第74話 (閑話)劉弁その1

※ 漢朝の皇子、劉弁視点です


僕は漢朝の皇子、劉弁。

僕は父に嫌われている。


母は皇后の地位にあるのに、父はあまり母を好んでいない。

その母が弟の協を産んだ女性を毒殺したらしい。

らしいというのは事実がはっきりしてないからで多分毒殺している。


その時、父は相当激怒して、母を皇后の座から追放しようとしたらしい。


今も母が皇后なのはその時に十常侍の張譲や趙忠が全力で庇ってくれたからだ。もともと後宮に入れたのも十常侍に賄賂を贈ったからだと言われている。


宦官たちのとりなしは成功したものの、それ以来、父は母を嫌っている。


そして、僕も嫌われている。




 ― ― ― ― ― 



外戚しんせきで、大将軍の地位にある何進伯父さんは怒っている。


「なぜ長男で皇后の息子であるのに立太子の話がないのだ!」

「陛下はまだ早い、せめて加冠げんぷくしてからだと」

「いままで3歳や4歳で立太子した例などいくらでもあるではないか!宦官への賄賂が足らんとでもいうのか」


伯父さんはいつも怒っている。

何一族が栄達できないのは、僕が皇太子になれないからだ。


何進伯父さんも、母も僕を恨めしそうに見ている。


僕が悪いんだ。


僕が皇太子になる能力がないから。



 ― ― ― ― ― 



「弁、学問はしたのか」

「……は、はい……」


父の前に出ると、僕は上手く喋れなくなる。

あまりにも自分の実力のなさが分かってしまうのだ。



父は立派な皇帝だ。皇帝は数多いけど父上のような名君はなかなかいない。


父は地方皇族の出で最初は生活にも苦労していたらしく、皇帝でありながら世間のことや財政にも詳しい。


歴代の皇帝は外戚しんせきの横暴に苦労してきた。皇帝であっても母は尊ばないといけない。であれば母の一族も尊ぶべきであって、母の一族である外戚が重職につき政治を支配する。


その最たるものが一度漢を滅ぼした王莽だ。王莽は外戚だったから政治の実権を握ってついに天下を奪って新しい国まで作ってしまった。光武帝の活躍で漢朝が復活したものの、外戚は恐ろしい。


だから、歴代の皇帝は信頼できる宦官を使って外戚と戦ってきた。


和帝は宦官の鄭衆を使って外戚しんせきの竇憲を滅ぼした。

安帝は宦官の李閏を使って外戚の鄧騭を滅ぼした。

順帝は宦官の孫程を使って外戚の閻顕を滅ぼした。

桓帝は宦官の単超を使って外戚の梁冀を滅ぼした。


なのに、父は母方の董一族にはあまり政治に口出しをさせていない。何一族もそれなりの官職にはつけているけど、実際の政治は信頼できる宦官にまとめさせている。



さらに、夷狄の侵略や反乱で財政危機に陥っても冷静に官位を売って財政を立て直し、名将を起用して黄巾の乱もあっという間に平定してしまわれた。


学問も重視して学者を集めて経典の誤りを正したり、書画に優れた文人を保護したりもしている。



その父からみたら、僕なんて全く頼りないんだろう。



父の前ではうまく話せない。そもそも話せることなんてない。あらゆる面で父が圧倒的に上で、何を言っても悲しそうな顔をされるだけなんだから。


父は最近は弟の協を可愛がってるらしい。協は母親が毒殺されてから、祖母の董皇太后のところで養育されている。

父が協のところにいくと、「学問は?」とか「政治は?」などとは聞かずにひたすら可愛がっているそうだ。


僕は嫌われているし、そもそも無能だ。

皇太子になんてなれなくて当然じゃないか。


父はきっと協を皇太子にするつもりなんだ。



だったら、僕はだまってそうなるようにするしかない。


これ以上父に嫌われたくない。




 ― ― ― ― ― 




父は僕の顔を見るたびに「あれはやったか」「これはできたか」と聞いてくる。そのたびに出来てないのが辛くて答えられない。


ある日は父が宮中に市場を作ってくれて、それで僕に銭の勉強をさせようとしてくれた。でも僕は上手く買い物もできずにオロオロするばかりで、ついに父に呆れられてしまった。



その時、変な女の子に出会った。祖母の董皇太后の親戚みたいだけど、出会った瞬間に「殺さないでください」だって。


……僕よりオドオドしてる人を初めて見た。


董家の子なのに、協を預かってることも知らないし、父がどれだけ名君なのかも知りやしない。市場の意義について説明してあげたらとても感心して。


……僕の話を「すごい、すごい」って聞いてくれた。


そもそも召使は恐縮するばかりで話し相手になんてなってくれないし、父や何進伯父さんや学問の老師せんせいは僕が上手くできないから悲しむばかりで……僕の話を素直に聞いてくれる子なんて初めてだ。


帽子を買おうとしたら急に怒るからびっくりしたけど、その代わりいごみたいな変な遊戯げーむを売ってくれた。


変な女の子の変な遊戯げーむ。遊び方は簡単だけどなんだろうこれ。




 ― ― ― ― ― 




それから、宦官とか女官と一緒にその遊戯げーむを遊ぶようになった。

勝利、勝利、勝利につぐ勝利。


趙忠だって褒めてくれた。


ついに宮中では相手が見つからないほどに上達した。

僕も得意なものが見つかったんだ!!



……でも遊びじゃあ、父には褒められないよね……。



 ― ― ― ― ― 




董家から女官が来たときいて、顔を見に言ったらあの変な女の子だった!!


さっそく趙忠に頼んで、僕につけてもらうことにする。


これでまたあの遊戯げーむが遊べるね!!





ちょっと待ってたら、なんかずいぶん可愛い恰好をして、いい匂いをさせて連れてこられた。


しかもすごくオロオロしてる……僕よりも自信なさげにして、べっどにあげたら顔を真っ赤にしてる。


すごく可愛い。


なんだろうこの気持ち。うずうずしてきた。

あ、そうそう遊戯げーむするんだった。楽しみだったからね。




遊び始めた。

やっぱり僕は強い。白番の僕が打つたびに盤面が白く染め上げられていく。


でも、女の子の顔を見たけど、もうオドオド、オロオロしてなかった。すごく冷静に勝負してくる。


ふっ、じゃあ本気を出すか……あれ?


なんで……負けたの?




気が付くと、僕は連敗していた。

一度も勝てない。


それどころか何度やっても盤面が黒番の女の子の思い通りに真っ黒に染まってしまうんだ。


「それでは私はこれで」


勝ち誇った女の子の満面の笑みが脳裏に焼き付いてしまった……。



 ― ― ― ― ― 



女の子は董青っていうらしい。



それからも何度も白黒りばーしの相手をしてもらったけど全く手加減をしてもらえない。


……手加減?ひょっとして僕はいままで手加減されてたのか?

確認したけど誰も認めやしない。


でも、そうだと思わないと、董青がこんなとんでもなく強いなんておかしいじゃないか。


つまり、僕は弱くて、手加減されて勝ってただけ。そんな僕に真剣に勝負してくれるのは董青だけだったということなんだ。


……勝ちたい。


何もできない僕だけど。せめてこれぐらいは人に勝てるぐらいになりたい。

初めて本気になった遊びなんだ。



僕は真剣に董青の打ち方を見た。

何度も何度も戦ううちに、董青の戦い方に一定の法則があることが分かった。


「……やっぱり、最初は駒をあまり取らないほうがいいんだね?」

「お、ついにお気付きになりましたか。さすがは殿下」


それを話すと、董青はあっさりと認めた。


「序盤にたくさん駒を取らせて、相手を調子に乗らせて、実は相手の打ち筋を誘導して有利な端や角を取るんだよね?……青ってひょっとして性格悪い?」

「ひどい?!戦略と呼んでください!遊戯は勝つものです」


いや、董青はね?僕をボコボコに倒して、とっても嬉しそうだったよ?それで僕が見抜くまで一切助言してくれないとか酷いよね?!


「なんで最初から教えてくれないのさ」

「教えられても強くなれません、自分で気付く人が一番強くなるのです」

董青がにっこりと笑って言う。



……そうだったんだ。


僕はいままでいろんなことを教わってきた。それこそ高名な教師についてもらってた。でも、結局どれもだめだった。自分で気付かなかったからなのか。



その後も董青といろんな話をした。銭の話。焼けた宮殿の話。反乱の話。


そしていいことを教えてくれる。

黒山賊を降伏させたらいいんだって。


 ― ― ― ― ― 


そのことを父に言ったら、父は少し驚いたようだった。


いつも僕が何か言ったら、悲しそうになるだけなのに、今回は「なんでダメなのか」を真剣に答えてくれた。そして「よく考えたな」とほめてくれた。


褒めてくれた。


……なんだろう。董青と話すようになってから少し父と近づけた気がする。



そのあと、董青についに勝つことができた。

父に褒められて、董青にも勝てた。


嬉しい!!!


僕は嬉しくて叫んでしまうほどだった。


……董青があまり悔しがってないのが悔しいけど。


なんでだよ、もっと熱くなってよ?!



 ― ― ― ― ― 



董青がなんか次々に新しい点心おかしを作り始めた。

何でもできるんだなこの子。



母も気に入ってくれたみたい。

父は気に入るだろうか……と思ったけど酒に合わないから要らないって言われちゃった。


父は酒の量が多いのでちょっと気になってる。すぎると毒だって聞いたことがある。


董青から「民が困って反乱するんです」と聞いたけど、原因がやっぱりわからない。

分かりたい。体験したい。


そうやって民が困ってることを解決したら、また父は褒めてくれるだろうか。



趙忠に頼んで董青を湯官とうかんに推薦しておいた。これで母のためにたくさん点心おかしを作ってくれるはずだ。



 ― ― ― ― ― 



董青が民が困ってることの一つに悪い宦官が居るって教えてくれた。でも宦官はみんないい人だし、そんなの信じられない。


趙忠に聞いたら泣き出しちゃった。


やっぱりそんなのいないか……。



と思ってたら、董青が悪い宦官のいる証拠を集めて持ってきた。


董青が悪い宦官を告発するために上奏文を書きましょうと言うんだけど、僕はそんなのやったことがない。

誰かにお願いしようと言ったら、尚書ひしょ盧植ロショクさんを紹介してくれた。


董青は何でも知ってるんだなぁ……。



盧植さんに「悪い宦官を告発するために上奏文を書きたいのです」と言ったら、なぜか盧植さんが泣き出しちゃった。


宦官にお友達でもいたんだろうか……。悪いことをしたかもしれない。


でも盧植さんは丁寧に書き方を教えてくれたので、なんとか書き上げることができた。


盧植さんも大変いいことですって褒めてくれた。


これで父は褒めてくれるかな。


 ― ― ― ― ― 




父に叱られた。考えが足りなかったみたい。


宦官さんは首をつって死んでしまった……。僕のせいで。


しかも、父はこれが何一族のせいだと思って、僕に予算なしで宮殿を修理しろ、銭は何進に貰えって勅命めいれいした。


何進伯父さんがさらに怒るのを考えて、僕はもう目の前が真っ暗になった。余計なことなんてしなきゃよかった。やっぱり僕が何かしちゃダメなんだ……。



でも、董青は違った。

「皇子は間違ってません」

「皇子のおかげで助かった人が居ます」

って言ってくれたんだ。


宮殿についても

「そんなの私にお任せください」

って一言。



そして、実際に宮殿を建て始めた。



……なんでこの子はこんなに違うんだろう。なんでこの子はこんなに自信があるんだろう。


僕とこの子は何が違うんだろう。




董青のことを考えていたら、董青がやってきた。

「皇子、禁中きゅうでんを出ましょう」



そっか、宮殿に居たらダメなんだ。

この子と一緒に外にでたら、きっとわかる。


 ― ― ― ― ―


宮殿が修復されつつあるのをみた父は上機嫌で、「外戚しんせきの上手い使い方を覚えたようだな」と喜んでいた。


董青は外戚しんせきじゃないんだけど……嫁にしろってことなのかな?


父に褒めてもらったけど。今度はあまり嬉しくなかった。だって全部董青がやったんだ。今度は僕が何かしないといけない。


まずは宮殿から出るんだ。

父にお願いして、嵩山の道士にまた預けてもらうことにした。


父はそれを聞いてちょっと戸惑っていた。

張譲が突然やってきて猛反対する。


でも僕は外に出たい。



父の本心は分かってる。


「僕がいなくても協がいます」


と言ったら許してくれた。



……これで協が皇太子になれるよね。



僕には資格がない。まずは勉強するんだ。


 ― ― ― ― ―


道士の屋敷についた途端に、董青が押しかけてきた。

なぜか「皇子様1号」と書いた竹束を持っている。

これをべっどに寝かせて布をかけて置けとか言っている。



道士が何か言い返そうとしてたけど、董青がニコッと笑うと黙ってしまった。

なぜか董青は嵩山の道士と知り合いだった。



本当に何でもできるなこの子。


「じゃあ皇子、一緒に長安に参りましょう。実際に困ってる人を見るのです」

「ありがとう、これからもよろしくね?董青」



 ― ― ― ― ―



劉弁皇子は洛陽城内で道士の屋敷に住み、学問や導引けんこうたいそうなどをして暮らしている。


また、身を清めるために来客は断っており、宮中の催しの際はたまたま病気のため床に臥せっているという。


もちろん、長安になど行くわけがない。


そう嵩山の道士は述べた。









・董青「は?今の皇帝が名君?」

・劉弁「協には学問は?とか政治は?とか聞かないんだ……」

 劉協(5さい)「そうですね?」

・盧植「……弁様が帝位につけば宦官をこらしめてくださる!」

・道士「(胃が痛くて死にそう)」



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