第20話 汝南袁家(ジョナンエンけ)

もう死んだ、と思った時。女官さんが優しく笑いました。

「董太守のお嬢様ですね?こちらへ」


そのまま兵隊さんの護衛付きで、私、董青トウセイちゃん12歳と荷馬車は城門をくぐって宮中を出ました。洛陽の町が広がります。


そうです、宮殿そのものがお城のようですが、その宮殿が城壁に囲まれ、さらに宮殿と城壁をかこんで洛陽ラクヨウの町がさらに巨大な城壁に囲まれているのです。京師みやこの規模がわかります。


さらに馬車は進み、町中にある大きなお屋敷の中庭に到着しました。


「さぁ、もう大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます」


なぜかニコニコ笑顔で穏やかそうな隊長さんに促され、外に出ます。

そこに突進してきた凶悪そうな巨大な人物が!!



小青青ちゃん!!」

「父上!!」


……董卓トウタクパパでした。


「ああ、心配したぞ。何かなかったか?無事か?!」

「ハイ、ナニモナカッタデス、ミナサン親切デ」


皇帝をのぞき見してましたー、皇子様に会いましたーとか言ったらまた何が起きるか分かりません。迂闊うかつ防止です……黙秘します。



「あ、あのぅ、義父上、この度は……」

牛輔ギュウホ、貴様はぁ!!!!!」

「グェッ……ごめんなさい! ごめんなさい!」


恐る恐る進み出た牛義兄様がお父様に締め上げられています。いや、そうですよね。酒飲んでましたし……もう少し締めていいですよ。


うわ、力つよい。牛義兄様が空高く吊り上げられて……ちょっとやばいかな?



それを見かねてか、顔中しわだらけの白髪のお爺さんが声をかけました。

「これこれ、卓君。せっかく大事に至らんかったのだ……。穏便おんびんにな?そもそも同じ董姓だからといって取り違えた宦官かんがんどもがアホなのだ」

「閣下!!……そ、そうでしたな……」


そうか……同じ名前だから、トウ皇太后の荷馬車と間違えられて、董卓パパの荷馬車が持ってかれたんですね。……おのれ宦官。


だから私も皇族の関係者だと思われて、ベン皇太子が気楽に話しかけてきたんでしょうか?



董卓パパが牛義兄さんを投げ捨てて、閣下の前に深々と頭をさげます。

「この度は本当に司徒そうりだいじん閣下の恩徳のおかげで」

「よいよい」


司徒閣下……ということはこの穏やかな口調のお爺さんが、董卓パパの師匠である袁隗エンカイさんですね。この人が漢王朝の司徒、つまり総理大臣で、最大実力者ですね。


この人の率いる汝南ジョナン袁家エンケは代々の名家で、多くの三公九卿だいじんを出し、ここから袁紹エンショウ袁術エンジュツといった群雄が輩出されるのです。


エン校尉たいさにも大変なお手間をおかけしました、誠にありがとうございます」


そして董卓パパはニコニコ笑顔の隊長さんにも深々とお礼をします。


「いえいえ、何もしてませんので」

「董太守、本初ホンショに礼など不要だぜ?馬車引いてくるだけなら匹夫ちんぴらでもできるしよ」


袁隗爺さんの隣に立っているナマズヒゲのおじさんが口をだしました。


「これ公路コウロ

「いえいえ、公路の言う通りです。私は何もしてません」

袁隗さんがたしなめますが、本初さんはニコニコとおだやかに受け止めます。そして、それに公路さんはイラついてるようです……


……ん、袁家の本初に公路?ってことはこのオジサンたちが、三国志の群雄になる袁紹本初エンショウホンショ袁術公路エンジュツコウロだ?!!!!もう仲悪いの?!

あと袁紹ってもっと名家を鼻にかけてると思ったけど、めっちゃニコニコで穏やかですね……印象がちがーう。


あ、三国志が攻めてきましたけど卒倒しませんよ。だってこの袁紹さん優しそうだし、大虐殺のにおいとかしないし。あと、私も慣れましたからね!ちょっと乱世だからって卒倒してばかりではいられません!


「……い、いずれにせよ皆さまには大変お世話に」

袁一族の喧嘩に若干引き気味の董卓パパが改めて深々と頭を下げました。


「うむ、ではタク君には中朗将しだんちょうの任命があるからな。ちゃんと銭を陛下に納めるように」


えええ、銭?!銭なんで??


董卓パパも耐えきれないのか反論します。

「賊の討伐のための任命なのに、官職を売買するようなことはよろしくないとは思いますが……」

「これは聖上おかみの方針であるぞ」

「かしこまりました、閣下」


聖上と言われた瞬間黙っちゃいました。


公職に任命するときに銭をとるって話は、弁皇子から聞いてましたけど……え、何? パパからもカネとるの?

反乱軍討伐を命令しておいてカネとるんですか?


「大丈夫じゃ、今回は能力を評価しての抜擢じゃから、安くなっておる」

「まさに光栄の極みで……」


そういう問題なの!?

皇帝にお金がないのはわかりますけど!

ぜったい変ですよね!?


董卓パパも困り果てて冷汗かきまくってますよ……


「あとは、宦官にも礼金が必要じゃな。盧植ロショクの二の舞はいやじゃろ」

ええええええ?

盧植って董卓パパの前任で宦官に賄賂ださなかったからクビになった人……そりゃ二の舞は嫌でしょうけど。董卓パパの顔色がどんどん悪く。


「手持ちがあまりないのですが……」

「貸しておいてやろう」

「……ありがとうございます、この恩義は忘れませぬ」


だめだ、なにがなんだかわかりません……

頭がクラクラしてきました……。



困惑する董卓パパに優しく声をかけてくれたのはニコニコ顔の袁紹さんでした。


「……董太守、ご安心を。非道は長くは続きませぬ」

「袁校尉(袁紹殿)……」


袁紹さんは張り付いたような温和なニコニコ顔で。


「ええ、準備さえ終われば、宦官は鏖殺みなごろしです」

「おお!」



……にこやかに笑顔で大虐殺を宣言する袁紹さんと、それを魔王顔で喜ぶ董卓パパを見て、私は。


ぶっ倒れました。



「娘さんが倒れましたよ?!」

小青青ちゃんーーーーーーーー!!」

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