軍。あの木鈴という若者ですが、あれは良い男ですなぁ」
「……お、おお!そうか、それは光栄」
なぜか董卓はちょっと複雑な表情を見せたが、木鈴の度胸や知恵を聞くとそれはそれで嬉しそうだった。
「いやぁ、あれが息子だったらとは思うのじゃがな」
「……一族の子でしょう?養子になさればいいじゃねえですかい。立派な後継ぎになりますぜ?」
「……それはいいなぁ……?」
「でしょう?」
なぜ董卓にその発想が無かったのか孫堅には全く理解できない。
孫堅は「いい提案をした」と自画自賛していた。
なお、総司令官の皇甫嵩は孫堅を宴会に呼ばない。
いちおう、総司令官なので面会はしたが、「董卓の部下か、見る目がないな」と一言で終わってしまった。
孫堅は一発で皇甫嵩が嫌いになり、また董卓と皇甫嵩の悪口で意気投合した。
― ― ― ― ―
皇甫嵩が更迭され、新しい総司令官の張温が任命された。
張温は「おお、
張温は朱儁が黄巾の乱でクビになりそうなところを弁護したことがあり、仲がいい。
(朱儁のおやじも口をきいてくれるならもう少しだけ気を使ってくれりゃあなぁ……)
いちおう朱儁から完全には見捨てられていないことは分かったが、もう自分の上司は董卓である。朱儁の元に戻るつもりはなくなっている。
孫堅の仕事は騎兵指揮官である。
軽騎兵を率いて羌や月氏の襲撃を撃退し続けている。
しかし、敵は少数で長安周辺に侵入しては略奪して去っていく。
その都度出撃して撃退してはいるがイタチごっこだ。
反乱軍に西域との交易路を遮断されているため、官軍には騎兵が少ない。
少ない騎兵があちこちに引きずり回され疲弊し、また長安周辺の民からは略奪を防ぎきれないと怨みの声があがっている。
(これが長く続くなら官軍は厳しいぜぇ?)
状況を打開するために孫堅は速攻の作戦を練っている。
しかし、総司令官の張温は騎兵が十分に集まるまで動く気がないようだ。
わざわざ漢土の正反対の
余りにも慎重かつ迂遠な作戦であった。
(これじゃあ手柄は立てられねぇか……、早く帰りてえんだが)
孫堅は涼州の空を見上げる。
雲が少ない。
風は乾いて冷たい。
それに。
「米が食いてえなぁ?!」
「そうっすなぁ
「ああ、蒸した魚で米をがつがつと行きてぇぜ……」
小麦の
「
「……美味いけどよ、美味いけど違うんだぜぇ……」
孫堅の涙は、
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