第二章 花嫁修業
第46話 初めての敗北
独特の緊張感の中で澄んだ空気の中には、ふわり……と
塵一つなく掃き清められた床に、つやつやと磨き上げられた家具が並んでおり、遠くにかすかに
正面には一つ、大きな
こんにちわ、山賊から
長い黒髪と白いお肌を持ち、手足はすらりと美しく伸びた美少女なのですが……
私は、今、生まれて初めての敗北感を味わっています。
……
……
ここは
大漢帝国の首都で、皇帝陛下のおわすところです。
高祖劉邦が火を吹く赤龍の子ということで、火徳を尊ぶ漢朝ではサンズイを忌まれて雒陽(ラクヨウ)とも書きますね。
「皇后殿下、
隣に立っている丸々と太ったおじいさんが仰々しい台詞を述べたてて、両手を組んで長い袖に包み、頭の上に掲げて深く深くお辞儀をします。
「ははー、 皇后殿下、千歳、千歳。千千歳」
私も真似して同じように拝礼します。千歳というのは皇帝は万歳なので、遠慮して千歳なのです。
そして皇后殿下。そう、
ここは
私は恐る恐る何皇后さまに自己紹介しました。
「
「ふうん、
あうう、なぜか皇后さまに睨まれています。ですが、私には対抗ができません。
目を伏せて頭を下げるだけです。だって、目の前に……
「殿下、彼女の仕事ですが……」
「礼儀がなってないわね、田舎者まるだしだわ。
太った中年のお役人……
「いやいや、殿下の兄君……大将軍(何進)からのご推薦でして。董将軍は、まぁ確かに辺境のご出身ですが、歴戦の武功があり、いまも長安で賊軍と戦っておられます」
「また、董!!!」
皇后さまは董という姓に対して、大変ご機嫌ななめなようです。
私の姓が何かダメなんでしょうか。そういえば
皇后さまは趙忠さんに向かってつまらなさそうに手を振りました。
「ああもう、そんなのどうでもいいわ。こんなの適当にあなたが片付けときなさい。妾にみせないでね」
「かしこまりました、ではそのように」
「し、失礼いたします……」
私は震えながら再度お辞儀をします。
この扱い、釈然とはしませんが。私には皇后殿下に逆らえる気はしません。
だって。
皇后さまが興味を失ったようにそっぽを向くと、上半身がぶるんと震えます。
決して太っているわけではないのに、大地のような豊饒さを象徴するその部分が、圧倒的な格の違いを見せつけてきます。
か、勝てない……。
私は、あまりにも控えめで貧相な自分自身を抱え、生まれて初めての敗北に打ちのめされていました。
まさに、皇后さまこそが天下一の美女。天の半分、女の世界に君臨すべきお方です。
私は美少女美少女などと
「では
つい、目が皇后さまを追ってしまいます。
上半身だけでなく、腰にも必要なふくらみがあり、それで手足はすらりと伸びて、顔は白いお肌に魅力的な黒子が一つ。
なんという戦闘力の高さ。皇帝陛下を射止めたのも当然……。
私がこの高みに上るためには一体あと何年の
でも諦めません。時間さえ、時間さえあれば私にも勝ち目が。
「
「は、はいっ?!すみません!」
趙忠さんに叱られてしまいましたぁ……
木鈴って自分じゃん。
そういえば、家族は青ちゃんと呼ぶし、信者さんは巫女様、私兵の皆さんはお嬢様と呼ぶものだから、自分の
でも、社会に出たら字で呼び合うのは当然。さっき自分で自己紹介したんだからいい加減慣れましょう。木鈴、木鈴。私は木鈴と。
― ― ― ― ―
とっても丸い体つきの
「す、すみません、皇后殿下の前で失礼を」
「あら、初めてのお目通りですし。年若い貴方が緊張されるのはしょうがないでしょう?」
お気遣いありがとうございます。
「さて、木鈴さん。来ていただいたのですから、お仕事をしてもらいます。ただ、別に難しいことはありませんよ、面倒な下働きは我ら宦官がいたしますし。木鈴さんには他の
「はい」
年齢にかかわらず、こんな小娘にたいして大変丁寧です。ちょっと話し方が丁寧を通りこして女っぽいですけど。
それに趙忠ってあれですよね。大宦官で、十常侍の悪役で、宦官抹殺で殺される人。
でも別に悪い人には見えませんね??「もっと偉そうな人かと」……
「ふふふ、えらそうな召使なんて失格ですよ?あなたも気をつけなさいね?」
き、聞こえてた、すみません?!
趙忠さんに優しく笑われてしまいました……。
うぐぐ。恥ずかしい。
※この時代は皇后の敬称は殿下となります。
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