第2話 讖緯説(よげん)

うちに戻ってきました。


正式名称を大漢ダイカン河東郡カトウぐん安邑県アンユウけんとか言います。

県より郡のほうが大きいんですね。

河東郡の太守ちじである董卓トウタクパパの居城です。



なかなか立派な城壁を持つ大きなお城で、人口も多いです。

町全体が城壁に囲まれている城壁都市なんですね。

なんでも昔の魏の国の首都だったそうで……あれ、魏の首都ってギョウだったのでは?

と聞いたらギョウが魏の首都になったことはないそうです。あれ?




「はぁ……いや河伯かわのかみは悪神ではないが。もう少し普通のお告げが良かったの」

李司馬リーたいちょうがえらい食い気味に「神のご加護が!」と報告したのを聞いても、董卓パパはあまりうれしそうではなさそうでした。

まぁ、そうですよね。私だって神が憑いていると言われても別に念力でモノを動かしたり、テレパシーが使えるわけじゃないので得するわけでも……


使えないかな?むむむ。

使えるかも?


ぼやいている董卓パパを尻目に手をうようよ動かして遠くの壺を動かそうとしてみます。

うごけー、うごけー。



「あいや、義父上ちちうえ、あの巫女がそこまで言うなら、これはおろそかにできませんよ。一族の運も開けるのではありませんか?」


ワクワクしながら話しかけてくる礼儀正しそうな若者は、董卓パパの娘婿の牛輔ギュウホ兄さんです。

実の兄さんは居たそうなのですが早くに亡くなったそうで、牛輔兄さんが親族筆頭のような感じです。


いや義兄さんって割と強硬に巫女に視てもらえと騒いでいましたよね。

李司馬も牛輔兄さんもそうですが、親族たちも部下たちもなんか迷信深い人多い気が……



小青青ちゃんはどう思う?何か変わったことはあるか?」

「いいえ、父上。何ともありません。神通力もありませんし……」


壺を動かすのをあきらめた私は、董卓パパにお辞儀をしながら言いました。


「あのような図に何か力があるとも思えませんし、気のせいだと思います」


ギロッ?!

董卓パパの顔色が変わりました。


「……小青青ちゃん、人が信じているものについてあまりそういうことを言ってはならん」

「あ、申し訳ありません」


いや、今の顔怖かった。

やっぱり魔王なのでは……


董卓パパはマジメな表情で神妙に言い聞かせるように話しだしました。


讖緯よげんは人知の及ばぬもの、凡人の運命には関わらぬが国運は左右する。下手に新しい説を立てたと知られれば謀反にもなりかねん。」


というと、周囲の親族や部下たちに向かって高らかに宣言しました。


「皆の者、本件、および小青青ちゃんが河伯の巫女だなどという話については他言無用にいたせ」

「「ははっ!!」」


周りにいた親族や部下たちが一斉に答えます。



……後で聞いたのですが、今の皇家、つまり後漢の初代皇帝は讖緯よげんをなんやかんやいい感じに使って、「俺は予言された皇帝だから即位していいんだ」ってやっちゃったみたいなんです。

なので予言を否定するどころか、国家の正式な学問に予言が組み込まれてるそうで。

だから皆さん割と迷信とか予言とか軽く信じちゃいますし、だからこそ皇帝に都合の悪い予言は取り締まりの対象なのだとか。


いやこれじゃ私が厄物じゃないですかやだー?!


せめて超能力でも使えないと損ですよね?!

壺うごけー。


私は手をうようよ動かして……



パリン!!!!

「も、申し訳ありません!!!」


私の念力で壺を倒した……わけじゃなくて、召使さんがつまづいて割ってしまったようです。


「おい!!」


董卓パパがすごい顔をして立ち上がります。

立派な髭を逆立てて完璧にこれ魔王……召使さんが殺される?!止めないと!!!



「父上、どうか落ち着いて!八つ裂きはやめてあげてください!!」

「えっ」


董卓パパの裾に縋って助命を願います。

ひょっとすると私の念力のせいかもしれないからこんなので殺されたら可哀そうだし……


「え……八つ裂きじゃすまないのですか?!!では、生皮を剥ぐのもおやめください!!」

「……いや、そんなことはせんが……」


あれ?董卓パパが引いてる……??


えっと……董卓ってほら、魔王だし……ちょっと気に入らないことがあると部下に武器を投げつけて殺そうとかしますよね???


「えっと、じゃあほこ投げの的とかでしょうか?」

「せんわーーーーーっ?!!!はぁ……ふぅ……」


お怒りなのか董卓パパは一つ叫ぶと、深呼吸をして息を整えました。

そして八つ裂きや皮剥ぎに怯え、這いつくばっている召使に声を掛けました。


「で、貴様は大丈夫か?ケガなどしておらんか?」

「め、滅相もありません!!それより壺を」

「壺など構わん、どうせ壊れ物だ……片づけよ」

主公とのさま!!申し訳ありませんでした!!」

「構わん」


召使は感動して泣きそうになりながら何度もお辞儀をしています。


おおおおお!!


董卓パパって顔は怖いけど優しいじゃないですか!!?

こんな人がまだ若い皇帝を殺したり、首都の洛陽を焼き払ったりしないですよね!!!


魔王じゃないかも!!



そして董卓パパが満面の笑みでこちらに振り向き。


小青青ちゃんは少し父と話し合いをしようか?」

「……はい」



女の子が八つ裂きやら皮剥ぎやらなんてことを言うんだとめちゃくちゃ怒られました………

怖かったです……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る