第12話 反三国志


はぁ……


物憂ものうげに溜息をついているのは、反乱を止めることもできない董青トウセイちゃん、年が明けて12歳です。


皇帝陛下を取り巻く悪い宦官かんがんたちに上奏文ほうこくしょを握りつぶされた後、董卓トウタクパパと李傕リカク郭汜カクシさんたちの活躍により、河東郡カトウぐん黄巾党コウキントウは壊滅しました。


でも、黄巾党の乱は結局止めることはできず。何十万という反乱軍が蜂起、討伐のために朝廷の大軍が出撃したとのことです。



「おいっちにー、さんしー。……うーん。私の周りは平和なんですけど……もっとうまくできたんですかね……」


いまやってるのは、河伯かはく教団の朝の名物。全員体操です。


「おいっちにー、さんしー」


信者の皆さんが一斉に手足を伸ばして運動します。

皆さんは農作業とか同じ姿勢で作業続けることが多いので、柔軟運動を中心におこなっていて、りがほぐれると評判です。



「はい、じゃあ皆さん、朝ごはんの前に手を洗いうがいをおねがいしまーす」

「かしこまりました、巫女様!!」


教団の人は清潔第一。毎食手を洗ったり、うがいをさせたり。沐浴おふろもやらない人が多かったのですが、最低限身体は毎日拭かせるようにしています。



「はい、ご飯だよー」

李夫人リカクのおくさん女中めいどを率いてこられました。消化のいい肉入りの粟粥あわがゆに、にらにんにくなど精が付くものが入っている特別製です。



「はい、ではご飯の前にお祈りです。

『汝ら、父母に孝、兄弟に友。

 夫婦相和し、朋友相信し。

 恭倹己れを持し。

 博愛衆に及ぼす。

 学を修め業を習い。

 皇国の四方を守るべし』~」

「『守るべし』~」



まぁ、文言なんてどうでもいいんですが、儒教を守ってるふりをしないといろいろ怒る人がいるので、なんかどっかで聞いた文句にしています。どこだっけ?


これでとてもマジメな儒教集団に見えるはずで、擬態ぎたいは完璧ですね!




「巫女様ありがとうございます!」

「はい、ご馳走様でした」


皆でお粥を平らげて、それぞれ仕事に散っていきました。


はぁ……まぁ信者の皆さんはとても元気な感じでいいんですが、私はちょっと無力感があります。結局、全部董卓パパの手のひらの上で、私は何もできなかったんですよね。


さらにその董卓パパも宦官の前では無力で、何度告発しても黄巾党の乱を防ぐこともできなかったんです。


三国志という大きな時代の動きの前では、ただの美少女の知恵では力が足りないようです。


ただ流されていては皆殺しエンド間違いなし。でも私にできることはあるんでしょうか。



 - - - - -



病棟に向かいます。


こちらはあまり元気のない人が入っているところで、皆さん苦しそうです。


お医者さんといっても多少薬草に詳しいだけの人で、手持ちの薬を飲ませたり、うみを吸い出すなどした後は、暖かくして寝てもらうことしかできません。



「お具合はどうですか?」

「ありがとうございます、こんなによくしていただいて……」


一番長くおられるお爺ちゃんが途切れそうな声で答えます。

若い方は治る方も多いですが、年を取った方々は厳しいかもしれません。


できることは清潔を保ち、お粥をあげたり、汗を拭いたりぐらいです。



 - - - - -



「ああ、私って何にもできないなぁ……」


私は巫女用の天幕てんとに戻ると、均輸官からの報告書を読み始めました。関東河北の諸郡、朝歌チョウカ陳留チンリュウ、そして首都の洛陽ラクヨウの物価がとても上がっています。さらに鉅鹿キョロク安平アンペイ甘陵カンリョウ潁川エイセン汝南ジョナン南陽ナンヨウなんかは連絡が途絶えました。大変なようです。


「とりあえず河東から物資を送るとして……」


輸送隊の案を作っていると、天幕の外で大声がしました。



「巫女様!!!たきぎをお持ちしました!!」


大声で叫んでいるのは、あの孝行少年くんです。また自分の背丈の2倍ぐらいあるような薪の束を背負っています。


「あ、ありがとうございます。こんなに?」

「母から恩返しせよと言われましたので!!」


この孝行少年くんもそうですが、こうやってそれぞれお礼の品を持ち寄る人も増えて、董卓パパの支援がなくても教団の運営が回るようになってきています。



「あれ?巫女様は何か書いておられたんですか??」

孝行少年くんが私が持っている竹簡たけふだに目を止めます。


「あ、これ報告書を……字が読めるの?」

「はい!立派でまっすぐな官吏になるために勉強しております!!!」


「まぁ、それはいいことですね。そういえばお名前は」

「はい!コウメイといいます!」


はい??コォウメイ??


「えっと、諸葛コォウメイってお名前で?」

「違います!コウメイです。」


違うかー。まぁ、そんなことないよね。あの人の出身地はもっと東の徐州ジョシュウだもんねー。


でもまぁ、マジメそうだし字が読めるなら。


「官吏になるならお役所をご紹介しますよ?」

「ありがとうございます!」


というわけでコウメイ君を李傕さんの部下見習いとして推薦しておきました。そのうち均輸の仕事手伝ってくれるかもしれませんね。




「巫女様!!巫女様はおられますか!?」


急に私を呼ぶ女信者さんの声がしました。




 - - - - -



一番長く預かっていたおじいさんが死ぬところでした。


「……巫女様、申し訳ございません……これまでのようですじゃ」

「ごめんなさい、私がもっと力があれば」


そう、ニセ巫女なんてしなくても、私にものすごい医療技術の記憶があればそれでみんなを救えたはずなんです。でも私にはありません。


「……いえ、こんな庶民の……どうでもいい人間に……ここまでしていただいて……有難いことです……」

「そんな、どうでもいい人間なんていません!」


「……そうおっしゃって……いただけるのは……巫女様だけです……それだけでワシは幸せ……ですぞ……」


死にました。



そう、今まではたまたま運が良かっただけ、自然に回復するばかりじゃない。病人を受け入れていればこうやって死ぬのも当然で……でも私は自分が許せなくて。涙が……


「だ、だって、でも、私、何にもできないんですよぉ……」


「そんなことないですよね?!!」

「そんなことないですよね?!!」

「そんなことないですよね?!!」


周りの信者さんたちが一斉に驚き声をあげました。

なんで私が悲しんでるのに皆はびっくりしてるんですか!!!!


 


 - - - - -



三国志かー。三国志ってこう英雄が大活躍という裏で、イナゴや疫病が流行って、でも英雄たちは好き勝手戦争して、その結果こういう庶民の人たちが大勢死ぬんですよね。


誰も、人々のことを考えてない。


この国はどこか変だ。豊作なのに食料が足りなくて。政治もねじ曲がってる。


朝廷も宦官に支配されてて、宦官支配を打倒しようとする群雄も権力争いで戦乱を巻き起こす。



そして、私の一族は皆殺し。






よし、私が何かをできるなら。

三国志を止める!そして穏やかに楽しく暮らすんです!!!





※秦漢上古音

・公明 kung miang コウ メイ

・孔明 khung miang コォウ メイ

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