第13話 上奏文

ある時は美少女巫女、またある時は美少年官吏。しかしてその実態は……ただの本好きの娘、董青トウセイちゃん12歳です。


スラッと伸びた背丈は六尺五寸150センチ、この時代だと背の小さい男と同じぐらい。髪は黒くつややかで、ぜい肉のない張りのあるお肌が自慢です。……もう少し局部的に太ってもいいんですよ?!




今日は屋敷おうちで董卓パパとお茶会です。


「黄巾党の乱賊は三十数万に上り、あちこちで太守ちじが殺され、おうぞくが囚われ、民を苦しめておる……潁川エイセン南陽ナンヨウでも官軍と一進一退の戦いが続いているようだの……」


董卓トウタクパパがどこか悲しげに呟きました。


わしの力が足りず、せっかく教えてもらったのに止められなんだ」

「いえ、父上は見事に河東カトウの黄巾党を押さえました」


本当に、おかげで河東郡ここはとても平和なままです。


「ははは、巫女様のおかげでな?」


董卓パパはにっこりと笑って。


「しかし、見事に予言のとおりではないか。神通力はないと言って居ったはずでは?」

「いえ、私もよくわからないのですが、ある日なぜか先が見通せたので。きっとお告げだと思います」


たしかに、私がなぜ先の記憶があるのかはよく分かっていません。気が付いたらこうでしたし。三国志の記憶以外はおぼろげなんですよね……。


「ふむ、小青青ちゃんや、巫女をやってみてどうかね?病気治したり、死人を生き返らせたりなどは?」


それができたらどれだけよかったものか!


「ごめんなさい、何ができるわけでもないのです。お告げもちょっと先がわかるだけで、他は美しいぐらいでしょうか」

「それはさておき。小さなころから読み書き計算が達者なのは十分変じゃが」


本当に河伯こうがのかみさまいてるなら、もっといろんな力が使えてよかったんですが。なんかちょっと先の話を知ってるだけの文系美少女だし。



「ところで小青青ちゃん、この先はどうなるんじゃろうか?」

「うっ……」


黄巾の乱は曹操やら劉備の活躍で終結し、でもそのあとも戦乱が続いて、結果は一族皆殺しになります、と言うべきなんでしょうか?

でも全部言っちゃったら「予言になって成就」しちゃいそうでとても嫌です。この優しい董卓パパが独裁者になって大魔王化するようなのはあまり想像が……ちょっとつくけど多分違うし!


少なくとも三国志を止める方法を見つけないと……そもそも戦乱が起きる原因は……。


などと迷っていると董卓パパは一つため息をつきました。


「ふぅ……まぁ良い。あまり予言ばかりされては気疲れしてしまうからな」


ごめんなさい、整理出来たら話すようにします……




「失礼、義父上。都からお手紙が」


そう言って荒々しく入ってきたのは、お姉様の旦那さん、牛輔ギュウホ義兄さんです。なぜかちょっとイライラしているようですが……


お手紙を董卓パパに渡しました。


「ほうほう、河北の黄巾党を攻めていた盧植ロショク殿が宦官に賄賂わいろを払わなかったので将軍をクビになったと。で、ワシがその後任として黄巾党を攻めろという命令が来るらしい……」


……はい???


いや、たしかに三国志の董卓って一瞬だけ黄巾の乱に登場しますけど、改めて理由を聞くと酷いですね。


「酷くないですか???? 都ってバカの巣窟なのかと!?」


義兄さんが怒るのももっともでしょう。


「牛輔……あまり言うな。都には皇帝陛下……聖上おかみがおられる。これはすべて宦官どもが聖上をだましているせいで、政治が混乱しているのだ……」

「だからって滅茶苦茶すぎます!?僕らは宦官の玩具ではありません!!」


宦官宦官、どこも悪さをする宦官ばかりです……はて?


「ところで、宦官はなぜそこまで権力を?」

「ん、小青青ちゃんか。義父上がおっしゃったとおりですよ。聖上の近くで嘘ばかりついて私利私欲に走り、政治を好き勝手しているから権力を得ているのです」


「はい、聞きました。いやその、なんでそんな悪い人たちが皇帝の近くにいるのでしょうか?」

「陛下とか聖上と呼びなさい、小青青ちゃん


董卓パパがちょっとひきつって注意してきます。


「ええっとだね。もともとは聖上の身の回りのお世話や後宮……聖上のお嫁さんたちの世話をするための人間でな。悪さをしないように、えっと……処理してあるんだが」

「ちょん切ってあるんです」


言いよどむ董卓パパの前で、牛義兄様が股間の前でスパッと手で切るマネを。うわぁ……お下品ですわお義兄様。


「宦官は、聖上の身の回りのお世話をする者じゃから、必要ではあるんじゃが、だんだんと政治に口出しするようになってだな」

「口出しさせなければいいのでは?」

「まったくそのとおりじゃ」


ですよね。なんで口出しさせてるんだろう……


と疑問に思ったのを見て、牛義兄様が補足します。

「昔はね? 忠義心があって、功績をあげた宦官もいたらしいさ。でもまあ、あくまで昔の話で。今はもう本当の悪しかいない」


「うむ。宦官は正義の士の言葉を聖上からさえぎり、さらに宦官は“党錮とうこきん”という事件をおこし、名士や賢者を追放しおった。そしてあちこちの高位高官に自分たちの親戚を派遣して好き勝手に民を収奪して私腹を肥やしておるのが宦官という連中なのだ……」


董卓パパが怒りに震えながら説明します。


「黄巾党についてもだな。調べれば、宦官に収奪された貧しい民を、張角たちがだまして戦わせているものじゃ。本来宦官などいなければ、反乱はもっと小さかったかもしれん」


なるほどー。


「でもそこまで悪いのがわかってるなら、ちゃんとしかるべきところに訴えてクビにしてもらうとか」


「そのとおりなんだけどね。上奏しても握りつぶされるから、陛下に届かないのさ」


「いや、牛輔。状況は変わりつつある。まず、皇帝陛下もあまりの反乱の大きさに“党錮の禁”を解除することをお決めになった。そして続々と追放された名士や賢者が戻ってきて黄巾党の討伐に従事している。いまなら宦官の力も弱まって……」

「で、その盧植将軍がまた逮捕されましたね、宦官のせいで」


ダメじゃないですか。

やっぱり宦官が諸悪の根源。宦官をなんとかすれば……


「むぅ……ならば最後の手段だな。袁隗エンカイ老師せんせい……朝廷の筆頭、司徒総理大臣の袁隗老師を頼るとするか」

「なるほど! 袁家といえば、大漢このくにきっての名門中の名門!そして義父上は、昔、洛陽で袁隗様に仕えておられたのでしたね?」

「ああ、まだ若いワシに政治や学問、心構えなどいろいろ教えていただいた……ワシのもっとも尊敬する名士だ」

「それならば!!」

「よし、さっそく宦官の悪を告発する上奏文を書くぞ!黄巾党と戦うよりも、まず諸悪の根源を叩くべし!!!」


董卓パパと牛義兄様がなんか盛り上がっています。そんなに立派な人がいるならきっと宦官が悪だとわかってくれて皇帝陛下を説得してくれるでしょう……あれ??


……じゃあ、そんなに偉い袁隗さんって今まで何してたの??





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

河東郡太守 董卓、上奏して曰く。


「臣が伏して思いまするに、天下に謀反が絶えないのは、これは黄門常侍張譲らが天道を侮って王命を操作し、父子兄弟を州郡に据え、手紙ひとつで千金を手に入れ、京畿諸郡の数百万の美田が張譲らの手に落ちているからであります。かくして怨みの声が上がり、妖賊が蜂起したのです。


臣が詔勅を奉じて黄巾賊を討伐せんとしておりますが、将兵は川を渡ることを承知せず、皆が言いますのは、京師に参上してまず宦官どもを誅殺し、民の害を取り除いて内閣から褒美を頂戴したい、と申しておりますので、臣は兵をなだめているものです。


臣が聞きますに、湯入れを持ち上げて沸騰を止めるのは薪の火を消すよりたやすく、腫れ物を潰すのは痛くとも肉が病み続けるよりはましだ、とております。溺れてから船を呼んでも、後悔は間に合いません。どうかご決断をお願い致します」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


朝廷からの任命状を受けとると、董卓パパはさっそく返事の上奏文を書いて都に送りました……。





 ― ― ― ― ―


「あーにじゃーーー!!」


上奏文を都に送ってからしばらくしたころ。突如、都で仕官していた董旻トウビンおじさんがやってきました。お父様の弟にあたる人です。


「兄者。上奏文は却下された……がな?悪い話じゃない、上洛して何進大将軍に会ってくれ。袁司徒(袁隗)の取り計らいだぜ」

「ふむ!」


その名を聞いて董卓パパが奮い立ちます。




何進カシン……


……三国志では宦官討伐を企んで、死んで洛陽を大混乱させたあげく、董卓が洛陽に乗り込んで独裁者になるきっかけを作った方ですよね……役者が揃っちゃう?!!


宦官は悪いけど、宦官をなんとかしちゃうと……


さ、三国志になって皆殺しエンドが……


あふ、目の前が真っ暗になって……



小青青ちゃんが倒れたぞーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」




※出典:「三國志:魏書·董二袁劉傳」

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