第53話 指導(かわいがり)

カツカツカツ……


洛陽城の禁中きゅうでんに拍子木の音が響きます。

大広間に並んだ女官たちが音に合わせて動きを揃え、皇帝を迎えるお辞儀をしました。


董青トウセイッ、遅いし間違ってる!」

「はい、済みません!!!」


宮中儀礼の練習なのですが、なぜか何皇后カこうごう様が来られて、そして私が怒られてます。



「全くこの小娘は。礼法もわかってないしダメな子ね、よくそれで禁中きゅうでんに来れたものだわ」

「申し訳ありません」


皇后さまに羽根扇で頭をぺしぺし叩かれて、平謝りの私。


「それに比べて貴女はいいわね、どこの出身?」

南陽ナンヨウです、皇后殿下」


何皇后に名指しされた女官が答えます。


「あら、南陽ナンヨウ!文化的で素晴らしい土地だわ。さすが洗練された動きをしてるわね。で、董青はどこの田舎の出身なの」


「……隴西ロウセイです」

「まぁ、文明の西の端も端、田舎の辺境の蛮地ね。どうりで羊臭いと思ったわ。」


南陽って何皇后の出身地ですよね。たしかに洛陽に近くて文化も進んだ土地ですけど。それに私が隴西出身なのも当然ご存じなのに、わざとお聞きになります。


「はい、董青が下手だからやりなおし!文句はこの子に言いなさいね!」



はい、偉大なる皇后殿下に仕える美少女女官の董青ちゃん13歳は、大絶賛可愛がられております……。


…… 

……


「まぁ、演奏が下手ね、笛も吹けないの?というか楽器見たことある?」

「動きが違う!!手足も思い通り動かせないのこの無能」

「言葉遣いが酷いわ!生まれる場所からやり直しなさい!」


…… 

……



何皇后様は初めて面会したときに、「わらわに見せないでね」とか仰ってたのですが、そんなことは完全に忘れたのかのように、礼法か舞楽、音楽の練習時間に必ず来てひたすら厳しいご指導をなさいます。


なのに、学問や筆写、会計の時間には絶対来られません。

こっちなら自信あるのにぃいいいいいいい。


くっ……たしかに役人仕事とか巫女業ばっかりやってて、花嫁修業はサボりがちでしたけどぉー!



 ― ― ― ― ―



「というか、皇后殿下って、普通は女官の練習をわざわざ見に来られるんですか?」

「あにゃ。来ないと思いますです」

「じゃあなんで」


やっと解放されてご飯の時間になったので、小羊ひつじさんのところに向かった私。


皇后殿下に厳しい指導をしていただいているので、とても大変ですと言うことをひとしきり愚痴りました。同僚の女官の皆さんからは盛大に無視しかとをくらってるので、もうお話できるのは小羊さん位です。


小羊さんはいつもの少女みたいな顔を曇らせて、こっそりと耳打ちしてきました。


「それはですね……木鈴モクレイ様が皇子殿下に白黒りばーしで勝つからです」

「え、いやいや。そんなことで。まさか」


え、私がベン皇子を白黒りばーしでボコボコにしたから?


「あにゃ。皇子殿下なんですが、ちょっと人見知りなところがおありじゃないですか。だけど、ある時白黒りばーしという誰も知らない遊戯を持ってこられてましたです。それで皆と遊び始めるようになって」


うん、それはいいことじゃない?


「それで次々と女官や宦官に勝って自信をおつけになったです」


うん、それもいいことですね?


「なのに木鈴さまに負けたので、ものすごく自信を無くしてしまわれて……それを見た皇后殿下がお怒りになったです。」


なんでそうなるんでしょう……

私が理不尽さに困惑した表情を見せると、小羊さんが慌てます。


「あにゃ、だめです。逆らってはなりません、何皇后は怖いお人です。」

「逆らいませんよ?あんな素晴らしいお方に。どこが怖いのですか?」

「え?」


なぜか小羊さんが意外そうな顔でこちらを見ます。


「私が礼儀やら楽器が下手なのは事実だから、ご教育いただいてるんですよ?そんな名誉なことあります?」

「……いや、それなら良いです。はい」


何皇后様は女性として天下一のお方です。ちょっと誤解があるようですが。指導内容が間違ってるとは思いません。

なぜか小羊さんが信じられないような顔してますが、どうしたんでしょうね。


……

…… 


ある日、私の舞楽のやり方が下手すぎて、見本を見せていただいたことが有ります。教団で健康体操ばっかりしてたので、なんかどうしても動きがいちにーさんしーになるんですよね……。


何皇后は「董青!なにその単調な動き!枯れた仙人の歩引すとれっちでもまだマシだわ!」と仰り、すとーるをお取りになると、演奏に合わせて舞い始められました。


それはもう、緩急をつけながらもキレのある動きで、すとーるが波のように身体の周りを包み、とても奇麗な舞です。揺れ動く豊満な肢体は活気に満ち溢れ、全く目を離せないぐらいでした。


私は感動して涙を流して、こんな仙女のような舞は初めてです、寿命が延びましたありがとうございます。と礼を述べたら、なぜか何皇后はちょっとぎょっとしたように「おべっかなんか使うんじゃないよ、気持ち悪いね」とお怒りでした。


……

…… 


「だから、皇后さまは怖くなんてなくて、大変お優しい方ですよ?」

「あにゃ、その……皇后さまは気が大変おつよく、他の寵姫そくしつにもきつく当たることがあってですね」


はぁ。


「董皇太后が預かっておられる弟殿下が生まれたときなんてですね」


ああ、劉協リュウキョウ様ですね。のちの献帝。宮中に上がるときに皇族の名前は覚えましたよ。劉弁リュウベン皇子は皇帝をすぐやめさせられちゃうんです。三国志の大魔王董卓に。


「母君の王美人オウびじんに大変お怒りで」

「なるほど、皇帝陛下が勝手な浮気をするからですね」

「えっ??」


小羊さんが信じられないようなものを見る顔でこちらを見ます。なんでしょう?


「え、だって何皇后みたいな素晴らしい奥様がいるのに、ちゃんと了解を取らずに他の女を孕ませるとか皇帝陛下がひど……もがっ?!」

「しーーーっ?!!」


小羊さんが慌てて私の口を塞ぎました。周りを見まわしますが、誰もいないのを確認してほっと一安心。


「……しょしょ、正気ですか……謀反ですよ?!」


む……だって、皇后という正室おくさまがいるのに他の女に手を出して、それで正室を怒らせるってそれは旦那が悪いですよね??複数の妻を持つならちゃんと責任をもって管理しないと……。と思いますが、小羊さんが死にそうなほど真っ青なので……はい、黙ります。


「で、これはあまり言ってはいけないのですが、恩があるので言いますです。王美人が毒を盛られて亡くなられて、何皇后が疑われて大変な騒ぎになったことがあるんです。ですから恐ろしい方なんです」

「……それは恐ろしいですね」


ああ、そういえば弁皇子もそんなこと言ってましたね?母さんは毒殺しないとかなんとか……したっぽいですねこれは。

たしかに人を殺すのは直接でも間接でも恐ろしいです。皇后さまも美女なだけではなかったんですね。教育はありがたいですけど無茶をしてくるようなら対策を取らないといけません。


でも、そんなことをするまで奥さんを追い詰めるのは、やっぱり皇帝が悪いのでは。妻を複数持ってる人は普通ですけど、殺し合いまでさせるようでは夫としてどうなんでしょう。董卓トウタクパパのおめかけさんが揉めてるのなんか見たことないですよ。


派手な服を着て宮中の模擬店でうろついていた皇帝陛下おっさんを思い出します。


ホント、何してんですかね。あの皇帝おっさん

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