第19話 列肆(いちば)
ああ、荷馬車がごとごと、私をのせていきます。
とにかく知らない人ばかりなので怖いです。
びくびくしながら荷物の影に隠れていると、周りの建物が豪華になっていきました。明らかに城外とは格のちがう御殿が並んでいます。
これって絶対宮殿の中ですよね、しかもかなり中心。
これは……もしかしなくても皇帝陛下の宮殿に忍び込んだ罪で処刑なのでは……
詰んだ?!
いや、大丈夫。牛義兄様だって、さすがに馬車がいなくなったら気づいて、迎えに来てくれるはず……。
たぶん、きっと。うん。……厳しいかなぁ……。お酒を飲んでましたしねぇ。
「よし、ここでいい」
馬車が止まって、人が去っていきました。
恐る恐る外を覗くと、なんか出店が並んでいます。
え?
出店には奇麗に着飾った女官が並んで、口々に商品の名前を叫んでいます。
「かんざしー、かんざしはいらんかねー。
「こちらは
ええええ。なんで宮殿の中に市場が??
ええっと、めちゃくちゃ賑やかに物売りをしているのですが……宮殿ってそういう場所でしたっけ?
普通はもっと静かで、厳かで……ものものしく儀式とかやってるもんじゃないんですか??出店???
ありえない光景に私が混乱していると、なんか派手なおじ様が子連れでやってきました。後ろにぞろぞろと、ひょろひょろしたお爺さんたちを連れています。
「ふははは。どうだ
「……あ、はい、父帝陛下のお力で、とても
派手なおじ様が傍若無人な大声で笑うと、弁と呼ばれた子供がおどおどと答えます。
それをみて、出店に並んだ女官たちが一斉に平伏しました。
「「「ははー、皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」」」
「ああ、よいよい。商売を続けろ!」
ええええ?この派手なおじ様が皇帝!?
よくよく見ると、少し太めの身体を派手な商人の服に包んで、眼光鋭く活力に満ちたお方ではあります。これが天下の皇帝でしょうか。
あの子供の弁さんは皇子ですね。あれ?次の皇帝は……
いや、三国志でも全員の名前覚えてるわけじゃないので……
女官たちは皇帝陛下のご指示で、物の売り買いに戻っていきました。客役と店役に分かれてワイワイと騒がしくやり取りをしています。
「これは百銭!! こっちは二百銭でいいよ!」
「高いわよ! まけてよ!」
さっき見た洛陽の市場と変わらない雰囲気です。
それを見て皇帝陛下は自慢げに胸を張っていますが、弁皇子は引き気味です。
「……弁よ、女官どもが騒いでいるからといって、恐れてどうする……商売とは騒がしいものなのだぞ!」
それにしても皇帝陛下の声でかい。ちょっと離れた場所にいるのに、よく聞こえます。
「あっ……はい……すみません陛下。恐れませぬ」
「ううむ……」
明らかに皇帝陛下、心配そうです。まぁ、皇子が頼りなさげですからね……
「よし、銭をやるから独りで珍しいものでも買ってこい!行け!!!」
「え?!あ、は、は、はい!?」
なんか子供を初めてのお使いに出す親みたいになってます。
皇帝陛下とお付きの人々が心配げに見守る中、お財布を持たされた弁皇子が出店のほうに寄っていき、話しかけようとしてやめ、話しかけようとしてやめ、うろうろ、うろうろ、うろうろ……
「シャンとせい!!!」
「は、はいぃ!」
あ、皇帝陛下のお叱りを受けて、やっと店の人に話しかけました。
「あれで
皇帝陛下が頭を抱えてしまってます。
うーん、あの皇子様。私と同じぐらいの年なのに、あれはたしかに親として心配ですよね……荷馬車の裏からこっそり同情していると、足音高らかに、
「陛下!!戦場よりの伝令が参りました!!」
「む、そうか!……皆は弁の買い物が終わるまで続けよ!」
あ、皇帝さんとお付きの人が帰っちゃった。うーん。三国志での皇帝陛下って宦官に騙される無能だったんだけど……あの人はなんかやる気と自信に満ち溢れてたような気がする。なんか全然違う印象です。
戦場から来た伝令にもきちんと会うし……。
いや?そもそも、なんで反乱中に出店ごっこしてるの??
残された弁皇子は、そのあとも困った顔で市場をうろうろ、こっちをうろうろ。
「はぁ……疲れた」
なんでこっちに来るんですかー!?
「あれ?ここにもお店が?ねぇ、何を売ってるの?」
居ません居ません、留守ですよー?
「ねえ、馬車の奥にいる人ー?」
なんでバレてるのーーーー!?
もう謝るしか!!
荷物の裏から飛び出て平伏します。
「あ、あの、申し訳ございません!!!その……殺さないでくださいっ!?」
「誰が殺すのさ!怖いこと言わないでよ!」
あれ、皇子様は怒ってない?助かる?
弁皇子は馬車をちらちらと見て、馬車に掲げられている董の字の旗を見つけました。
「ええっと、
僕はってなんですか?!!
「あ、あなた様以外に誰かお殺しになるんでしょうか……」
「な、ないよないよ、大丈夫!母さんは毒殺したりしないから!」
やけに具体的ですね???
「その、協様は存じ上げませんが、董家と関係があるのでしょうか?」
「何言ってんの。弟はおばあ様が手元に置かれてるじゃないか。董家で面倒をみてくれているんでしょ?」
「そうだったんですか、失礼しました」
うちの一族って、皇帝の息子さんを預かっていたんでしたっけ??知りませんでした。
「それはさておき、僕は、何か珍しいものを買わないといけないんだ。陛下の命令だからね。何か売って?」
「陛下のご命令ですか」
でも、ここにあるのって全部贈り物ですよね。
ええっと、何か売ってもいいものは……
「あ、その帽子珍しいじゃない。いくら?」
そういって弁くんが指さしたのは、
ダメダメ!人からもらったものです!!いや、次に会った時に持ってなかったら気まずいし。いや会いたいわけじゃなくて。
「1金でいいかな?」
弁皇子が財布から小さな金の塊をお出しになります。1金って1万銭じゃないですか。一家族の年収ですよ……。
「すみません、これは売り物ではなくて……」
「いいじゃん、売ってよ」
むっ。さっきまでおどおどしていたのに、同い年でおとなしそうな女の子だと思ったのかずいぶん強気ですね。
「ダメです!!!!」
「ひっ?!!……ご、ごめんなさい……」
げ。
皇子様を怒鳴りつけちゃった……
死刑、死刑でしょうか……
ってよく見たら弁皇子もびびってます。
落ち着かれる前に何か替わりのものを……
ん? これは……と、とりあえずこれでいいや!
「あ、あのう、よろしかったらこれ……白黒です」
お手製のリバーシを差し出します。何回か作り直して、結構出来が良くて気に入ってたんですが。
「これは何?
「いいえ、珍しい新しい遊びでして、こうしてコマを挟んで取って多いほうが勝ちです」
簡単にルールを実演しながら説明するとすんなり理解してくれたようです。頭はいいみたいですね。
「珍しいね……よし、それでいいや」
「ま、まいどあり……」
うわ、小さい金塊貰っちゃいました。明らかに多いんですけど……。
それにしてもなんで宮廷のど真ん中に市場があるんですかね。偉い人の考えることはわからないです。
「あれ、知らないの?」
……また口にでてた?!
弁皇子はいたずらっぽくにやりと笑いながら言います。
「それはね、陛下が偉大だからだよ?」
「あっ、はい」
なぜか弁皇子が胸を張って自慢げに教えてくれました。しかしこの王子様、なんか弱気だったり強気になったり極端ですね。
「陛下はね、国家のことをお考えなんだ。
「なるほど、さすが陛下です」
「朝廷の財政は厳しいからね、
「すごいですね、すごい……殿下もお詳しいですね?」
「陛下から学んでるからね!」
そういって弁皇子は、またエヘンと胸を張ります。
……んん? あれ、おかしいな。
「でも、そもそも朝廷は税を集めていますよね。本来の税収はどこへ??」
私、塩税とか均輸のお仕事でもう何千万って銭を洛陽に送ってるはずなんですけど。あと農民から
「陛下は、
夷狄……ようするに異民族ですよね。でも、そんなに異民族って攻めてきてますっけ?
「あ、しまった。陛下に、買い物できましたって報告しないと。じゃあね? 」
「ありがとうございました」
頭を下げて弁皇子を見送ります。
ふぅ……なんとかなったか……では、馬車に戻って……
「ねぇ、そこのあなた。ちょっといい?」
気が付いたら女官たちに囲まれてました。
遠くから兵隊さんも走ってきます。
なんとかなってないーーっ?!!
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