第8話 匈奴(キョウド)

なんか無理やり人を脅してモノを奪おうとしている人がいました!

これは明らかに盗賊ですね!この董青トウセイちゃんが許しません!

護衛の李傕リカクさんたちと合流します。


「アト、あれは賊ではなさそうナ?」

「そうですか?でも揉めてますよ?」

李傕さんは何か気になるようですが、私が強くお願いして一緒に来てもらいました。


 

 - - - - - - - - - -  



「いい馬じゃねえか。それもよこせよ」

「お願いです大人だんなサマ。コレダケハ。この馬大事デス。単于へいかノモノ!」


あれ?なんか襲ってるほうが武器を持ってて、兵隊さんぽくないですか?

襲われてる方は毛皮と布でできたボロ服を着た汚い人たちです。


「知るかボケ! ゴミにも等しい匈奴いみんぞくのクセに逆らってんじゃねぇ!さっさとよこせ!!!」

「お願いデス! お願いデス!」


馬を持っていこうとする兵隊に泣いてしがみつく毛皮服の人たち。

兵隊はその人たちを遠慮容赦なく蹴り飛ばします。


「ギャア!」

「うし、二三匹殺せばおとなしくなるよなー?」


いやぁ、剣を抜いた?!

殺すとか言い出しましたよこの人たち!止めなきゃ!!


「や、やめてください! 殺すとかダメです!!」

「「お嬢サマーーーー!?」」


李傕さんや護衛さんたちが止めるより先に飛び出します。




「あ? なんだこのクソガキ……」

「汚らしい子供はすっこんでろ!畏れ多くも皇帝陛下の勅命ちょくめいにより、御馬をあつめているのだ!!」


いかにもチンピラっぽい兵隊さんが私に詰め寄ってきます。あわわ、失敗したかも!?

でも、汚らしいって……あ、ヒツジさんに汚されてた!?



「ちょ、ちょっとまて、この方の所作は……。服もよく見れば立派な。……どこのどなたか!」


ですが兵隊さんを制止するように、よろいをつけた人が出てきます。

この人が什長はんちょうですかね?私の身分が高そうと思ったみたい?話が通じそう。


李傕さんが割って入って叫びます。

董太守トウタクさまのお嬢様ダ!」


「……太守たいしゅの!? なんでこのようなところに……

あ、いや。失礼いたしました。

こちら県令けんちじの部隊で、勅命により馬を集めていたところなのですが、

匈奴キョウドのクズどもが言うことを聞かずにですな。お見苦しいところをお見せ……」


なるほど、董卓パパは河東郡カトウぐん太守ちじですが、郡の中にいくつかの県があってそこの長が県令けんちじですね。だから一応パパの部下ですか。


「それより、お嬢サマにクソガキと言った兵はどいつだ殺ス」

李傕さんが思いっきり睨んでます。背は低いながらもガッシリした肉体と太い眉毛に顔の傷も相まってとても悪人顔です。


やーめーてくーだーさーいー!?


「お、おい! 謝れ!!!」

「「た、大変失礼いたしました!!」」

什長さんが慌てて兵隊さんに謝らせました。


「あ、あー。いいですから。私怒ってないですから……李傕さんも落ち着いて。

それより兵隊の皆さん、あんな乱暴はよくないです。匈奴の皆さんにひどいことはしないでください」


「へ?」「えっ?」


……なんで兵隊さんどころか、匈奴のみなさんまで驚いてるんですか?


「……お嬢サマのご命令ダ。聞こえたカ?」

「いやしかし馬が」

「聞こえたナ???!」

「あっはい!? では失礼します!?」


李傕さんがすごんで、県令の兵隊さんたちを追い払ってしまいました。

さすがは歴戦の武人ですね、半分ぐらい悪人顔の効果でしょうか。


なにはともあれ、乱暴な兵隊さんが帰ってくれてなによりです。

安心していたら、さっきまでいじめられていた匈奴の人たちが、私の前で地面に膝をついていました。

口々に片言の漢語でお礼を言います。


「あ、あのう、アリガト。ゴザマス。漢のエライ人、なぜ匈奴タスケマス?」


なんでと言われましても。


「目の前で人が殺されそうだったら止めるのが当然です。

匈奴さんだって同じ人間じゃないですか、殺すとか酷いことしちゃダメでしょう」


「「「オナジ!?」」」


匈奴のみなさんと李傕さんが同時に叫びます。

えっ、って、こっちが「えっ」ですよ。


「アリガト。エライ人……」

あれ?なんか匈奴の皆さんびっくりしてません。ちょっと涙目になってる?


「そうカ、同じ人間カ……」

李傕さんも何か考え込んでしまってます?



「ええと……それよりも匈奴さん。彼らはなんで馬を集めてるんです? 勅命とか言ってました?」

「エトエト、漢の皇帝、ウマあつめる。命令。だから匈奴も馬ダセ言う」


げげげ、ひょっとして私、皇帝陛下の命令を邪魔しちゃいました?

これって謀反むほんですかーー???


「これ、単于から預カッタ馬。守れてヨカッタ。本当にアリガトウ」

単于ぜんうっていうのは匈奴の王様の称号ですね。

で、匈奴さんは大喜びで何度もお礼を言いますが、私は気が気でありません。


「おかしいナ??その命令は終わったハズ?……フム」

「え?」


李傕さんはそういうと部下の兵隊に手早く指示を出してました。


 

 - - - - - - - - - -  




おうちに戻って、董卓パパに報告します。


「ということがありまして。私、ひょっとして謀反でしょうか??」

「なんで花を摘みに行って県令の兵と揉めておるんだ……」


董卓パパはあきれ顔です。

いや、だって目の前で人が殺されそうになってたんですよー?!ああいうの無視しちゃだめですよね?



李傕さんが神妙な顔をして報告します。

主公との、馬ヲ集める勅命は2年前に終わっタ。調べたラ県令が勝手に馬を集めて私物化してイル」


「はぁ……関東モンのやりそうなことですわ」

と、関西カンセイ出身の郭汜カクシさんが言います。居たんですか。

なお、関西とは函谷関カンコクカンという関所の西を指し、関東とはその東を指します。


「……あのたわけ者が。河東郡では、匈奴とうまくやらんといかんことすら理解できんのか」


後で聞いたのですが、匈奴さんたちは草原の勢力争いに敗れて、漢の領地の中に逃れてきているんだそうです。

漢から食料や布を与えていて、鮮卑とかもっと強い異民族と戦うときには力を貸してくれたりするとか。


いや、味方じゃないですか。なんで蹴ったり馬を奪ったりしようとしてるんですか。



董卓パパが顔をあげました。

「さらに昔の勅命を勝手に使うだと??……県令め……宦官かんがんの血縁だからと思い上がっているな?」


わぁ、怒ってる時の魔王顔だぁ……。



しばらくたって、県令はほどなくクビになり、馬は無事に匈奴さんたちの元に戻ったそうです。

そうなるまでの間に李傕さんと郭汜さんが董卓パパの部曲しへいを集めて県令の屋敷に殴りこんだり、いろいろあったようですが、県令は表向きは病気ということで引退なさったそうです。


……何があったかはあまり聞きたくないです。



よし、気分転換に市場でも見に行きましょう。


あれ、城壁になんか落書らくがきしてありますね。大漢の落書きはそもそも字を書けるのが教養のある人限定ですので、結構面白いことが書いてあるので侮れないんですが、どれどれ。








天 歳 黄 蒼

下 在 天 天

大 甲 當 已

吉 子 立 死





うわぁ。こ、黄巾こうきんの乱……



「お嬢様が倒れたぞーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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