第85話 男泣き

「おお!青よ。よくぞ来た。ところで銭が無いんじゃが」

「……父上、久しぶりに愛娘に会って最初の言葉がそれですか?!」



大漢カンていこく涼州リョウシュウ金城郡キンジョウぐん


反乱軍討伐の将軍董卓の娘、私の名を董青、字を木鈴モクレイと言います。

なぜか急遽きゅうきょ董卓パパに呼出をくらったので、護衛の公明くんと子龍さんの率いる100騎ほどを引き連れ、男装して金城に到着したところです。


しかし、董卓トウタク軍が快進撃を繰り広げ、涼州反乱軍の本隊を撃破したと聞いて私は大変驚きました。

反乱軍は10万は居たはずで討伐に出た董卓パパの兵は5万しかいなかったはずです。


「まぁ、戦ではみな兵を多く見せかけるものだからな、正確な兵力などわからんじゃろ」

「はぁ……戦争は難しいものですね」


やはり董卓パパは英雄なようです。そこはありがたいのですが……


「で、銭が無いと言うのはどういうことですか。予算はたっぷりありましたよね?」

「いや、予算が豊富だったのでな、恩賞をあちこちにバラまいて、見事に勝ったのはいいんじゃが……」

「だから恩賞をバラマキすぎたんです。このままでは義父上が横領で怒られてしまう」


牛輔ギュウホ義兄様があきれ顔で付け加えました。


「おおう……いや、これだけ勝ったんですから許してもらえませんか?」

「許される範囲と許されない範囲があってじゃな」

それを超えたと。ああもう……。


「分かりました、何か考えます」

「おお!で、どうするのじゃ?」

「これから考えますってば?!」


まったく勝手なんですから……私は董卓軍の本陣を後にしました。




 ― ― ― ― ―



「義父上、バラマいた分には羌や月氏に気前よく配った分も含まれるのですが、それは青に言わなくて良かったんですか?」

車騎将軍そうしれいかん張温チョウオンが予算を認めんかったからのう……いや、そこはわしが必要だと思って配った恩賞ということで嘘はついておらんぞ?」

「……はぁ、まぁ青は優しいですから」




 ― ― ― ― ―




男装した私が軍営を訪れると孫堅ソンケン将軍が上機嫌でニコニコとされていました。

「いやぁ、董将軍は実に英雄だぜぇ!俺の作戦も文句も言わずに採用してよ、補給や恩賞もたっぷりくれたから兵もやる気満々ってもんよ!」


その補給やら恩賞のおかげで勝ったのはいいですが、横領罪に問われそうなんですが……と言っても孫堅さんの責任じゃないですね。


「ところで、1万で6万に突撃して勝ってしまったって本当ですか?」

「おう、あたぼうよ!この江東猛虎コウトウのモウコにまた新しい伝説が生まれちまったぜ!!」

「おお、すごい……さすがは英雄です!」

「そうだろそうだろ、まあ飲みねえ」

「飲めません?!」


すかさず勧められるお酒を断りながら、隣の趙雲チョウウンさんに飲んでもらいます。


いや、すごいですね三国志の主人公……。でも、たしか孫堅さんは猪突猛進のし過ぎで、戦死しちゃうんですよね。だからちょっと忠告したほうがいいのかな?


「孫将軍は黄巾の戦いでも涼州でも先陣を切っての大活躍と伺っていますが」

「おう、よくご存じじゃねえか」

「今までは一武将でしたからよいですが、将軍はゆくゆく一方面の大将となるお方です。孫将軍の部下も猛将智将の一流が揃っておられるので今後は自重なさってはどうでしょうか」


というとなんか孫堅さんはぽかーんとされてしまいました。なんかそんなに変なこと言いましたかね?

「お……おお?そ、そうか。そうだな、俺の部下も全員猛将智将ぞろいだもんな……?」


なんかあまり納得されていないようですが、戦勝祝いは終わりましたしお酒も趙雲さんが頂いたのでしつれいすることにしましょう。




 ― ― ― ― ―



「そっか、俺は英雄で、部下も一流かぁ……」

主公とのさ、あれはお世辞でねか?」

「うるせぇ?!」



 ― ― ― ― ―




さてと、銭儲けですがどうしましょうか。

私にできるのは点心おかしや装飾品の量産と、均輸という名前の転売ぐらいですが……。


戦争で経済がぶっこわれているところで点心おかしや装飾品売ってもダメですよねぇ。


そもそも新田開発の銭が欲しかったのですが、さらに董卓パパのバラマキの補填分まで必要とか。

かなり多額の儲けがないとダメですよねぇ……




「……おおお!?董木鈴どのではないかぁ?!」

「きゃああ?!」


陣営をうろうろしていると突然大きな声で話しかけられて、つい悲鳴をあげてしまいました。

一体誰ですか……


「きゃあ??」

と不思議そうな顔をしてこっちを見ているのは、手かせ足かせを付けられて檻車ごそうしゃに乗せられている、若白髪で痩せぎすの中年おじさん……謀略担当軍師の賈詡カク文和ブンカさんでした。



「こら!捕虜が騒ぐんじゃねえ!!!酒が飲めねえだろうが!」


ガシッ!!

と筋肉質の若者が虎髭を怒らせながら檻車ごそうしゃに蹴りをくれます。

あ、知ってる人だ。


「お久しぶりです、益徳チョウヒさん」

「……おお?董家の小爺わかさまじゃないか、ちょっと待ってくれ。玄徳ゲントク兄を呼んでくる」


私が丁寧にお辞儀をすると、張飛益徳さんは挨拶をかえすと急いで劉備リュウビさんを呼びに走りました。

するとここは劉備隊の陣幕だったんですね。




「木鈴どのっ!いったいワシの策をどこから読んでおったのじゃ?!」

「策って、私なんかが文和(賈詡)さんの策を読めるわけないじゃないですか……というかよくも騙そうとしましたね?」

「いや、わしが騙そうとしたことを気付くだけでなく戎狄いみんぞくを手懐けて撤退させ、涼州軍の遅延戦術を見抜いて速攻をしかけ、さらに兵糧を攻撃することを見抜いて精鋭を配置するなど……なぜだ!?涼州軍に裏切者でもいたのか?」


うーん?董卓パパの作戦とゴッチャになってる気がしますが……。過大評価です、私はですね……。


「ははは、裏切りなど居ねえよ!!こちら董木鈴さんはだな、董将軍の秘蔵っ子で董軍の作戦をすべて考えておられるのだ!!とうぜんお前ごときの作戦などすべて見抜いて逆に利用しておいでだぜ!」

「な、なんと……」


突然現れた劉備さんの説明に、賈詡さんがガクっと崩れ落ちます。


「……言いすぎですよ玄徳さん」

さすがにくすぐったくなって来たので劉備さんに反論する私。


しかし、劉備さんは気にもかけずに一つずつ説明してくれます。

「だってよ、羌に賄賂おくったのも木鈴さんの作戦だろ?」

「あれは匈奴の子が提案してくれたので」

「それに速攻が得意な孫将軍を推薦したのは木鈴さんだろ?」

「それはそうですが」

「この白髪のオッサンが攻めてくるのを見抜いて俺の騎馬隊を配置したのも木鈴さんだぜ?」

「いや、賈詡さんが自分で来るとは思ってませんでしたけど」

「千里の遠くまで5万の軍隊を補給切らさずに進軍させたのも木鈴さんの手腕だよな?」

「それだけは私ですね」

「全部だぞ?」



「……お二人とも。賊将が死にそうに震えておるが……」

「あれ?」


呆れたように指摘する関羽さんの声にふと見やると、賈詡さんがガクガクと震えながら泡を吹いておられました。


「気付け?!気付けないですか?」

「おう、ぐいっといけ」


私が慌てて叫ぶと、張飛さんが手元の液体を賈詡さんに飲ませました。……酒ですよねそれ?!



「はぁ…はぁ……」


あ、でも少し落ち着いたみたい。




「ところで、文和(賈詡)さんをどうするつもりです?」

「どうもなにも賊将だから斬首だろうな」

「えええ?勿体ないですよ?!だってこの人は今の漢朝このくにで一番の……いや二番……」


えっと、三国志の軍師……諸葛亮ショカツリョウ司馬懿シバイ龐統ホウトウはまだ小さいはずで、周瑜シュウユも子供だけど、えっと荀彧ジュンイク郭嘉カクカは何歳だっけ……?

私は指を折って数えます。


「えっと、五本の指には入る大軍師ですよ!」

「いや、そこはお世辞でも一番って言ってやれよ……」


なぜか劉備さんに呆れられてしまいました。



「というわけで、説得して玄徳さんの仲間にすべきでは?」

「……へ??いや?それはよくないんじゃねえか?」

「え?」


劉備さんがなぜか引き気味ですが、なんでダメなんでしょう?

と振り向くと……賈詡さんがボロボロに泣いていました。


「うおおおおっ……ワシを、ワシをそんなに評価してくれるのかっ?!!」

「もちろんですよ、文和(賈詡)さんは超一流の軍師ですからね!あなたの策を採用しないからみんな失敗するんです」


というと、賈詡さんはさらに泣き始めちゃいました。

いや、三国志で賈詡さんが助言するとすべて成功して、助言を無視すると失敗するって有名じゃないですか。それをそんなに感激されるとかちょっと。

いい年したオジサンが泣くとかちょっと反応にこまるんですが……。


「頼むっ!木鈴どのにお仕えさせてもらえんか!奴婢どれいでも構わん!」

「ええええええ?!」

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