第16話 匈奴の少年

宴会の潜入調査中の董青トウセイちゃんのところに、知らない男の子が現れました!!!


匈奴キョウドの子でしょうか?皮でつくった短いうわぎずぼん、毛皮の帽子を被っています。

年のころは私と同じか少し下で、涼やかな目つきと色素の薄い目と髪の色をしています。


って、この子弓矢持ってるじゃないですか!!


びっくりして身を縮めていると、男の子が改めて問うてきました。


「なんで女の子がいるの?」

「え……えっと、いたらダメですか?」

「いや、ダメじゃないけど。漢人の軍隊で小さな女の子がいるのは珍しいでしょ」


匈奴っぽい言い方をしますが、奇麗な漢語ですね。北地ほくち言葉の李傕リカクさんのほうが訛ってますよ。

いやそれより、小さな女の子??


私は背筋を伸ばして男の子に向き合いました。よし、私のほうが背が高い。勝った。


「失礼ですが、あなたも小さいのでは?」


ちょっと反論してみると、男の子はこともなげに言い返してきました。


「ヒョウはもうオトナだ。弓も引けるし、馬も乗れる……あ、そうだ。イタチを見なかったか?」

「え?ヒョウとイタチがいるんですか!?どこに……」


いやそんな猛獣が居たら困ります。慌てて周りを見渡しますが、そんな物騒な生き物はいそうにないです。


「いや、こっちに逃げてきたから……あっ、いた!」


いた、と言った時には、その子はとっくに弓矢を構え終わっていました。


ビシュッ!!!!!

「キーーーーッ!!!」


天幕てんとの裏から何かが駆けだしたと思った瞬間、男の子の矢が、ふわふわの何かを貫いていました。

なに、これ……死んだ?死んだよね!?

えっと……と、とりあえず褒めておこう!!


「わぁー、すごーい」

「見ろ、いいイタチだ。暖かい帽子になる」


ふわふわの何かはイタチでした。男の子の放った矢に貫かれ、どくどくと血を流しながら絶命しています。


「どうだ、弓もうまいし大人だろう」

「ええ、すごいすごーい」


男の子が死んだばかりのイタチを自慢げに持ち上げますが、できたばかりのイキのいい死体とか見たくないので、目をそらしながら棒読みになってしまいます。


なるほど、匈奴さんは騎馬民族だからそういう価値観なんですね。狩りができるのが大人だと。


私の適当な誉め言葉に男の子はなんか気を良くしたようで、さらに問いかけてきました。


「軍隊に女の子ひとりだと危ないぞ。親は?」

「あそこで飲んでいるのが父上ですね」


私はそう言って、天幕をちらりとめくります。


そこには於夫羅オフラさんと仲良く酔っ払っている董卓パパの姿が。


「あれは漢の将軍……あ、董太守(董卓)の娘?」

「はい」


「……なるほど」

 何がなるほどなんでしょうか。


「そっか、落ち着いてて賢そうだな。ヒョウは劉豹リュウヒョウという。そこにいるオフラの子だ」


「なるほど」


匈奴の王族の息子さんでしたか。そういえば子供にしては身なりがいいですね。


「お父上と違って、名前の響きが漢風ですね?」

「おう、文字を勉強したからな!」


文字を勉強すると名前が変わるんですか?というか於夫羅さんの息子の姓がリュウ?うーん、漢文化に適応しようとしているってことなんですかね?


「そっか、あの董太守の娘か……」


劉豹君はそういって、私のことをじろじろと見ています。私、なにかしましたっけ?いくら見たって絶世の美少女がいるだけですよ??


「そうだ、このイタチをあげよう。いい帽子になる」


劉豹君は刺さった矢を引っこ抜いて、獲物のイタチを差し出してきました。っていうか死体ー!?


「血、血が出てますし?貰っても使い方もわからないので要らないです!!」

「え、血がダメ?……なるほど、血抜きすれば」


そういう問題ではなく!


「ちょ、ちょっとナマナマしいので……」

「そっか……」


劉豹君はシュンとしてしまいました。


……って、これ私悪くないですよね!?

血まみれのイタチとか本当に要らないです!!!





 ― ― ― ― ―



その日はそのままお休みになり、翌日から、匈奴のみなさんと一緒に行軍することになりました。

 

匈奴の騎兵と当家の騎兵が並んで進みます……

「よく見ると、当家の騎兵も、匈奴のみなさんと似たような服装してますよね?」


毛皮とかつけてますし。


「アア、あれは主公とのしたキョウの騎兵ダ」


李傕リカクさんが教えてくれます。羌族というのはここよりもっと西の方に住んでいる遊牧民で、董家の出身地である涼州リョウシュウにはたくさんおられるそうです。


「主公は北西辺境で長く戦っておられタ。強く、気前がよいノデ、羌が従うようにナッタ。やはり英雄ダ」


そうなんですか。董卓パパって異民族から結構人望があるんですね。匈奴の王族とも仲良しでしたし。


などと言っていると目の前に大きな海が急に広がりました。


「あれ?なにこれ……海が黄色い??」

「お嬢様、アレは河水コウガデス!」


海かと思うくらい大きな河、黄河コウガを初めて見ました。いやぁ大きいですねぇ……黄河さーん。巫女ですよー。


ぬんぬんぬん。


うーーん。河伯の巫女として念波を飛ばしてみましたが、当然ながら何も感じません。初めて黄河と出会った実績で、巫女として何かする程度の力が生えるかと思いましたが。


いまのところ三国志の出来事をお告げするぐらいしか能がないので、どうしたものでしょうね。




しょんぼりとしながら黄河をながめていたら、於夫羅さんたちが近づいてきました。


「董太守!匈奴ハ河ヲ渡ラズ、コノママ邯鄲カンタンマデイク!」

「ああ、わしらは河を渡って一度洛陽に行くのでな。また戦場で会おう」


匈奴さんたちとも一度お別れのようですね。邯鄲は黄巾党の教祖、大賢良師だいけんりょうし張角チョウカクの本拠地の近くです。



「太守の娘ー!」

そう思っていたら声をかけられました。先日の劉豹君です。


「あ、はい。なんでしょう」

「えっと、ナマは嫌そうだったから、帽子にした。風よけになる」


そうして彼が差し出してくれたのは、つややかな毛皮の帽子です。もこもこの尻尾がぷらーんと垂れ下がっていて可愛いですね!


「あ、くださるんですか、ありがとうございます!」


風が強い時は涼しすぎたりするので、素直に嬉しいです。

「おお、受け取ったか!!」


贈り物を受け取ったとたん、表情がぱっと明るくなりました。あら、笑うと可愛いじゃないですか。きっと女の子にモテますね!


「ありがとうございます、小爺わかさま。あ、私、太守の娘じゃなくて、ちゃんと青って名前があります」

「青、青か!いい名前だ!!」

「ありがとうございます。豹というのも格好いい名前だと思いますよ?」

「そ、そうか……?」


何を照れてるんですか。


劉豹君はなんか横を向くと歌うように言います。


「桃の花が燃えるように奇麗だな?」


へ?桃の花の季節はもう終わりましたよね?どこに花が……


「桃の木が若々しく育ったら……また」

劉豹君はそういって走り去っていきます。


……ん……?そんなうたがあったよね?


♪桃の木の若々しさよ、燃えるように咲く花よ

 この娘が結婚する、嫁ぎ先にお似合いだ♪


……結婚の歌じゃないの?!


「ちょっと待って??!」

「お嬢様ー!船が出ますわ!急ぎまへんと!」


ああもう、郭汜カクシさんちょっと待って?!




 ― ― ― ― ―


結局、みんなに邪魔されて、劉豹君に会えないまま黄河を渡る船に乗せられました。


ま、まあ気のせいですよね?

そもそもまだ二回しか会ってないし!好かれるようなこともしてないし!



なぜか董卓パパが自慢げにしてます。

「いやぁ、右賢王うけんおう(於夫羅)が小青青ちゃんを息子の嫁に欲しいなどとうるさくての。断るのに大変であったわ。王族に相応しいというのは、まぁ見る目はあるが。異種がいじんの家では大変だろうから小青青ちゃんにはもっと良い縁談をだな」


あーーあーーー聞こえないーーー。




※出典 詩経 周南 「桃之夭夭 灼灼其華 之子于歸 宜其室家」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る