第42話 (閑話)曹操その1
※曹操視点です
黄巾党の本拠、
まず部隊配置の把握。
兵器の確認。
補給体制の調査。
ばたばたと駆けまわりつつも、曹操は感心していた。
「部隊配置も兵器の準備も非常に良く手配されている。聞くと盧植将軍の案らしいが、董卓は無理にやり方を変えずにそれを継承強化した、どちらも兵法をよく理解している良将だな」
しかし曹操が一番驚いたのは補給部隊の働きぶりだ。大軍に十分に兵糧を食べさせている割に、後方からは続々と補給が到着しており、それも戦時とは思えないほど安く買い付けているのだ。また穀物だけでなく副菜も十分に手配されており、食事も美味しかったと言う。
「こちらは、あの董家の少年が担当していたそうだが……いや、すごい仕事ぶりだ。名前を聞けば良かったな」
非常に残念なことにその仕事のやり方が引き継がれる前にいなくなってしまったため、同じ買い付けを繰り返しても買えるとは限らない。
なぜここまで苦労しないといけないのか。曹操は不愉快な気分のまま、
皇甫嵩はいつも通り細面を神経質そうにヒクつかせながら、
曹操は上官に対して手を組み合わせる
「閣下、城攻め用の兵器は十分に整備されております。詳細はこちらの
「うむ!」
皇甫嵩は振り向きもせずに満足げに
「しかし……董卓はともかく、部下との引継ぎはしたほうがよかったのでは?後続の補給の手配が完全にぶったぎられてしまっております。これでは長期戦になった場合……」
「あ?要らん要らん!長期戦などしている場合ではない!」
ようやく皇甫嵩が不機嫌そうに曹操に振り向いた。
「しかし、戦は万一に備えておいた方がいいのでは」
「不要だと言っている!誰もわかっておらん!!財政が持たん時が来ているんだ!!!よいか……??陛下から軍事費を引き出したのは俺なんだぞ!?それを
董卓が更迭されたのと時を同じくして、同格の中郎将であった朱儁も
「しかし、閣下。それを説明すればもっと和やかに引き継ぎできたのでは?」
「孟徳よ。兵の意識を一新するためにはそれではいかんのだ!董卓のノロマなやり方に陛下がお怒りで、今日から全く違うやり方をすると即座に示す必要がある!!!将軍がクビになるのだ。本気で攻めなければ将士にも罰がある!そう思わせねばならん!」
確かに正しい。と曹操は思った。朱儁将軍も次は我が身と全力で攻め立てるだろう。皇甫嵩は正解だけを選んで敵を作る人間であり、だからこそ。
「はっ、この孟徳にも閣下のお考えはわかりました。まさに古の
なにかの偶然だが、ここがその鉅鹿郡だ。数百年前の秦朝の末、反乱軍の項羽将軍が秦軍と戦うために、慎重論を唱えた宋義を斬り捨て、予備の食糧を捨てさせて全軍に命懸けの戦いをさせて勝ったという故事がある。
「詩的な解説などいらん。
「はっ、到着しております」
「よし!では匈奴と義勇兵を前に立てるぞ!」
皇甫嵩は幕僚たちに矢継ぎ早に攻撃の指示をだし始める。曹操は冷ややかな目でそれを眺めていた。
皇甫嵩は皇帝陛下に軍事費を出させたことを気に病んでいて速攻作戦にこだわっている。しかも、それが朝廷にとって正しい作戦だと知っていながらも、他の将軍には共有しない。それで皇甫嵩だけが褒められて、董卓や朱儁が批判されるのをわかっている。結局、皇甫嵩は小心者で、かつ自分の名誉しか考えていないのだ。無能ではなく、目の前の問題は解決できる。しかし大本を正そうとは絶対にしない。
ああ、これが現在の漢の最高の将軍とはな。曹操は苦笑した。
そういえば前に皇甫嵩の部下が賄賂を取ったのがバレたことがあった。しかし皇甫嵩は怒らなかった。
「悪かったな、お前がそこまで金が必要だと思っていなかった!これは俺の落ち度だ。さぁ、カネだ。カネがいるんだろう。持っていけ」
と皇甫嵩は大金を用意したのだ。
「申し訳ございません!もう致しませんので!」と泣いて謝る部下に対し、皇甫嵩は無理やりカネを押し付けた。もちろんそれは軍内にすぐに知れわたる。
「おい、あいつカネ受け取ったぞ」
「恥ってものを知らないのか……」
「いや、卑しいやつだなぁ……」
皇甫嵩の清く正しい部下たちはいっせいに噂話に精を出し、結局その部下は首をつって死んだ。
部下たちは皇甫嵩は賄賂を嫌う上に気前もよいと褒めたたえたが……曹操には気持ち悪くてたまらなかった。あの扱いで皇甫嵩の小さな誇り以外の何が守られたというのか。
皇甫嵩は「党錮の禁」を解除させたということで名士たちからは非常に評判が高い。そもそも宦官を良くは思っていないし、宦官に賄賂を贈ることも絶対にない。
今回の遠征の途中で見かけた宦官の屋敷が法律違反の改築をしていることを直接皇帝陛下に報告しているぐらいだ。
しかし、それもこれも世の中を正すためじゃない。皇甫嵩個人の名声を守るためでしかないのだ。皇甫嵩をいくら押し上げようとも漢は正せないだろう。
曹操は考える。漢朝の弱体化は目を覆うばかりだ。
名士も結局は自分たちの恨みを晴らしたいだけ。
宦官は陛下に忠義に見せる振りをして私欲を満たしたいだけ。
皇帝が自ら迎えの車をやって登用した最高の将軍はこの体たらくだ。
一体、本当に漢朝を立て直す忠臣はどこにいるのか。
誰もいないなら……
曹操は一人不敵に笑っていた。
- - - - -
皇甫嵩の作戦が大当たりし、広宗城はたった3日で陥落した。
皇甫嵩の軍才だけは認めざるを得ないな。大勝利の後、味方の野営地を見回りながら曹操は思った。
しかし、犠牲は大きい。
目の前の野営地は大勢のけが人と死人で埋め尽くされていた。先手を任された匈奴と義勇兵の部隊だ。
「くっ……オノレ漢の将軍……」
「ひ、ひでぇよな……俺たち匈奴と義勇兵に三日間正面から攻めさせて、敵も味方も疲れ切ったところで、自分の直属兵だけで夜襲かけて勝ちやがった……作戦はわかるけど、そこまでやるか……?」
匈奴の将、右賢王の
「被害ガ大キイ。本国の長老タチ怒ルダロウナ……ア、劉サン。兵器デノ支援、助カッタ」
「いいってことよ、匈奴の王様。肩を並べて戦ったからにはダチだろ。しかし、これで褒美が少なかったらたまんねえぜ」
たしかに義勇兵の戦いは目覚ましかった。聞けば董卓が選抜部隊として特に訓練していたらしい。あの劉玄徳の部隊の戦い方が特に良かった。だが、皇甫嵩はそれを支援して勝つのではなく、囮に使い切ったのだが。
しかし、これだけの扱いを受けて、匈奴も義勇兵も皇甫嵩に直接文句を言う気配はない。それどころか将兵みなが皇甫嵩をどことなく恐れている。
駐屯地を離れた曹操は、目の前の
戦争の勝利を記念するのはよくある。しかし……
曹操の目の前には、斬り捨てられた黄巾党、約10万人の死体がうず高く天に届くほどに積み上げられている。官軍の兵隊が一生懸命土をかけているが、まったく埋められそうな見込みが立たないぐらいだ。
天下の半分で何十万もの信者が蜂起し、各地で皇族がとらえられ、高官が殺された大反乱だ。見せしめにするにはこれぐらい必要だと言うのは曹操にもわかる。
鮮烈な勝ち方をして、皇甫嵩の名声は高まった。もはや河北に皇甫嵩を恐れない人間はいない。しかし、農民や匈奴に恨みが残るぞこれは……。
曹操は、この先を考え、
- - - - -
戦後、皇甫嵩は皇帝に報告して曰く。
「張角討伐の功績はすべて盧将軍(盧植)の準備のおかげでございます。
「董卓は
「なお、進軍中、通り道に宦官の邸宅があり、法に定められたより豪華だったため没収しましたので報告します」
そして董卓はそれを聞いて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます