第63話  金儲けの仕組み

私は今、少年官吏風の男装姿で商人の呂さんの家に居ます。

もともと女にしては背の高い方なので、背の小さい男だと言い張れば通らなくはありません。


というか目の前の人が私より少し背が低いぐらいです。立派な髭に鋭い目つきの小さなおじさん。三国志の主人公の一人、曹操ソウソウ孟徳モウトクです。


なんでここに曹操がいるのー?!

私は内心慌てつつも、落ち着くためにもゆっくりお辞儀をします。


「曹孟徳さまにはお久しくお目にかかります。ご出世なされたそうで、中郎将董卓の一族にて董木鈴トウモクレイ、謹んでお祝を申し上げます」

「おお、ご存じであったか。済南国サイナンこくちじをやっておる」


済南国は皇族の王の封国りょうちでそこの相というのは郡太守と同格の官位です。つまり河東郡の太守だった董卓パパと同等に出世済みなのです、30そこそこだと言うのに。さすがは曹操。



ちじですのに、洛陽には何かの御用ですか?」

そう、官職についたら勝手に任地から離れてはいけないはずです。

済南国というのは洛陽から東に千里400kmを超え、行くだけで10日以上かかるはずです。気軽に来れる距離ではないはずですが。


「いや、これが孟徳様はですな。とんでもないことを為されまして」

商家の主人、商人の呂さんが口を挟む。曹操さんのご友人の呂伯奢というのはどっかで聞いた気が。何か原作イベントがあったはずです。


「とんでもないこととは?」


と問う私に、曹操さんは手を組んで苦々しげに。

「いやぁ、済南国に赴任したはいいが、これがロクでもない所でだな。王が政治に興味がないのをいいことに、長吏うわやくは悪事をし放題。豪族から賄賂を取っては脱税を見逃すなどと好き勝手している。さらにはあちこちに城陽王リュウショウ様を祭るじんじゃがあって、皇族を祭るのだからと言って属吏やくにんが祠の維持費を税に上乗せして取り立て、上から下まで民をいじめていた」

「思う存分に酷い有様ですね」


また豪族、名士きぞくさまたちですね。役人も豪族も知り合い同士なら泥棒と警察が同じ一族のようなものです。それはもう好き勝手に脱税し放題でしょう。


「というわけで、着任早々に八割をクビにした。あと祠も多すぎるので片端から潰した」

あっさりと仰る曹操さん。いや、役人を八割クビにして仕事が回るんですか、あと皇族の祠を勝手に壊していいんですか……。


「それは大変だったのでは」

「いやまぁ、なんとかなったがな」


……さすがは原作主人公、英雄ですね。


「木鈴どのがおれに仕えてくれていれば、もっと楽だったのだぞ」

「それはお断りしたじゃないですか!」

「今でも構わんぞ、済南に来ないか?数万の大軍の補給をできる腕なら済南国の事務ぐらい楽勝だろう」


ううう、曹操さんとお近づきになるのは大変ありがたいのですが……、女官として白黒りばーしで遊ぶ仕事もあるし、そもそも河伯教団や白波賊や黒山軍の貧民を食べさせるために商品を売らないと。


「今は董家は何大将軍カシンだいしょうぐんにお仕えしておりますので」

「むむむ、大将軍には勝てんな。諦めるか」


曹操さんは残念そうに言って、髭を撫でています。

そんな彼を見ながら、呂さんが補足してくれました。


「というわけで、孟徳様はちじとしてのお仕事は立派にこなされていたのですが、さすがに役人を八割クビにした件ではお呼び出しがありまして、実にご災難で」

「まったくだ伯奢ハクシャ宗正皇族大臣やら廷尉検察長官やらにあれこれ聞かれて面倒なだけだった」


それだけの人事異動やら書類仕事をこなしながら、中央の呼び出しに対応しきるのはすごいですね。でもやっぱり地方の腐敗は酷いようです。というか宦官関係なくそもそも名士きぞくが腐ってるのでは。


「孟徳様は素晴らしいお仕事をされたと思いますよ。地方の脱税や賄賂をなくせば朝廷の財政も立て直せるでしょう。なにせ宮殿は焼けたままで、反乱鎮圧の予算も不足している状態です」

「ああ、曹家でもたくさん官位を買っているのだが足りないなぁ。父が今は大鴻臚外務大臣だったか。あとはもう三公 首相級でも買うしかないのではと言ってたところだ」


……曹操さんは売官を悪く思ってはいないようですね。お父さんの曹嵩ソウスウさんが官位を買うのも財政再建のためという認識なんでしょうか。

一つ、英雄の意見を聞いてみることにしましょう。


「孟徳様、売官は財政再建のためには必要という方もいますし、売官でカネを集めれば、高官が賄賂を取ったり民に重税を課すだけだと言う方もいます。どちらが本当でしょうか?」


私の問いかけに、曹操さんは啞然としています。何か意表をついてしまったのでしょうか?


「……前者は当たり前だが、後者はおかしくないか?」

「おかしいでしょうか?官位につくのにお金を取られたら、重税や賄賂で取り戻さないといけないのでは?」

「そこがおかしいだろう?「なんで取り戻す」必要があるんだ?名士の家はそもそも豊かで奴隷も多く、支払うだけの財力がある。だから売り先に選ばれてるんだ。本当に清く正しいなら売官の銭は朝廷のために黙って払い、そのうえで賄賂を取らずに決まり通りのマジメな政治をすればいい。それを官位を買ったから民をいじめるのだというのは、自分の汚職を皇帝陛下や宦官のせいにしているだけじゃないか」

「……それはそのとおりですね?」



理論上はまったく曹操さんの言う通りでしょう。

まぁ、そうはいいつつも、カネを取られたら取り返すのは人間のサガですから、賄賂や汚職に向きやすくしているのは事実だと思います。

だから悪影響はでるんでしょうが、財政が死にそうな時にすぐに銭を集めないといけないのなら、一つの手段ではあるのでしょう。



「なるほど、やっぱり名士が実は悪くて、宦官は悪くないのですね。私はすっかり騙されました」

「……宦官が悪くない?」


また曹操さんが変な表情をしています。なんですか、曹操さんは宦官の孫だから今度はちゃんと擁護したのに。


「いや?悪事はしていると思うぞ」

「しかし、宦官というのはただの召使で皇帝陛下とそのご家族に誠心誠意仕えていますよ?」

「それは事実だ。皇帝陛下のためにと言って働いている宦官は大勢いる。だが、皇帝陛下のお近くに仕えているのをいいことに、政治に口出しをしたり、あちこちから賄賂をせびるやつはいる」

「はぁ」


長秋宮こうごうのみやにはそんなのいなかったような。あ、そうか皇帝はこっちに来ないから……皇帝の近くにそういうのがいるってこと?



「だから、俺は悪い宦官だけを捕まえろと言ったわけだ」

「なるほど、では悪い宦官を教えてください」

「……さすがにそれは自分で調べろ。おれが責任をとれることではない」


駄目かー。全部曹操さんにやってもらいたかったんですが。


「ああ、つい話し込んでしまったな。ところで董木鈴どの、伯奢ハクシャに用があったのでは?」

「そうです!呂さま、ぜひこれらの品を捌いていただきたいのですが……できれば定期的に」


木簡きのふだに整理した商品の目録を呂伯奢リョハクシャさんに渡します。一応希望価格も書いてあります。


「ふむ……かなりの量ですな?」


まぁ、そうですよね。なかなかすぐにうんとは言えないでしょう。値切ってくるでしょうから、あと四五軒他の商家も回って……。


と思っていたら、曹操さんが口を挟みました。


伯奢ハクシャ、董どのはかなりのやり手だ。付き合って間違いはないぞ」

「……かしこまりました、では当家で扱わせていただきましょう。価格はこの記載のとおりでよろしいか?」


あれ。値切られなかった?


「え、いいんですか?交渉するつもりだったんですが」

「孟徳様のお墨付きです、価格も妥当だと見ました」


「ありがとうございます。孟徳様!呂さま!」


私はお二人に対して深々と礼をしました。



……


……


商談は大成功でした。

私はウキウキしながら帰り道を急ぎます。


呂伯奢リョハクシャさんは洛陽の市だけでなく、許昌キョショウ陳留チンリュウなどの大都市にも顔が利くらしく。かなりの売り上げが見込めそうです。


こんな素晴らしい商人への伝手を貰えるなんて孟徳様は本当に頼りになるお方……ああいう実力と自信にあふれたおじさんもいいですよね……。宦官とか名士とかの争いにも冷静で、何が間違ってるかちゃんとわかってる。さすがは原作主人公。うん、結婚するならああいう人がいいです。



しかし、曹操孟徳と呂伯奢ってなんか原作の逸話えぴそーどがあった気がするんですよね。


曹操孟徳と呂伯奢。

曹操孟徳と呂伯奢。



……そう、曹操さんが都で指名手配されて逃げたとき、呂伯奢さんの家に立ち寄って。


包丁を研ぐ音がして。


おれが天下にそむこうとも、天下がおれにそむくのは許さん』


……暗殺しようとしてると勘違いして、曹操さんが呂伯奢さん一家を皆殺しにしたんですよねーーーー?!


友達をそんな簡単に殺すーーー?!


あ……目の前が暗く。



バタン!!!!



「お嬢様が倒れたーーーーーーー?!」


公明くんと子龍さんが慌てて駆け寄ってきます……



ああ、うん、実力があって自信満々のイケおじ様でも平気で友人一家皆殺しにする人はやっぱナシです……。ガクッ。

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