第15話 天地玄黄

見渡す限り広がる空に大地。


私、董青トウセイちゃん12歳は、とっても開放的な気分につつまれてました。


「空は広くて大地は黄色……うん、そんな歌があったような。何の本でしたっけ……そうそう。

 ♪天はくろくて、地は黄色。

 宇宙はさすがの無限大。

 月日は満ちては沈んでく。

 星はずらりと並んで宿る♪」


どこの歌だっけ。きっと詩経しきょうかなんかでしょう。


 

黄河はまるでの字のごとくに曲がりくねっていて、私の住んでいる河東郡安邑県は黄河の曲がりくねった位置にあります。


この曲がりくねったの字のあたりに、黄沙こうさの原因になる黄土高原こうどこうげんがあります。この黄土はその名の通りまっ黄色で、水に弱くてすぐ侵食される割に、固く突き固めると城壁でも家でも何でも作れちゃう便利な土でもあります。


漢人はこの土とともに生きていますので、土といえば黄色。そしてこの土が大量に含まれているのが黄河となります。ちなみに帝都である洛陽ラクヨウは、安邑県から南東に進み、黄河を渡った南側にあるんですよ。


そう、私はいま、馬車に揺られながら、董卓トウタクパパのお供をしてその洛陽に向かっているのです。反乱討伐のため、騎馬や徒歩の兵隊を大勢率いての行軍です。


今日の董卓パパは将軍として甲冑よろいかぶとに身を包み、馬にまたがっています。よろいは小さな鉄板をいくつもつなぎ合わせたもので、動きやすそうですが、パパの体重も相まってお馬さんが重そうです。


のんびりと歌っている私に、董卓パパが話しかけてきました。


小青青ちゃんや、いいうたじゃな。小青青ちゃんが作ったのかい?」

「いえ、詩経か何かで読んだのです」

「そんな詩は知らんがなぁ……」



「それより気分は悪くないか?」

「大丈夫です、歌っていれば!!昨日みたいに吐きませんから!」


うん、道悪いし馬車にはバネもついてないから乗り心地は悪いんですよね……最初は暇だなと読書を始めたせいでとんでもない乗り物酔いになって一日ご飯が食べられませんでした。


なので、広々した景色を見ながら、お歌を歌うんです、私も成長しましたね!!


「いや、無理せずとも安邑アンユウに残るなり、隴西ふるさとに戻ってもよかったのじゃぞ?」

「いえいえ、お告げですから……うぷっ」


厳しい旅路ですが、ボケっと引っ込んでいるわけにはいきません。董卓パパが会いに行く「何進カシン」って人が三国志を始める重要人物なんです。


この何進さんが董卓パパを呼び寄せて宦官を殺そうとして、逆に宦官に暗殺されます。すると群雄の袁紹エンショウが宦官を皆殺しにして逃げます。そこに董卓パパがあらわれて皇帝を確保して独裁政治をはじめるんです。政権を握ったパパが皇帝を殺し、帝都を略奪して暴虐非道のかぎりを尽くし、最終的に暗殺されて、一族もそろって皆殺しにされるというのが三国志の序盤のあらましです。


なんか皆殺しエンドへのルートに乗りかけている気がするので、ここで董卓パパから離れるわけにはいきません。というわけで、お告げだと言って無理やり付いて来ました。

黄巾党を予言した実績があるのでしぶしぶ董卓パパも従軍を認めてくれたわけです。


少なくとも宦官皆殺しは止め……うーん、宦官は悪いから止めないほうがいいかな??



私が悩んでると、これまた馬に乗った郭汜カクシさんがパパに近寄って報告します。

主公との、ご家族でのお話し中、えろうすんまへん。お客さんのようですわ」


郭さんが指さす遠く先には、うっすらと土煙が上がっています。騎馬の群れ、でしょうか?

「おお、匈奴キョウドの部隊じゃな。ではここらで休憩としよう。郭汜!李傕リカク!全軍休止!!」


「「尊命かしこまりました!」」

「全軍休止やーーー!!」

「全軍休止ダーーー!!!」


董卓パパはすぐにのっぽの郭さんとずんぐり李さんに命令を出して、全軍を一時停止させます。兵隊さんたちが天幕を張って野営の準備を進めていると、立派な毛皮の服をきて、毛皮の帽子をかぶった騎馬武者が、お供を引き連れて近づいてきました。


「オオ、董太守トウたいしゅ! ワレラガ盟友!!」

「おお、右賢王うけんおう殿下。こたびの出馬、援軍ありがたし」


さっそく訛りのきつい言葉でパパと直接挨拶をしています。偉い人のようですが、右賢王って??


「はは、小青青ちゃんでも知らないか。では、この牛輔ギュウホが教えてあげよう。匈奴は異種であるが、皇帝陛下に忠誠を誓っているから、黄巾族の討伐に援軍を出してくれることになったんだよ。右賢王というのは匈奴の王族で、君主である単于ぜんうの次に偉いんだよ」


解説ありがとうございます牛義兄様、なるほど大物ですね。お名前は「於夫羅オフラ」というそうです。なんか三国志にそういう武将がいたような気がします。騎兵を率いてたかな?


「それでは右賢王殿下。話はあとにして、まずは歓迎を」

「オオ、ソレイイネ!」


於夫羅さんが匈奴の騎馬部隊のほうに帰ってゆき、お父様の兵隊さんたちがテントを張って煮炊きをしはじめました。……あれ?馬車から兵隊さんが酒甕さかがめを下ろし始めてますけど……

いま行軍中ですよね??



 ― ― ― ― ―


「「ワハハハハ!」」


宴会がはじまってしまいました……戦争に行くというのに信じられません……

「トロイ農民ノ反乱ナゾ、ワガ騎兵ナラバ、イチゲキゾ!!」


臨時の宴会場では、両軍の将兵が飲むや喰うやの大騒ぎ。私は、董卓パパの言いつけで天幕てんとに隠れているように言われましたが、にぎやかなのと暇なのでこっそり天幕の裏から宴会を覗くことにしました。


布地一枚隔てた向こう側で、於夫羅さんが董卓パパに向かって景気のいいことを言っています。


「ワレラノ敵ハ総大将ラシイ、スグニ反乱ヲ終ワラセテヤロウ!」

「……え、総大将って、張角チョウカクかの?やつはたしか籠城してたと思うんじゃが……」


董卓パパの指摘に於夫羅さんがおそるおそる問いかけます。


「エ……?マテ、マサカ城攻メニ匈奴ヲ使ワナイヨナ?」

「あ、いや、さすがに都もそこまで馬鹿ではないと思うが……」

「……宦官どもは、それすらわからないかもしれませんね……」


うわぁ、なんかテンション下がってるぅ……。っていうか、騎兵で攻城戦は……苦手ですよねぇ。普通は梯子はしごとか破城槌はじょうついとか攻城櫓こうじょうやぐらで攻めるんですよ?まさかお馬さんがやぐらを組んで、梯子かけて城壁登るんでしょうか??宦官がいくら邪悪だからってそんな命令しないですよねぇ……??



董卓パパがお酒を勧めます。

「ま、まあ、飲みなされ。話題を変えよう……」

「ソウダナ……エット、ソウイエバ、我が友、董太守(董卓)の娘ハ賢イソウダナ!!」


あれ、こんどは私の話題ですか?


「いや、お恥ずかしい。少し字が読めるだけで、噂ばかり先行してですな」

「オレノ部民ガ世話ニナッタト聞イタ。優シイ娘、シカモ賢イ、トテモイイ」

「いや、まったく! 自慢の義妹でして!」


ああ、あの馬泥棒の兵隊さん事件ですね。匈奴さんたちがいじめられて可哀そうでした。ってなんで牛義兄様が威張ってるんですか。


「ウチニ嫁ニ出スドウカ?トテモ大事ニスル、キット賢い子ヲ産ム」

「なっ」


まって、私まだ12歳!?結婚というか、子供産む前提?!ちょ、ちょっと話が早すぎませんか?!!


「おお、大変残念ですが、義妹は漢の宮廷に出仕おつかえする予定がですな」

「そ、そうそう。聖上にお仕えする身なので、残念じゃが」

「漢ノ皇帝ジャダメカ。ワカッタ、トリアエズ飲モウ!」


良かったぁ……

私が天幕の裏でわちゃわちゃしている間に、無事に婚約話は流れたようです。


ふぅ……危なかったですね。でもまぁ、そろそろ皆さん酔っ払いすぎて見てて面白くなくなってきたのでそろそろ失礼を。


「……あれ、なんで女の子がいるんだ?」

「きゃっ!?」


びっくりした!

天幕のなかに潜り込んできたのは、同い年ぐらいの男の子。

誰ーーーー?!!




※出典「千字文」 南北朝 周興嗣 (470–521)

 天地玄黃 宇宙洪荒

 日月盈昃 辰宿列張

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