第25話 常識的な買い付け

「はぁ、豚を買うのですか」


男装美少年官吏、董ちゃん12歳が答えると、董卓トウタクパパが太めの身体をふるわせて答えました。


「この間、盛大に兵に配ったであろう?あれで貯えがなくなった」

「で、この牛輔ギュウホが近くの村々から買い集めようとしたら、すでに賊軍はんらんぐん官軍せいふぐんが根こそぎ持って行っていてだな。なかった」

牛輔義兄様が補足なさいます……。え?


んんん?

あの、その、官軍が略奪しておられる??


小青青ちゃんの提案で肉を配ったのであるから、すぐに買いあつめてくれ。このままでは軍議えんかいに差し支える」

「かしこまりました」


というわけで、私は董卓軍団の補給を担当することになりました。




 - - - - -


「うわぁ、どこも物価が高騰してるぅ……」


机案つくえに積まれた報告書の山を見ながら、私は頭を抱えます。

皇帝陛下の集金力のおかげ様か、たしかに軍資金は豊富で、金も銭もたっぷり持たせてもらえているのですが、食料、特に穀物や肉がどこも値上がりしていました。


「あたりまえですね、戦争してるんだから、安心して農業できないし、賊軍も官軍も大量に人が集まってるんだし」


もう、近場の村の食糧は集めつくしているので、どこかから運ばなければいけません。


あれ、これって均輸きんゆの仕事っぽいですね。そっか。


やったことありますね。


私はさっそく、各地の均輸官ぶんつうあいてからの報告書おてがみを取り出しました。



 - - - - -



黄巾党の被害の少ない、西方や南方の均輸官もとのしごとなかまと手紙をやりとりして物価を確認。

属吏やくにんに資金を持たせ、董卓パパの騎兵をつけてまだ物価の安いところに派遣、物資を買い集めさせます。

河東でやってた時にはこちらから出す情報が正確だと評判だったこともあり、まだ顔が利きました。


とくに河東郡からは特産の塩を送ってもらいました。数万人の大軍団ですから、塩だけでも毎日何十石(何百リットル)と必要になるのです。毎日馬車で運んでもらう感じです。


なんやかんやで、豚や羊も買い付けることができました。よし、これで任務完了ですね……あら。



「あのう、この報告書ですが。仕入れ値間違ってますよ?相場はこっちですよね?」

「あ!申し訳ありません!!ただいまお持ちします!」

私が属吏に書類の間違いを指摘したところ、なんか慌てています。


いや、計算間違いぐらいよくありますから、そんなに慌てなくても、計算しなおして持ってきてくれたら……。


で、何ですかこの銭は。


はい、私の取り分ですか。


なるほど、買い付け相場に多少の手数料を乗せるのは常識ですよ、と。

どうせ誰も相場なんてわかっちゃいませんし、と。

私の取り分をお渡しせずに失礼しました、と。



「……公明くんっ!!!!逮捕ぉ!!!」

「はいっ!真っ直ぐに参ります!」


私の護衛をやっている公明君が一気に襲い掛かって、属吏を取り押さえます。


ああ、もう!そんな常識は死んでしまえ!!!!




……そのあと、牛輔兄が「僕たちだって我慢しているのに下っ端が何してんだ!」とつるし上げ、董卓パパが即座に斬ろうとしたので、なんとか追放で済ませてもらいました……。



それ以降、計算間違いがずいぶん減って助かります……全員やってたんですか……。



 - - - - -



最初に軍議えんかいと肉配りで使ってしまった物資を何とか補充し終え、仕事がひと段落したので、私は気分転換に散歩にでることにしました。


李傕リカクさんや、郭汜カクシさんは自分の部隊の指揮があるので、最近は公明君が兵を連れて護衛についてくれます。





「おおおおっ!」

「ハシゴだせぇえ!!!」

「かけろぉ!!!」


宿営地の近くの草原に大声が鳴り響きます。


城攻め用の選抜部隊ですね。

なかなか鬼気迫る訓練をしているようです。


義勇軍からは劉備リュウビ関羽カンウ張飛チョウヒ。董家からは李傕、郭汜といった武将たちが走り回りながら、掛け声とともに各部隊に攻城兵器を運ばせています。


そして総指揮は牛輔義兄様。


いやぁ、人材的に贅沢な訓練ですねぇ……

「オラオラ、もうバテたのかぁ!!」

「ひぃ……ひぃ……」


武将の皆さんの叱咤が響きますが、兵隊さんたちはバテバテです。


まぁ、暑い時期ですし、激しい訓練でバテるのはわかります。でも武将の皆さんは元気いっぱいですね?


「おや?それは当然だろ。この牛輔に言わせれば官軍の兵隊というのは、徴兵されてきた農民だからね。僕たちのように、日々馬に乗ったり、戦いの訓練をしているわけじゃないんだから、気力も体力も比較にならないよ」


力こぶを見せつけながら、牛輔義兄さんが説明してくれます。いちおうこの方も西部辺境の豪族出身ですから騎馬の訓練などされているんですよね。


でも、農民だって毎日、クワを振り回したり、畑に水をまいたりと朝から晩まで働いてますよね?体力がないわけないんですが……



私、気になります。

なので兵隊さんの暮らしぶりを確認することにしました。



 - - - - -



訓練が終わって、皆さん食事の用意をされています。

土器を火にかけて穀物を焚き上げているようです。


「みなさん、おつかれさまです。朝ご飯中にすみませんね。ご飯は足りていますか?」

「へぇ、大人だんなさま。毎日朝と夕に、たっぷりと飯を食っております。将軍閣下がたくさんあわをくださるんで心配はねえですだ」


こたえてくれた伍長はんちょうのお椀には炊き上げた穀物が湯気をあげて盛り上げられていました。みんなも同じようです。


なるほど。量は本当にたっぷりですね。

えっと、おかずは……おかず??


「え?塩をいただいておりますで、塩をかけて食ってますだ」


あ、私は補給係ですから当然知っています。兵士一人当たりの支給は、毎日、脱穀した粟やきびなどが5升(1リットル)。そして塩が1勺(30グラム)です。以上です。


……うん。カロリーと塩分は取れてますね!


栄養バランス??ははっ。


買い付けたお肉?将軍や隊長用ですねぇ……。

私は急いで仕事場に戻りました。




・コメはもっと南の作物です。ムギ、アワ、キビがメインですが、アワが一番多かったようです。

・1リットルの穀物を焚き上げるとだいたい倍の2リットルぐらいの飯になります。どんぶり8杯でしょうか。

・塩毎日30gは多すぎるように見えますが、当時は精製しなかったので土砂まじりでした。一度溶かして上澄みを使っていたと後魏の「斉民要術」にあります。

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