第83話 (閑話)賈詡その2
※賈詡視点です
涼州反乱軍の本拠地、
黄土高原が雨水で削り取られ、切り立った崖や急な坂がどこまでも続き、平野は少ない。
よって行軍は非常に難しく、兵糧の輸送にも苦戦するのである。
「羌族や月氏族が帰郷していなければ、どれだけの防備があろうと兵糧を攻撃して終わりだというのに……」
賈詡は漢人たちの急造騎兵を率いて独り言を言う。
たしかに
大事な騎兵は攻撃に使う必要があるから、兵糧の防衛は手薄なはず。
ゴロゴロと大きな音を立てて進む
「おめえら、かかれーーーっ!!」
「
「
いや、違う。攻撃の掛け声を挙げたのは、突然現れた官軍の騎兵であった。
「はあああっっ?!なぜワシらの襲撃が読まれているっ?!者ども、戦えっ!」
涼州軍の騎兵が大急ぎで迎撃に向かう。騎馬の技量自体は大きな差がなく、兵数は涼州軍のほうが多い。ここで官軍の騎兵を潰しておけば不利にはならんはず……。
そう読んだ賈詡は正しかった。兵の技量はどちらも漢人の騎兵。ただし、将軍に隔絶たる差があった。
「雲長、益徳!ここは俺にまかせて回りこめっ!」
「かしこまったッ!」
「応ッ!!」
官軍の三つの部隊、それぞれ違う将に率いられているが、それらがまるで熟練の傭兵のような息の合った攻撃を仕掛けてくるのだ。
1を攻撃すると、2が横を突いてくる。2を攻撃すると3と1が襲ってくる。
しかも2と3の部隊を率いている将がこれまた恐ろしく強い。
「官軍の将に
指揮を執る熟練の隊長級を狙って確実に討ち取ってくるため、急造の騎兵隊の士気があっという間に崩れてしまう。
「い、いかん、まさか弱いふりをした精鋭をこんなところに配置するとは、相手は兵法を知らんのか!退けっ!退けっ!」
賈詡が慌てて退却を命じる。しかし彼も知らない。精鋭の騎兵は孫堅隊に配属されている。ここで戦っているのは賈詡がもともと予想した通りの急造の騎兵だ。
将だけが違う。
黄巾の乱で活躍し、匈奴と共に戦って彼らの戦術を吸収した
賈詡の目の前に回り込んでいた。
「おっと、反乱軍の将さんよ。逃げるなら斬るぜ?」
「なぁ?!!なぜここが分かったっ?!」
愕然とする賈詡。
しかし敵将は剣を突き付けながら飄々とうそぶいた。
「……あんた頭が良いだろ?」
「おお!?そうだが?!」
一体こいつは何を言い出すのだ。
「兵法的に正しいところを狙うし、兵法的に正しい動きしてくれるから読みやすかったぜ。で、わかるだろ。負けだ」
賈詡は急ぎ周囲を確認するが……逃げ道はなかった。
「くっ……分かった……」
賈詡は馬を降りる。一体何が間違っていたのだ。何か重要な情報が。すごく大事なことがすっぽり抜け落ちていたとしか思えん。
「おい、おめえらの将軍は降参したぞ!おめえらもこれ以上逆らって罪を重ねんじゃねえ!!おとなしく降れば罪を許してもらうがどうする!」
反乱軍の騎兵は逃げるものもあったが、おおよそが劉備の兵に加わることになった。
賈詡を縛り上げて、担ぎ上げると張飛が不思議そうに聞く。
「玄徳兄、なんで問答無用で斬らねえんだ?」
「あ?斬れば全員逃げるけどよ、敵の頭目を捕まえとけば、捕虜が馬ごと手に入るだろ。大儲けだぜ?」
「さすがは玄徳兄ですぞ」
ワイワイ言いながら帰還の途につく劉備たち。それを見て賈詡が悲痛な声を上げる。
「官軍の武将どの!げ、玄徳殿というのか?!一つだけ!一つだけ教えてくれ!そなたをここに配置したのは誰じゃ?!」
「あ?
「あの若者かあああああああああああっ?!!!」
……劉備たち三兄弟はいきなり狂いだした捕虜に驚き、お互いに目配せをすると手早く猿ぐつわをかませて黙らせた。
― ― ― ― ―
そのころ、反乱軍の本拠地、
「
孫堅の最も信頼する部下、歴戦の将である
「……程普よぉ。あいつら、どうもやる気がねぇように見えんだが、どう思うよ??」
「んだな。旗の勢いが弱ぇはんで、官軍を恐れでらと推察すますが」
それを聞いて孫堅の腹は決まった。
「
「応ッ!それこそ
「がはははは!五~六倍はいる敵軍に正面から突っ込もうってか!腕が鳴るぜっ!」
そして孫堅軍が動き出す。
反乱軍の本陣で、韓遂は動き出した官軍を見て唖然としていた。
一体官軍は何を考えているんだ?いや、たしかに偽装兵を混ぜてはいるが、本当の兵だけでもたった1万の敵軍よりは圧倒的に多いのである。
「はははっ!無駄な戦いは避けるつもりやったが、わざわざ死にに来よったわ!
韓遂は豪族たちに迎撃のため出動を命じた。
なお、賈詡は「良いですか、敵の本隊である董卓軍との戦いが本番です。孫堅軍など徹底して無視してください。ワシが兵糧を断つまで固く守って、敵が挑発してきても必ず戦わないよう、何卒お願い申し上げます」と言っていたが、韓遂はすっかり忘れている。
両軍は金城の郊外で激突し、すぐに激しい戦いが……あまり起きなかった。
孫堅軍の騎兵が縦横無尽に駆け回るのだが、涼州軍が攻撃を仕掛けないのだ。
「おい!何をしとるんや!味方が多いんやから一気に攻めたらええねん!」
本陣で韓遂が爪を噛みながらイライラと見守っている。こちらは数倍なのだから、一斉に囲んで攻撃すれば終わるのに、誰も攻めかからない。
その時、前線では漢人豪族たちによる壮絶な譲り合いが発生していた。
「お前いけ」
「いやいや、そっちが先にどうぞ」
涼州軍は漢人豪族の連合軍である。今回は防衛戦であり、勝ったところで戦利品は多く見込めない。どうせ自分が攻めなくてもこの人数なら他のやつが真面目に戦えば勝つだろう、なんで自分の兵を傷つけないといけないのか。
ただでさえ、自分の家がすぐ近くなのである。ぜひ怪我をしないで帰りたいというのは豪族も兵も同じ思いだ。
涼州軍はみんな自分に素直である。なので。
「おらおらおら、死にてえかぁ!!!」
孫堅が精鋭の騎兵を押し立てて真っ黒になって突き進んできたときに、その勢いを避けようとなったのは自然な成り行きであった。
「……なんでえなんでえ?!手ごたえがねえぞ。なんだこいつら雲か霞かぁ?……よし、あの部隊に攻撃だぜぇ!」
ぽっかりと敵陣に穴が開き、そのまま突破してしまった孫堅軍は、兵に偽装した
「ぎゃああああ?!」
「お助けぇえ?!」
もちろん、そこに居たのはただの偽装兵である。孫堅軍の突撃を見た瞬間に、一斉に逃げちり始めた。
涼州軍の旗が散り散りに崩れ去るのが戦場全体からよく見える。
「……本陣が逃げ始めた?!」
「韓遂め!あいつ俺たちを見捨てて逃げやがった?!」
「こうしていられるか、俺たちも逃げるぞ?!」
そして豪族たちは盛大に誤解した。
「何をしとるんやぁあああ?!!」
韓遂が大声で叫ぶころには、涼州軍は総崩れとなっていた……。
― ― ― ― ―
涼州軍は金城に逃げ込み、城門を固く締めて籠城している。
孫堅軍が城の周りで見張っている中で、董卓軍が追い付いて包囲に参加した。
董卓が大喜びで孫堅に語りかける。
「孫将軍!今回は大手柄だな!!しかし1万で6万の敵軍に攻めかかるなどそんな兵法があったかの?」
「おお?董将軍とも思えないお言葉じゃねえか。ご存じのとおり俺の祖先、孫子の兵法でぃ」
「孫子の兵法には五倍なら攻めよとあるが、敵が五倍の時は逃げよとあるが?」
「ははは、それも一つだが、土地を見てくれねえか。ここは漢人の豪族の本拠地。つまり”
「……おお、さすがは孫君!孫子の兵法は真に体得しておるのだな!」
董卓軍の本陣では朗らかな笑い声がいつまでも響いていた。
― ― ― ― ―
「軍事は本当に分からないので勝てるでしょうか……」
董青が長安で不安げに西の空を眺めているころ。
急な籠城で兵糧がつきたため、総大将の韓遂を襲って縛り上げた漢人豪族たちが董卓軍に降伏していた。
※
・賈詡さんは何を失敗したんでしょうか。
・献策は中途半端に採用されると失敗するという話。
・韓遂さんは反乱主導者というより反乱した人たちに担がれた御神輿という立ち位置だったようです。
・孫子兵法
「十則圍之、五則攻之、倍則分之、敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之、故小敵之堅、大敵之擒也」
少数で敵と戦っても捕虜になるだけなので、十倍や五倍をそろえて戦おうね。
「有散地、有輕地、有爭地、有交地、有衢地、有重地、有圮地、有圍地、有死地」
本拠地に近い散地で戦うと兵が散るから避けようね。
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