第52話 劉玄徳という人間

男装美少女商人の董青13歳です!今日は女官はお風呂休暇なので仕事ができます!やったね!


というわけで洛陽城内の車肆ざっかいちばで、お店を出していたら、前に出会った耳の大きくて手の長い、人当りのよさそうな、あの人が現れました。


私はあわててお辞儀をします。


劉玄徳リュウゲントクさま、お久しぶりです。広宗コウソウの戦いではたいへん活躍されたと伺いました」

「おお、董大人トウのだんなにも聞こえてましたか、これは恥ずかしい」


そういうと劉備リュウビ玄徳ゲントクさんはぽりぽりと恥ずかしそうに頭を掻きます。


「恥ずかしくない武者ぶりでしたと、匈奴キョウドの人が褒めておられましたが」

劉豹リュウヒョウくんから聞いたんですが、実にすごい戦いっぷりだったそうです。戦果は皇甫嵩おっさんが持って行ったんですけどね。


「いやぁ、大勢の怪我人だしてまで戦ったのに、その後が……俺はもう情けなくてねぇ……」


くくっ。と泣きそうになる劉備さん。いや、何があったんですか。


「いや論功行賞ごほうびで、冀州キシュウ中山国チュウザンこく安熹県アンキけん県尉けいさつしょちょうにしてもらった。兵も俺ら兄弟も大喜び。そこまでは良かった」


大げさな手ぶりで喜びを表す劉備さん。なんか話し方が上手くて引き込まれますね。で、どうしたんです?


督郵めつけがやってきてな、俺の悪口を言うんだ。マジメに働いてないとか、功績に見合わないとか。そしてこのままだとクビになると聞いて、俺はピンと来たね。こいつは賄賂を取ろうとしていると!」


「おお、悪い人ですね」


「そうだろう?俺の尊敬するロショク老師せんせいだって賄賂を拒否してクビになったんだから、払うわけにはいかない!だから俺は反省させようと思って面会を申し入れたんだが、仮病で会えないという!!さっきまで元気に歩いてたのにだぜ?俺はもうアタマに来てね」


うんうん。


「すぐさま、治所やくしょに戻って兵卒を集めて、そいつを逮捕して木に縛り付けてやった」


聞いたことあるーーー?!!!三国志でも有名な事件の一つですよね?!


「いや、よっぽど懲らしめてやろうかと思ったけど、泣いて命乞いをするから許してやったんだ。で、抗議の辞職ということで、県尉の官印綬みぶんしょうをそいつの首にかけて、そのまま逃げてきたってわけだ」

「いや、許す前に殴ってたでござろう。玄徳兄」

「泣いて謝るまで殴ってたな、玄徳兄」


あれ?それをやらかしたの三国志では張飛チョウヒさんだったんじゃ?……でもなんか三人ともってそうな雰囲気ありますが。

うんうん、まぁ、賄賂が嫌いで元気なのはいいことです。でも劉備さんって割とヤンチャするんですね。三国志ではもっと聖人君子みたいな印象だったんですが。


「というわけで、俺の無実を証明するため、ロショク老師せんせいに報告に戻ってきたわけよ」


けっこう有罪な気がしますが。盧植ロショクさんですか……、あれ、宦官におとしいれられて逮捕されてたような?


「復職されたんです?」

「おお、皇甫嵩コウホスウ将軍が老師を褒めた上奏してくれて、それで尚書こうていひしょに戻られてんだ。皇甫嵩将軍の作戦は酷かったが、そこだけは感謝してる」


……あー、董卓パパの悪口言った上奏ですね。いや、盧植さんを褒めるのはいいですよ。なんで董卓パパを悪く言うんですかね。


「お……どうしたんだ董大人トウのだんな。嫌なことでも……あ、いや。そういえば董大人は商賈あきんどの道を選ばれたんですかい?」


一気に機嫌が悪くなった私を察したのか劉備さんが話題を替えます。

この人、話が上手いうえにこういう気づかいもすごいですね。


「あの、私はただの孺子こぞうなので大人だんなはやめてください。そうですね、木鈴モクレイとお呼びください」

「木鈴さん」


あれ、劉備さんちょっと頭をひねってますね。うん、どちらかというと女っぽい名前ですけど、気の利いた偽名も思いつかないので……。


「あ、商賈あきんどが本職ではないのですが、ちょっと小遣い稼ぎを」

「なるほど……これはなんですかい?」


劉備さんが荷馬車に並べた商品を指さします。


「こちら河東名物の餅乾くっきーです、焼餅の一種で……試しにどうぞ」

「すまねぇ。おっ、美味い。干した果物が入ってるのか。しかも口当たりがいいなこりゃあ、サクサクとして溶けるみたいだぜ?」


劉備さんの好意的な講評コメントにお連れの兄弟分たち、関羽雲長カンウウンチョウさんと張飛益徳チョウヒエキトクさんも興味を持ったようです。


「あ、雲長様、益徳様もどうぞ」

「かたじけない」

「酒はないか」


ないですよ。


「いや、これは美味い!しかも違う餅乾くっきーには違う果物が入ってると来たもんだ。こりゃあ飽きないね!」

「うむ、甘すぎず、塩辛くもなく、じつに均衡と調和がなっておる!」

「酒に合うと思うんだ、酒ないか」


ないというか、餅乾くっきーで酒飲むんですか張飛さん。



なんかちょっと味見してもらっただけなのに、三人兄弟がめちゃくちゃ陽気に騒いでます。もともと福耳で手が長い陽気な人の両側に武神みたいな二人が引っ付いてて目立つ三人組だというのに、さらに目立っちゃってますね。


周りに人が集まってきました。


「いやぁ、これこそ天上の仙果にも勝るとも劣らない絶品!紂王チュウオウの象牙の箸のような贅沢とはこのことだ。これがなんだって?五銭?それは安い!十銭は取っていい。こんな安い贅沢なら紂王もわざわざ象の肉を食べて滅亡しなかっただろうに。これはぜひお世話になった方に送りたい。そうだ、盧尚書(盧植)にお土産にしたいから包んでくれご主人」


「あ、はい……」

めっちゃくちゃしゃべりますね劉備さん?!

なんか圧倒的な連続攻撃にくらくらしながらも、なんとかお土産用に包んでお渡しして、三人兄弟を見送りました。



「売ってくれ!」

「私にも売ってくれ!」

「是非食べてみたい!」


その途端、周りで見物していた人たちが一気に殺到してきました。



「じゃあ、また」

劉備さんが目くばせして去っていきます。



ありがとうございます!!

その日の売り上げは新記録でした!ちゃんと私や公明くんにお手当も出せましたよ!





※韓非子 「象箸玉杯」 昔の紂王という悪い王様が象牙の箸を作ったのを見て、大臣が「象牙の箸なら翡翠のお椀が欲しくなる。ならば食べるのも象や豹の肉になる。となれば服や宮殿も豪華に作り直したくなるだろう。象牙の箸に合わせたら無限に贅沢が続いてしまう」と嘆いたことをいいます。

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