第10話 商売敵

「聞ケ聞ケ!!太平道タイヘイドウふだや水では病は治ランゾ!!!」


いつものよろいを脱いで平服の李傕リカクさんが野太い大声で叫びます。


「こちらハ河伯かわのかみさまから神託をたまわった巫女様デアル!黄河コウガこそは我らガ神、困ってイルならこっちにコイ!」


そう叫ぶ李傕さんの後ろに、これまた平服ですが素人には見えない屈強な男たちが担ぐ輿こしが続きます。煌びやかに飾り付けられた輿の上にはすらっとした美少女が一人。顔は面紗かおぬので隠されていますが、絹で公主ひめさまのように着飾っています。


いや、運ばれてるのはこの私、董青トウセイちゃんなんですけどねぇ???



お城の官兵さんたちがすっごい変な顔してこっち見てるじゃないですか。まぁ李傕さんと後に続く男たちを見て近寄らないことにしたようですけど。この人たち全員、董卓トウタクパパの部曲ぶきょく……つまり私兵です。



いや、こんなことをして病人の治療になるんですか??



まちの空き地に天幕てんとを張って、そこに輿を運び入れます。すでに子供とか暇な大人がぞろぞろ付いて来ちゃってますけど。



「オウ、病人ハいないカ?!いれバ巫女が薬をくださるゾ!!」


「え、なんだ……?」

「なんだこれ、薬がもらえるのか?」


なんか、薬を配ると言った途端、いかにも具合の悪そうな人がワラワラとやってきましたよ。皆さん服はボロボロで継ぎ当てもほころびてていかにも貧民という感じです。そして顔色も悪く痩せています。


……っていうか、臭いんですけど!?


「さぁ、巫女サマ。皆に声をかけテ、あとこの薬をお配リ下サイ」

と李傕さんが袋に包んだお薬を差し出してきました。


……準備がいいですね。なんですかこれ葛根カッコン生姜ショウキョウ?ああ、漢方の風邪薬ですか。効果はありそうですけど……


「あのー、李司馬リーたいちょう。皆さんそもそも栄養が足りていないようにも見えます。まず食事を出して、身体を拭いたほうがいいのでは?」

尊命かしこまりました!!」


ババッと両手を組み合わせる揖礼ゆうれいを行い、李傕さんが去っていきます。軍人っぽさが全然抜けてませんよ?!変装する気あるんですか??!!



 - - - - -


「巫女サマに会うには沐浴おふろが先ダ!!」


李傕さんが指示をだすと、私兵の皆さんがてきぱきとお湯を沸かし、貧民さんたちに体を洗わせはじめました。


また女性陣もどこからか現れ、あわきびのお粥を作り始めます。


あ、李傕さんの奥さんと女中めいどさんたちなんですか。よろしくお願いいたします。


ところで手伝わなくていいですか?ダメですか。




そして、お粥を食べたりさせ、身体を清め終わった貧民さんたちを天幕の前に並べて、巫女たる私がお一人ずつに声をかけて薬を授けます。


「大変ですね、これを飲んで養生してください」

「あ、ありがとうごぜえますだ!!」


頭を地面にすりつけてお礼をいう人たち。


……いや服が臭いし虫が湧いてるぅ……




李傕の奥さま、洗濯もできませんか?

「お嬢様、洗濯なんてしたら服が渇くまで半日は動けなくなりますよ」

「じゃあ替えの服を」

「彼らが替えの服なんて持ってるように見えます?」


おおう……


えっと、じゃあ、次回からは洗濯してから来るように言ってください……


その日はお祈りして解散しました。


 - - - - -



ということを何日か続けていると、だんだん来る人が増えるようになりました。

同じような貧乏な人が多いみたいです。


お清めをさせて、お粥を与えて、お薬を配ります。



うーん……貧乏な人が多いですね。なぜでしょう?今年は豊作でしたよね??董卓パパの政治が悪いんでしょうか??


「いえ、畑が小さいんでしょうがねえですだ」

「なんで畑が小さいんです?」

「そりゃあ、父様から分けてもらった分しかねえだし」


はぁ、もっと耕せばいいのでは?


「周りに耕せるような空地はあまりねえです」

「他所の土地にはまた人がいますだ」

「すげえ遠いところにいかねと」


なるほど、疫病が流行っているとかでなくそもそも畑が足りないんですねぇ……ところでいつも何食べてるんですか?


「粟が少し」

「黍があれば上等で草を集めて」

「魚は売って穀物を買って」


栄養も結構偏ってそうですね。


ただ、薬が効いたのか、沐浴とお粥の効果なのか、何度も来てる人は少しずつ顔色がよくなってる気がします。

もう少し何とかしたいですね。


 - - - - -



「というわけで、肉を出せませんか?」

「いや、わしの給料では今でもかなりカツカツだな。さすがに政庁の銭はつかえんし」


やっぱりだめですか。予算の増額を董卓パパにお願いしましたが、そもそも実家にも董卓パパがすぐ使ったり配ったりしちゃうせいであまり貯えがないんでした。



しょんぼりしていると董卓パパが言いました。

小青青ちゃんの貯えを使えばよかろう」

「え?私に貯えなんてありませんよ???この美貌ぐらいでしょうか?」


「いや、美しいのはさておき、なんのために徳を貯めておったのだ」

「え?徳?私に徳なんて……」

「あるぞ、忘れてはいかんな」


え、前に徳の話をしたときって商人たちから董卓パパが賄賂もらって……ああ?!



 - - - - -


「かしこまりました、御恩のある小爺わかさまのためでしたら貧民救済の資金をお出ししましょう」


男装して李傕さんと一緒に政庁ご用達の商家を回ります。


民間と利益を争わないのが儒教じゅきょう的にりっぱということで、輸送した物資はあまり交渉せずそれなりの価格で売っていたのですが、その分たっぷりと利益をため込んでいたようです。


何家も回ったあとは馬車で運ぶほどの量になりました。



この豊富な予算があればお粥に肉や魚をいれたり、重病人も受け入れられます……あと、病人用の替えの服も欲しいですね!


この時私は何のために巫女業を始めたのか完全に忘れていたのでした。



 - - - - -



大賢良師様だいけんりょうしの教えを誹謗ひぼうする巫女とやらはここかー!!」

「太平道をナメておるのかー!!」



うわ、なんか来た。

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