第55話 常山の事情

はい、河東郡に蔓延はびこっている河伯カハク教団の巫女、董青トウセイちゃん13歳です。

すでにこの国はあちこちで反乱がおき、乱世さんごくしが一刻一刻と近づいてきています。


かなり厳しい状況ですが、乱世を防ぐためには朝廷せいふを強くしないといけません。しかし、朝廷にはお金がないので、とっても強い董卓パパが西の涼州リョウシュウの反乱軍を討伐することもできないのです。


なので、漢朝このくにの財務問題を解決するために、まずは大山賊、北の冀州キシュウ常山ジョウザンにいる黒山コクザン軍100万を降伏させたいと思います。私も降伏して官位貰ったからみんなも真似すればいいよね、簡単簡単。




「お断りする」


あれ?



黒山軍の使者、常山の趙雲子龍チョウウンシリュウさんが毅然しっかりと言い放ちます。


肩もがっしり、顎もがっしり、眉もがっしりした20代の若者です。ガンと言い放って揺るぎもしません。



しかし、ここで説得しないと困ります。なんとか反論する私です。


「あ、いやいやいや、朝廷は討伐軍を派遣すると言っていますよ?また大変な費用ついえが掛かる、じゃなくて、人死にも出ると思いますから穏便おんびんに済ませましょう」

「果たして、我らが穏便に済みますか?穏便に済むのは朝廷だけで我らはだまし討ちされて皆殺しではないのでしょうか?」


趙雲さんは身じろぎもせず言い返してきますが、負けるわけには。


「皆殺しなんて考えてる人はいません!陛下も降伏させたいと思ってます!」

広宗コウソウの戦いで、我ら冀州の農民10万を斬り殺したのは朝廷の軍ですが。しかも降伏した者も見境なくです」


……皇甫嵩おっさーーーーん?!!!!


完璧な反論です……討伐に向かった朝廷の将軍が皇甫嵩二世おっさんのにのまいだったら、そりゃあ殺すでしょう。だって功績は殺した数で決まるので楽に殺せるなら騙します。


騙して殺して反抗させてわざと戦争を長引かせて戦費を着服するかもしれません。

それがこの時代の常識なので……。


ああああ、何、どこから正せばいいのこれ……。



頭を抱え込んだ私に楊奉ヨウホウさんが助け舟をだしてくれます。


「いや、子龍はん、あんたの言うことも正しいんじゃが、ワシらの巫女がここまで言うてじゃ。信じてくれんか。全軍降伏でなくても、まずは使者を出すだけでええ」

「その使者が捕まるかも、と思うと行くものがいない。私がここに来るのも飛燕ヒエンの大親分から反対されたぐらいだ」


朝廷が信用されていませんね……。



「白波谷の楊将軍(楊奉)のたってのお願いということで、お話だけお伺いするということで私が来た。黒山軍としては河東の河伯軍や白波軍とは良好な関係を持ちたいからな」

「それは、ありがたいですけど、なぜですか?」

「もちろん、朝廷と決戦するときに一緒に戦ってほしい」


いやいやいや。


「戦争を回避するために提案してるんですよ?」

「我々にとっては、戦うつもりがないと言うだけでありがたい」


うーん、頑なですね。しかし、見境なく襲ってくるわけでもなさそう……。


「えっと、我々は産業しごとの提案ができるので、我々のやり方をすればむらしろを襲わなくて済みます。そうすればそもそも山賊なんてしなくていいのでは?」

「河伯のむらは楊将軍に見せていただいた。あそこは素晴らしい」

「でしょう?!」


「しかし、冀州では難しいな」

「いえ、太行山そちらのやまでも石炭は出ると思います」


だって地形がつながってるし……。たぶん行けるはず。


私の提案に趙雲さんは悲しそうに目を伏せて言います。


「違う、河東郡は戦乱で荒れていないから、珍しいものを作れば食料が買える。……冀州は黄巾の乱で荒れ果てている……餅乾くっきーは売れない」


太平道の馬鹿ぁああああああ?!


「そもそも降伏しても田畑が荒れているので税を払ったらもう食べるものもない。だから、我々は負けて降伏するぐらいなら、戦って死ぬ」


いや、でも、それだと。


「……しかし、それでは、あなた方の討伐のためにさらに重税が取られて、他の地域で反乱がおきて、さらに田畑が荒れて、さらに重税がとられて、この国は滅びます……困るのは天下の農民です」

「それが本意ではない。そもそも宦官を重用して賄賂だらけの政治がまかり通ってなければ、黄巾の乱を起こさせなければ、我らが立つ必要はなかった」


私が真剣に訴えるのを聞いて、趙雲さんも困ったように言います。


「……そうだな、朝廷が心を改めてこちらに赦免おゆるしの使者を送り、免税を認めるなら戦う必要はない」


あああ、皇帝おっさんが自分から言い出すの面子にかけて嫌がってるうううう。

黒山軍さんは先に赦免の使者を要求してて、皇帝おっさんは先に降伏の使者を要求してて……。


「じゃ、じゃあ、正式な使者ではなくても、朝廷から先に人を派遣していろいろ言い分を聞くのはどうでしょうか!」

「……いいが、宦官や腐敗したやつは困るぞ?赦免の代わりに賄賂を要求したりされたら、うちの親分衆がその場で斬り殺しかねない」


まぁ、そうでしょうね。腐敗した政治のせいで山賊やってんのにそんなのがきたらブチギレでしょう。


「なるほど!じゃあ朝廷の重臣、将軍級の人の身内をだします!絶対に賄賂を要求したりしませんし、黒山軍の内情にも理解のある人を選びます!」

「おお!それなら親分衆も面子が立つな……そんな人間いるか?」

「います!」


断言しました。


それならば巫女のお手並みを拝見しよう。と言って趙雲さんは報告のため帰って行かれました。


楊奉さんと公明くんは少しハラハラしていましたが、私が自信満々なので大丈夫だと判断したのでしょう。任せてくれてます。


大丈夫です。そんな使者は……居ます!





私だ。



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