第102話 文化が違う

後ろから突然声をかけてきたのは匈奴キョウドの王族の劉豹リュウヒョウくんでした。


「ど、どうしたんですか豹くん……」

「いや、ご注文の家畜を運んでたんだけど。青がこっちにいるっていうから」


豹くんの発言に公明くんが私をかばうように前に出ます。


「匈奴の若君、お嬢様を呼び捨てにするのはやめてくれませんか?」

「え?だって婚約者だよね」


豹くんが不思議そうに小首をかしげます。


だから、申し込みはされてますが誰も受けてませんってば。


「違いますし、父上も了解してませんからね?」

「お嬢様も違うと仰ってますが?」

「豹はそうするつもりだからいいんだ」


うわぁ。公明くんがめっちゃ睨んでます。


「……公明くん、この人こういう人ですから気にしないでください。文化が違うんです」

「お嬢様が仰るなら」


不満そうに引き下がる公明くん。

まぁ、私も豹くん呼びですし……これは彼のよびなを知らないからですけど。

豹くんが話を元に戻します。


「でさ、青……さん?なんか漢人らしくない農法だよね?塩だらけだし。土地にむしろ敷いてるし」


いちおう配慮してさんを付けてくれました。


「豹くんは農法に詳しいんですか?」

「一応は勉強したんだけどね、でも匈奴は偉大な土を引っ搔くものじゃないって言われて……」


なるほど、匈奴は遊牧民ですしね。農業は本能的に嫌な人が多いと……。



「でこんなところで麦は無理でしょ?塩角草アッケシソウぐらいしか生えないでしょ」

「塩角草ってなんですか?」


なんか聞いたことのない草の名前が出ましたね。


「え、知らない?砂漠によくある塩の土地に生える牧草でさ。ウシとかヒツジが良く食べるから……」

「その種くださいっ!」


そんな牧草があるなら、ここを放牧地にできるじゃないですか!



というと豹くんはなんか嫌そうに言いました。


「ええ、面倒じゃない。その辺でも生えてないかなぁ?なんかこう節くれだった草なんだけど。塩の湖の近くとかあると思うよ?」

「……鉄のお代が足りてませんけど」

「ヒツジを運んだじゃない!」

「足りませんよ、注文が増えてますからね?」

「だって単于おうさまがさぁ……」


なんか豹くんが言うには、鉄の武器が手に入ると聞いて単于おうさまが気を大きくして、鮮卑センピ族を攻撃しようとしてるとか。


それで大量の発注があるんだとか。


「鮮卑には草原を追い出された恨みがあるからさ、大人ぞくちょうが連続で死んだから好機なんだって」




もともと北の草原を支配していたのは匈奴でした。

その勢力は騎兵だけで数十万と言われ、漢の高祖こうそ劉邦リュウホウが大軍を率いても敗北したほどです。

そして一時期は漢を属国扱いして毎年貢ぎ物を取っていたこともありました。


その後いろいろあって、匈奴は衰退。

北の草原の支配権は鮮卑という別の民族に奪われました。

今は漢の付庸国どうめいこくとして并州ヘイしゅうで保護されている状況です。


そのうらみ重なる鮮卑の大人ぞくちょうが立て続けに死んで大混乱しているので今こそ攻める好機だ、となっているようです。


「鮮卑への防衛戦だけでも大変だったのに、次は攻め込むんだって」


うん、黄巾党の乱の援軍に行ったら皇甫嵩おっさんのせいで使い潰されて、涼州の反乱軍への動員はさすがに断ったんですよね。


「大変ですね。塩角草を持ってきてくれたら支払いは待ちますよ」

「……わかったよ……って。何、放牧するの?」


豹くんがしぶしぶ同意してくれました。

少しずつ先が見えてきましたね。防風林を作って、塩に強い牧草が手に入ればこの荒地も少しはマシになりますし、たしか家畜の糞はよい肥料になるはずで。


「そうですよ?塩を抜くのに時間がかかるのでそれまでは放牧で土地を活用できたらと」

「……漢人が放牧するの?だったらもう豹たちがこの土地使うから漢人は引っ越したら?」

「漢人でも放牧ぐらいできますから?!」


さすが匈奴です。気を抜いたら土地を侵略しようとしますね。


そういえば三国志のせいで関西カンセイ-長安周辺です-の人口が激減して、魏は異民族に土地を開放しちゃったんでしたっけ。なんか晋が滅んだ原因の一つになったような気がするので気を付けないといけませんね。


あー、でも放牧メインにするなら水路にこだわらなくてもいいのかな。でも漢人が暮らすのにむぎあわなどの穀物を作らないわけにはいかないんですよね。


とりあえず放牧で手っ取り早く収入をあげて、土地はじっくり改良するしかないですか。



 ― ― ― ― ―


「お茶も美味しいよね。お酒もいいけど、豹はこれも好きだなぁ」


せっかく来てくれたので、お茶や点心おかしを出して豹くんを接待します。

って酒飲んでるんですか……ってそうか。遊牧民は馬乳酒を常に飲んでますね。


んーー。


豹くんは最初に会った時から少し大人びて見えますが、公明くんにくらべたらまだまだ子供っぽいところがあります。

まぁ、年が2つ3つ年少わかいからしょうがないですけど。


皮の衣服に皮の帽子でとても匈奴っぽい恰好をして、少し色素の薄い髪の毛を後ろでおさげにしています。

身体つきは少しがっしりしてきましたね。ずっと馬に乗っているので下半身がとくに発達しているようで。


「ん?どうしたの?見蕩れてる?カッコイイでしょ?」

「いえ、まだまだ子供だなぁと」


なんか豹くんのよく分からない所は、いつも結婚する結婚すると言っておきながら、私を一切口説かないんですよね?

話に来るときは仕事の話や狩りの話とかばっかりで……。


「そういえばこの間、鮮卑が攻めてきた時ね。青から買った鉄の武具で迎撃して。敵の矢は刺さらないし、こっちは槍で敵をバタバタなぎ倒してさ。ざっと数十人ぐらいぶっ殺したかなぁ」

「……今度は人を倒した話ですか」

「どう?すごいでしょ」


「えー、すごいですねー匈奴っぽくてー」

「えへへ、そうかな?」


褒めてませんよー。褒めてないですよー。

どうやって人を殺したかとかあまり聞きたくないので適当に流します。


私は、軍事は詳しくありませんし、戦争の話もあんまり聞きたくないんですが……。


なぜか豹くんは上機嫌でしたが、私はげっそりとしていました。






・塩角草の当時の名前は不明でしたので匈奴語でなんかそんな感じに言っていたとしてください



・董青ちゃん「豹くんはなんで私を口説かないんですかね???」

・劉豹くん「狩りとか戦争の話を褒めてくれる!青は豹に惚れてるな!」

・公明くん「……」

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