第6話 儒教の人徳

あるときは男装系有能官吏、しかし実の姿はいたいけな美少女である董青トウセイちゃんは、今日も仕事のお手伝いです。


相場を整理して在庫管理をして報告書を送って、指示書を貰って売買を指示して……

ってなんか最近は中央の指示書が多いですね。裏で書類と帳簿だけ作ってる私はともかく、表に立っている郭汜カクシさんと李傕リカクさんも異常に忙しそうです。


それに伴って、なんか役所がギスギスし始めました。特に属吏やくにんの皆さんの雰囲気が悪いです。なぜでしょう?


「おお、小青青ちゃんや。大司農経産大臣から河東郡カトウぐんの成績が良いとお褒めの言葉があったぞ」

「ありがとうございます父上」


ちなみに李さんと郭さんが喋っちゃったので、董卓トウタクパパには早々にバレました。けど董卓パパはなぜか嬉しそうに「良い良い」と言ってそのままです。


こんな男装とかしてたら嫁入りに影響出そうな気もしますが、良いんでしょうか。まぁ、ちゃんと家で詩とかお琴とか花嫁修業はして、空き時間で仕事してますから……。


董卓パパは仕事をする私を嬉しそうに眺めています。丸い顔に丸くついた豪勢な髭《ひげ》をひねりながらずっと見てますけど何が面白いんでしょうか……。そんな変な動きとかしてませんよね?


「ところで最近、仕事が忙しくなって皆さん疲れてるようです」

「そうであろうな、小青青ちゃんが仕事ができて報告書も早いものだから、大司農府経産省がどんどん仕事を回してきておるし、それの対応で皆が仕事が増えて困っておる」


うげ、そんなことになっていたんですか……普通の人はもっと報告書が遅くて、だから指示書も少ないと……それはそれでいいのかなと思いますが、みんなの不満は困りますね。


「まぁ、気にしなくてもよい。しばらく待てば元通りだからのう」


え?そうなんですか?


董卓パパに言われたとおりしばらく待つと、ぱたっと中央からの指示書が減りました。

なぜでしょう?


「うむ、大司農が銭で官位を買ったやつに代わったからの。宦官かんがんの親族で、それはそれはロクに仕事をしないそうだぞ」


さすが董卓パパ。中央の情報もばっちりご存じですね。


って、宦官ですか……三国志っぽくなってきましたね?なんか皇帝みかどの近くで働く男の象徴たるアレを切ってしまっている人たちでしたか。賄賂やら悪口を使いこなす悪役です。

しかし、銭で官位を売り買いして仕事もしないとか、九卿大臣ともあろう人がそんなことでいいんですか?


「良いも何も、均輸官きんゆかん塩官えんかんも上司は大司農だからのう、指示書がないなら勝手に動くわけにもいくまい」


董卓パパがあっさりと言うのでそれ以上の追求はあきらめましたが、どうもこの国は「そんなことでいいのか?」ってことが多いですね。官位だって銭で売り買いしていいものなんでしょうか??




むむむ、それはさておき今度は業務が減りすぎて暇です。報告書への返事が全く返ってきません。

結局輸送隊が遊んでしまっているので、隣の郡の均輸官と相場情報を交換することにしました。そして儲かりそうなときに輸送隊を送りだして売り買いをします。地方の権限の範囲内なのでちまちまとですが……



「あれ、なんか思ったより儲かりませんね」


帳簿と相場表を見比べて確認しました。政庁出入りの商人が相場より安くしか買わないからですね。

よし、李さんに商人に高く買うように交渉させて、何なら入札とか……


「やめろ」

指示を出そうとしたところをなんかマジな感じの董卓パパに止められました。


なぜですか、せっかくもっと儲かるのに。


「均輸は物価安定が目的で儲けは二の次だ。民間の商賈あきんどと利益を競うのは、君子くんしとして徳がないとみなされる」


董卓パパが厳かに告げてきます。


うぐぐ、徳!つまり儒教じゅきょうですか!たしかに儒教は商売を軽視していますけど!

大漢このくにに暮らす政治家は儒教に逆らったら生きていけません。徳がないと見られることは君子きぞくとして首がないも同然……


で、ところで、父上の後ろに積まれている布はなんでしょう。


「おお、これは商賈あきんどがいつものお礼と言って持って来たものだ」



賄賂わいろじゃないですかーーー!!!




 - - - - - - - - - -  



腹が立ったのでストライキです。もうしゃべりませんし仕事もしません。何が徳ですか、何が儒教ですか。言い訳じゃないですか。


というのに、なんかパパたちは部下を集めて宴会なんかしています。

いい気なものですね。こんな風だから大魔王になって一族殺されちゃうんですよ……うう。


やっぱり董卓一味というのは悪役なんですね、ああいう風に酒とか飲んで賄賂を集めたりして、悪いことばかりして最後は討伐されるんです……


よし、あの賄賂を全部焼いてあげましょう。そうしたら董卓パパも反省するはず。

善は急げですね、火打石はっと……


あれ、布が全部なくなってますね。


小青青ちゃんや、何を探しておるのじゃ?」

「これは父上、いえ賄賂で手に入れた布を焼き払おうと思ったら、なくなっておりまして」

「焼き……?いや、あれはもうないぞ。配った」


へ?


董卓パパによると、役所の属吏やくにんを集めた宴会で、「お仕事ご苦労。中央からも褒められておる。このたび商賈あきんどから礼として献上品があったぞ」って言って皆に配っちゃったそうです。


役所の属吏の皆さんも布を受け取って酒を飲んで、日ごろの不満が晴れたように喜んで帰って行ったようで……。


そう説明した董卓パパは、優しげにさとすように語りかけます。


「小青よ、自分ばかり仕事ができたとしても皆の気持ちを置いてきぼりにしては何の意味もない。さらに民や商人から利を奪っても恨まれるだけじゃ。むしろ利はみんなに配り、人の気持ちを買うほうが良いと思わんか」

「……父上、そこまでお考えだったのですか……」


いや、この董卓パパは悪人なんかじゃないですよ。気配りもできるし、むしろとても立派な政治家じゃないですか!!!あのまま私がやりたいようにやってたら、きっとみんなに恨まれて、それこそ悪役になっちゃってました。


「私が気づかないところまでお気遣いありがとうございます。これからは人の気持ちも考えて仕事をするように……」

「で、焼き払うとかいうところを詳しく説明してもらおうか」


え。


放火とか何を考えてるんだとめちゃくちゃ怒られました………

やっぱり怒ると悪人顔で怖かったです……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る