第72話 告発と結果

洛陽の朝廷。

皇帝が居並ぶ百官の前で各部署の報告を聞いている。


そこに、尚書ひしょ盧植ロショクが上奏文をもって進み出た。


「おや?盧植よ、それは予定に入っていたか?」

「いえ、入ってございません。本来、後回しにするところですが……こちらですが皇子殿下からの上奏になります」


盧植は一瞬言いよどむと改めて言い切った。


「……ベン上奏文ほうこくしょを書けたのかっ?!」


驚く皇帝。


「予定外ですので次回に回しましょうか?」

「いや、読もう」


弁の上奏文は修飾や美文は少なく、事実が淡々と書いてあった。



……


臣弁曰く、宮殿の修復が長く放置されているが、天下から銭を集め、木石が洛陽城外に届いているのに造作けんせつが進んでいないのが気になって調べました。弁が聞くに黄門かんがんが受け取りを拒否し、材木を腐るに至って安値で買い叩いていると言います。さらにこれらに乗じて賄賂を取っているとのことです。こういう状況を放置していては国家の威信にかかわるので廷尉けんさつに調べさせるべきではないでしょうか。


こちらが涼州と河東からの証言と、宦官の名刺の写しです。


……



皇帝は上奏文を読み終わると、近くに控えていた宦官を呼びつけた。


「おーい、張譲チョウジョウ蹇碩ケンセキちょっと来い」

「はっ?!何事でしょうか?」


進み出た二人。張譲は12人いる十常侍の筆頭で趙忠と並んでの宦官の実力者である。もう一人の蹇碩は十常侍には数えられないが小黄門つかいばんとして最近もっとも皇帝に気に入られている宦官である。


宦官はその実権に対して官位は高くなく、大長秋・中常侍は二千石で郡太守と同じ。小黄門に至っては六百石である。

二千石と言っても年棒では首相級の三公や大臣級の九卿の約半額であり、決して高い地位を占めているわけではなかった。


しかし皇帝に近侍し、政治の相談にあずかることでその権勢は三公九卿こくむだいじんを凌いでいるのが実情である。


その二人が進み出ると皇帝は上奏文を張譲に渡した。

張譲、そして後ろから覗き込んだ蹇碩の顔に驚きの色が現れる。


「調べよ」

「ははっ!」


下がる張譲と蹇碩。



そしてそれを見ながら、盧植は深くため息をついた。

ああ、皇子がついに宦官を告発したと言うのに、その対処を宦官に任せるのか、と。



 ― ― ― ― ― 






はい、こんにちわ。


弁皇子つきの美少女女官の董青ちゃん13歳です。

たいへんなことになりました。


「きゃああああ?!」


女官たちが一斉に逃げ出すか、気絶して倒れちゃっています。

まぁそうですよね。




この間名刺をもらったばかりの宦官さんが三人、揃って梁に縄をかけてぶらぶらなさっています。



「……あわわわ……」

弁皇子も腰を抜かしちゃってますね。


私?私も卒倒が得意技ではありますが、死体自体は病人をみとったり、楊奉さんと戦った時に死んだ人を見たことはあるので死体を見ただけでは倒れません。


それに、迷惑をかけられた分、ざまぁという気持ちも少しあります。



ありますけど、死を選ぶほどのことかというと、うーーん。

まぁ、ホトケさんになった人を悪く言うのもなんですね。気絶した振りでもしておくとしましょう。黙祷です。

両手を合わせて、南無阿弥陀仏……。




宦官さんたちがぶらぶらしているところの前で皇帝が弁皇子に話しかけました。


「弁よ、恐れるな。そなたの上奏ほうこくの結果がこれだ」


皇帝おっさんが弁皇子に気合をいれてるみたいですけど……厳しいですよね。弁皇子も顎をガクガクさせちゃって歯の根が合ってないです。


「……廷吏けんさつに渡しても処罰は免れなかったそうだからな。事が露見した途端に首を吊ったそうだ。……政をするならば、その結果は理解せよ、皇帝は必要ならば死刑を命じねばならんのだぞ」

「は、はい……」


教育のつもりだと思うんですけど、たぶん真っ白になっちゃって聞こえてないと思います。



皇帝の隣にいたガリガリにやせた鶏のようなお爺さんが進み出て言います。あれが張譲さんです。


「皇子殿下、宮殿の修復については我らの独断で遅らせておったのです。我らの無能にて予算集めが上手くいっておらず……。銭が足りなくて修復ができないなど国家の威信にかかわりますのでな。ようやく萬金堂が一つ埋まったところでまだまだ銭は足りませぬ」


萬金堂っていうのは西園に作られた貯金用のお堂で、中に絹や銭をため込んでいるとか……いやいや、宮殿修復のために集めた税金を何で貯金してるの。


「黄巾賊のせいで国庫が空になってしまったからな、軍資金を貯めておかねば次の反乱に対応できん」

皇帝が補足しました。


張譲さんが淡々と報告を続けます。

「しかし、こやつらは仕事を遅らせ、材木を安く買い上げるのはよかったのですが、賄賂を取って便宜を図るなど国益ではなく私利を計りました。こやつらはそれを恥じて首を吊ったのです。同じ宦官として大変申し訳ございません」


良くないよね?!!どんだけ各地の担当者さんが迷惑してると思ってるのさ。だったら素直に予算足りませんから中止って言ってよ?!反乱に備えるってそういう政治が反乱のもとなんじゃ?!


ああ、ツッコミをいれたい。いれたいですけどここで悪目立ちしたら何をされるか分かりません。気絶したフリをして下を向いて黙っておくことにします。



張譲さんが一歩進み出て


「こやつらは蹇碩の部下だと言うことが判明しましたので、蹇碩は謹慎しております、ああ、まさか同じ宦官にこのような人間がいるとは、蹇碩の教育が足りず申し訳ございません」

「わかった、蹇碩はしばらく反省させておけ」


なんか張譲さんがニヤリとしたような……。たしか喧嘩してたんだっけ。蹇碩さんの自爆点だから張譲さんは嬉しいですよね。



皇帝は張譲の報告を聞き終わって、独り言を言っています。声でかいですね。


「わが漢朝の政治の順番としてはまず国庫を再建し、それから反乱討伐だな。宮殿は余裕ができてからでよかろう……ふむ」


皇帝が何か思いついたようです。


「弁よ、そこまで気になるなら、宮殿の修復を任せるからやれ。ただし、予算はないぞ」

「え、それは……」

「大丈夫だ、 上奏文を書いた連中・・・・・・・・・に相談してみればいい」


……うえええ?!バレてる?!私狙われてますか?!


何進カシンと取り巻きたちもたまには役に立ってもらわんとな」

皇帝が付け足すように言いました。




あ、良かった。皇帝は弁皇子が何進派閥の反宦官主義者にそそのかされたんだと思ってるみたい。

まぁ普通に考えたら何一族が弁皇子の実家だし、弁皇子が何か提案するならそっちの影響だと思うよね。


私は大丈夫……っぽい?




「……木鈴さん?」

「……は、はい?」


趙忠お婆ちゃん(宦官です)がいつの間にか後ろに立っていて、ヒソヒソと声をかけてきました。小声で返事をする私。


「御覧なさい、あんなことになってしまいました。同じ宦官の仲間なのに情けない……皇子も大変な心労でお可哀そうです。木鈴さん、次に何かあったら、いきなり殿下に言わず、まず私に報告してくださいね?もっと穏便に済ませられたのですから」

「わ、わかりました……」


趙忠が肥満体を揺すりながら悲しそうに涙を流して訴えてきます。


よく考えたら私は何進派閥の董卓家の娘なんだから、完全に私が疑われてるじゃないですかこれ。まぁ小娘が上奏文ほうこくしょとか書くと思われないだろうから、何進派閥で作った上奏文ほうこくしょを私がつないだだけだと思われてるんでしょうね。



宦官の死を悲しむ趙忠を見て、私の先走りで宦官さんが三人も自殺するなんて迂闊さの責任を感じました……



 ― ― ― ― ― 



洛陽の董家屋敷。


何進派閥に宮殿の修復命令(予算なし)が降ってきてしまったので、対応について協議しなければなりません。


久しぶりに官服を着て男装美少年董木鈴として仕事に備えます。


今回は中途半端な正義感で突っ走ってしまって、宦官を自殺に追い込むなんて酷いことをしてしまいました……。


「いやいやいや?!それは違いますぜ木鈴さん?!」

と報告したら劉備さんに否定されちゃいました。


「……そもそもマジメに命令通り仕事をしている各州の担当者を困らせ、賄賂を引き出した宦官がその罰を受けただけでござろう?」

関羽さんが言葉を続けます。


「そうそう、そもそも罰を受けるべき人間が悪事を公開されて自殺しただけで、木鈴さんに責任があるなんておかしいでしょうよ?木鈴さんが証拠を集めて盧老師(盧植)に上奏文書いてもらわなかったら、今も連中はのうのうと賄賂とってるわけですぜ??」

「銭が足りないから仕事を遅らせてますなどと言い訳をしているが、そのような事情も説明せずに宦官が好き勝手して、それで官民ともに迷惑しているのではござらんか」


劉備さんと関羽さんにひたすら正論で殴られて、少しずつ目が覚めてきました。あれ、なんであんなに申し訳なく思ってたんでしょう??


「いや、それはそう思ったんですが、さすがに人が死ぬのは。皇子もびっくりされてたそうですし」

「……それが宦官の狙い通りなんじゃねえんですかね?」


……ぐああああ?!


え、まさか……劉備さんの指摘に思い当たるところがいろいろと……。ちょっとまって、いい人だと思ってたけど、少しは裏もあるとは思ってたけど……。


うわぁ……。私ってまだまだ良いように騙される小娘なんですね。弁皇子だってあれで宦官に逆らえなくなっちゃうから……。


こ、今回は負けてあげましょう……でもこんなことを続けてるから宦官さんたち皆殺し事件が発生して自滅しちゃうんですよ?!

根性を入れ替えてもらわないと!!




私が気合を入れなおしたところで、横から声がかかりました。


「でよ、木鈴よ。その上奏文のせいで予算なしでの宮殿修復任務なんてもんが降ってきたんだけどこれどうすんだよ」


董旻叔父様がジト目でこちらをご覧になります。

えっと、でも弁皇子のお願いだし……皇帝は何一族や袁一族で払えって思ってるんだろうし……


「……大将軍様から予算もらえたり?」

「こんなの報告したら俺は一発で大将軍府をクビだよ?!せめてなんか安くあげる案をだしてくれや?!」


いやぁ、どうしましょうねこれ。





・盧植さんは尚書で六百石の格です。

 董卓パパは中郎将なので比二千石の格ですね。

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