第41話 人生の選択

「こちらが河伯里の戸籍になります」

「ありがとうございます」


……ようやく住民登録が済みました……。私、美少女巫女董青ちゃん13歳です。

最近なんかずっと真剣な展開で自分の美しさを讃える余裕もなかったですが、これからはちゃんと褒めたたえてまいりますよ!!


役人さんから竹簡に戸籍を書いてもらったので確認します。


【破賊校尉安邑県河伯里上造河伯君年三十中平二年叙】


河伯君ってのが私ですか。で官位が破賊校尉で、住所が安邑郡アンユウぐん河伯里カハクむら……って命名が安易な……で、年が……


「ちょっと、私が30歳に見えますか」

「見えませんけど、さすがに少女を校尉たいさにしたなんて記録できませんから!」


お役人さんが申し訳なさそうに言います。

……まぁ、分からなくはないです。そんな報告したら都で怒られそうですし。


「あと、こちらの住民の名簿ですが、全員が校尉たいさ奴婢どれい扱いでよろしいでしょうか?」

「ダメですよ!?」

「ええっ?!」


なんで驚くんですか。


「いや、そのほうが税が軽くなるので当然そうするというか太守のご厚意なのですが」


……いやいや、そんなの……いや、念のため聞いてみますよ?嫌がるに決まってますから。


「皆さんはどうなさいますか?」

「ぜひ巫女様の奴婢として登録してもらいてえだ」

「んだんだ、巫女様なら悪いようにはなさらねぇだ」


戸籍づくりのために連れてきた信者さんたちがキラキラと目を輝かせてとんでもないことを言います。


……うわぁ。


えっと……たしか。あちこちの豪族が大量に奴隷抱えてますよね。税金払えなくなったり、借金がかさんだりした人たちを……。あれってまさか、こうやって豪族に身売りして、奴隷になって税金免除されて……いや、国の財政悪化して当然では……。



とりあえずそんな脱税はダメです。ちゃんとした住民として税金が払えるように安定した生活をしてほしいので。


「皆さんを普通に登録してください。ちゃんと税が払えるように仕事を作りますから!」

「かしこまりました」


お役人さんが名簿を戸籍に登録していきます。

なんか信者さんたちが悲しそうでしたが、あんまりズルをさせるわけにいきません。ちゃんと頑張りましょう。


「あと、こちら校尉の給料は年84000銭になります。こちらと部下の方の給料を河伯里の税収から引いていただき、残額を郡に送付願います」


なるほど、実質的に税金を割り引いてもらってるようなものですね。この財源で独立経営してくださいということでしょう。たしかにかなり厚遇してもらっているようです。


とりあえずこれで山賊にならず、信者の皆さんの道を踏み外させなくて済みました……やっと一件落着ですね。



 - - - - -




信者さんたちを連れて外に出ると、郭汜カクシさんと楊奉ヨウホウさんがにらみ合ってました。


「あれはさすがに卑怯じゃろ!」

「ほぉ?自分の油断やんか。おどれがお嬢……巫女様の家臣やなかったらあの隙に首が胴体からサヨナラしてるで?」


いや、卑怯でしたよ。楊奉さんも卑怯だからいい勝負ですけど。


「はいはい、ケンカはやめてください……で、楊将軍はこれからどうするんですか?」

「どうも何もウチの子分といっしょにお世話になりますけ」


「山賊はやめてくれるんですか?」

「もちろんじゃ。そもそも子分が十人二十人ならなんとかなっとったが、だんだん流民が集まってきて、それで千人超えて食わせるなんて無理があったんじゃ。あとはもうどこかの県を攻めるか飢え死にするかしかなかったけえ」


そもそも白波賊に参加した難民も山賊に村を襲われた人たちですよね?そうやって山賊が巨大化して、県を攻め落として大反乱になったのが太行山の黒山賊……。きっとあちこちで同じことが起きてるはずです。


黄巾の乱が終わったとはいえ、天下は全然収まる様子がなく、乱世が近づいているのを感じます。


「分かりました、では楊奉さんは河伯里の司馬たいちょうに任命します。働いてもらいますからね」

「おお、ワシに官位が……がんばりますで!」


大喜びの楊奉さんを尻目に郭汜さんが茶化してきます。

「巫女様、そいつ弱いでっせ?」

「郭さんが騙し使わないと勝てないなら十分強いと思いますよ」


「ほれみぃ、本当はワシのほうが強いと巫女様も認めてじゃ」

「ちゃうわい!」


 - - - - -



次にいたのは公明くんと李傕リカクさんです。


「いいか、俺はちょっと酒を飲みすぎてイタ、だから油断ダ」

「はい!師匠の調子が悪くなかったら勝ててないと思います!」


……何をやってるんですか。


私はジト目で李傕さんを問い詰めます。

「お酒なんてどこで手に入れたんですか」

「へへ、主公トウタクさまと一緒デ。太守のところデ、酒をタカってタ」


あーー?!だから董卓パパも太ってたんですね?!!

「……李さんも太ってますよ。体操サボってましたね?」


「い、いや?やってタ……ハズ?……それより、公明は強くナッタ!自信がついたナ!まぐれデ俺に勝てるトハ!」

「はい!ありがとうございます!お嬢様と約束したのでまっすぐ強くなります!」


うーん、なんか私のために強くなってくれるってちょっと嬉しいですね。頬が緩んできます。って、李傕さん。何をニヤニヤしてみてるんですか。


「李さんはそんな太って油断してるから公明くんに負けるんですよ!」

「お、いやぁ……だ、大丈夫ダ、鍛錬すればイイ!」

「はい!また稽古つけてください!」


高め合う師弟というのもほほえましいものです……と思った時に思い出しましたが質問があったんでした。



「……というか、私がいたのも公明くんがいたのもわかってましたよね?なんで一騎打ちなんてしたんですか?」


「イヤ……今回の大行進は、お嬢様のお考えカ、それとも賊に脅迫されてるノカ、分からなかったノデ」

「師匠が僕を呼び出してたときに、事情を聴いていただいたんです」


ああ、それで本陣の董卓パパに聞こえるように「巫女が首領だ!」って叫んでたんですね……。


「へへへ、お嬢様をちゃんと止めないからお仕置きで公明をぶっ倒しテ。人質に取って交渉するツモリだった。負けチマッタ」

「師匠の調子が悪かったのでなんとか勝てました!」


実力だと思いますよ。


 - - - - -


董家屋敷に行く道に劉豹リュウヒョウくんと匈奴たちがいました。


「青、上手くいったね!」

「豹さん、護衛ありがとうございます……どこまで知ってたんですか?」

「なにも?なんか物騒だったから護りに来ただけで、太守軍がでてくるとか思ってなかったよ?」

「……いや、太守と喧嘩したら匈奴全体に迷惑かかりましたよね?なんであそこで逃げなかったんです?」


というと劉豹くんは意外そうな顔をして笑いました。


「ははは、あそこで逃げるなら最初からついてこないって。匈奴が漢と揉めるぐらいよくある。よくある。」

「恩人ガ戦ウナラ戦ウ。匈奴ハ簡単。逃ゲル、ナイ」


なんでこの人たちこんなにすっきりと思い切りがいいんでしょうか。文化がちがうのはそうですが。漢が属国だと思い込んでると痛い目にあいそうです。


「次に何するのか教えてね?また助けるよ」

「父上に叱られてきますので助けなくていいです」


「えっと、じゃあ拉致さらうか?」

「泣き叫びますよ?」

「じゃあやめとく」


……気持ちいい人たちですけど、私の人権も気持ちよく蹂躙じゅうりんされそうで気を付けないといけませんね。



 - - - - -




董家屋敷につきました。



私は、土間に敷かれたまっとに座って、董卓パパの前で頭を下げています。董卓パパはべっどに腰かけて、一つため息をつきました。


「ふぅ……大変だったんじゃぞ?」

「あ、はい……父上が太守を説得していただけたと聞きました。いや、父上にも真っ先に連絡したんですけど、お屋敷にいらっしゃらなくてですね……」


ギリギリまで忘れてましたが。


「まぁ、それはもうよい。話は聞いた。別に悪いことはしていなかったし、実際に白波谷の山賊が降伏しておる。いまは天下はそこかしこで山賊やら反乱やらが起きておるのに、河東は奇跡的に平和じゃ。巫女様のおかげじゃろうな」

「いえ、それほどでも」


董卓パパはじっと私を見つめなおすと、ゆっくりと口を開きました。


「この間から、小青青ちゃんは何かを為そうと動き回っているな。お告げに関わることか?しかもそれは董家に関わることだな?」

「うぐ……」


いや、私はたしかに皆殺しエンド回避のために動きたいんですが、なにをしていいのかまだ決まってなくて、この間からやってることは村づくりが楽しくて、気が付いたらついやってしまっていたというか。


……そこが私ダメだよね!?


「うむ、だいたい分かった……たぶんそなたのやっていることは正しいのだろう。しかし、わしは親としてそなたが心配でたまらん。しかし言ったからといっておとなしくするそなたではない」

「すみません……」


いろいろ駆けまわってるけど、正しい道なのかはまだわかってないんです……という言葉を私は飲み込みました。

そんな私に向けて、父上は右手に指を2本立てて言いました。


「それならば選んでもらおうか。一つはしばらくわしのいうことを聞いて安全な場所に行くか……。もう一つは、これからも同じように好きに無茶をするならば……結婚せい」

「なぜ?!」


「女一人でやっていける世の中ではない。荒事や交渉事になれば小青青ちゃんを誠心誠意まもる男が必要だ。だが、わしはまだ自分の夢や仕事を諦めておらん。だから小青青ちゃんの世話だけしているわけにいかんし、次に何かをしたときに庇えるかどうかもわからん。何があっても小青青ちゃんを守ってくれる男がいないならわしは安心できん」

「たしかに、父上に甘えすぎてました。しかし結婚相手なんて」


急な話に私が反論すると、父上は意外そうに言いました。


「いや、なんか最近、あの公明とかいう少年と仲が良いじゃろ。あと匈奴の王族が今回も一緒だったな?どっちかに決めておらんのか?」

「違います違います違います!」


まだ考えてません!考えてませんから!13歳です私!13歳!!



「ならば、安全な場所に行くな?」

「……はい……」


ええ、結婚はちょっと急すぎます。選ぶにしてもじっくり考えさせてください。ちょっと安全な場所で頭を冷やすのもいいかもしれません……。あれ?


「ところで、父上のお側以上に安全な場所はないと思うんですが。父上は謹慎中ですし、仕事と言ってもどこへ?」

「いや、そろそろ謹慎が明けるはずでだな……」


そうなんですか、おめでとうございます。と言おうとした瞬間。



大人だんなさま!!!弟君がおつきです!!」

「いよぉ、あーにじゃー!!生きてるかー!!」


召使が大声で叫ぶとともに、董旻トウビン叔父様が部屋に入ってきました。早馬で駆けてきたのか、体中汗びっしょりです。


「おお、小青青ちゃんは背が伸びたか?女らしく……なってねーな」

「気にしてますから言わないでください!!!」

董旻叔父様が陽気にからかってきたのに反撃します。



「旻よ、冗談はさておき、良い知らせだな?」

「じつは、良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」

どうにもおちゃらけた人です。



「……たわけたことを言っておらんで、さっさと良い知らせを聞かせよ」


「兄者は謹慎解除、そして涼州リョウシュウ韓遂カンスイの反乱軍討伐のため、中郎将しょうぐんに復帰だ。よかったな!」

「おおお!!!!」

「おめでとうございます、父上!!」


董卓パパは立ち上がって喜びを全身で表していましたが、ふと気が付いて問います。


「む……で、悪い知らせとはなんだ?宦官がまた何かやらかしたか?」

「はぁ……」


董旻叔父さんは心から残念そうな顔をしてそれを告げました。


「で、反乱軍討伐の総司令官。つまり兄者の上司が……皇甫嵩コウホスウ

「嫌がらせかああああああ?!!!!」


董卓パパの絶叫が屋敷に響きました。





ああ、あの黄巾討伐で董卓パパに嫌がらせしまくった根性の悪い人が上司なんですね……うわぁ……。あれ?で、私はどこに行くんです?涼州?安全な場所って?






※これにて第一章終わりです。ぜひ★やブクマ、感想などお願いします!

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