董卓の娘
神奈いです
第一章 黄河の北で
第1話 太守の娘は神童で河伯の巫女です
太守の娘は神童で、
しかしある日。
「こ、これが父上の名前……?!」
と言った瞬間、娘は倒れて寝込んでしまったのです。
だって……いや、
― ― ― ― ―
ガラガラガラ……
兵士に囲まれ馬車が乾燥した農地を通っていきます。
そして馬車の中には、護送中の私がぽつねんと座り込んでいました。
長い黒髪を軽くまとめただけの、色素の薄い肌をしたいたいけな美少女です。
大人にならないと
ガタンッ!
ちょっとまって、馬車揺れすぎじゃないですか。申し訳程度のクッションはあるけど痛い。
舗装どころか道もあまり整備されてなさそうですね。
「
太守様の娘やで?
「何を言う
軽い調子の関西弁と微妙に
二人とも董卓パパの部下で、
さらに西北の
いやぁ。なんか小さなころから文字を読み書きして、算数なんかもできちゃったものだから、どうもこの娘にはキツネやらタヌキやらの悪霊が
いや、確かに何か
よくわかっていないのですが、私にはここで董卓パパの娘として生まれて生きてきたのとは別に、なんかぼやけながらも未来でもう一つの生活をした記憶があります。
その中でも「三国志」という物語は割とはっきりと覚えています。
それでパパが董卓だとわかった瞬間に、三国志序盤の董卓一族皆殺しの情景が浮かんできて卒倒しちゃったんですよね。
魔王の一族を許すなと兵が殺到して惨殺され血まみれになるシーンが。
で、ここは三国志の舞台のようですが、つまり一族皆殺しが私の未来ということになります。
たしか老若男女問わず、若い娘から赤ちゃんに至るまで例外なく殺されたので、このままだと逃げ場もなく死ぬ運命に……
「アホらしわ。お嬢様は学問で皇后になられるお方やで?
そうそう、私の父である董卓パパはむしろ私が字が読めることを喜んで「男だったらなぁ」とため息をついてから「いや学問ができるなら宮中で仕える道もある」と勉強を続けるように言ってくれました。女の子に教育させてくれるなんてこの時代にしては珍しいんだそうです。
で、それを聞いた
「いや、女が学問というのも不吉ダゾ。なので巫女に
「で、その巫女のところにつれていけば、霊がついてるかどうかわかるんやな?」
「ウム、霊験あらたかで高名なお方でナ。俺もよく相談に乗ってもらってイル。童女に字を読ませるような霊ナド、きっとすぐに祓ってくだサル」
きっついなあ……字が読めただけで除霊に送られるなんて。こうなるとわかってたら、得意になって字を読んだりしなかったのに……
えっと、申し遅れました。私の名前は
姓とか名とか字とか名前がたくさんあって分かりづらいので董青でいいです。
さきほどもお話ししたとおり、私、前世の記憶ってやつがあるようです。おかげさまで気がついたら文字が読めてました。
未来の知識があるので読み書きなんか簡単……とはいかず、なんか未来と字形が違う字や意味のちがう字もあってそれはそれで手こずりました。慣れるのに結構時間がかかりましたが、今は大丈夫です。
ところで董卓パパのイメージがかなり違うんですよね。三国志の董卓ってこう暴力で圧政な感じですごく太ってました。でも実際のパパ上は私だけでなく、部下や召使にも優しくて、多少中年太り気味ですけど風船豚には程遠いですし、あまり大魔王という感じではないのです。
……あ、そうか。これ、私の知ってる三国志じゃないんだ。きっと。
あのお父様なら、
そうですよね!!!!
……だから、違う結末をお願いします!!!
― ― ― ― ―
巫女さんとやらの家に着いたみたいです。
「巫女はいずれカ!」
「お早いお着きでしたな。今、戻ってまいられますので、しばらく中に入ってお待ちください」
声大きいなぁ……
私がクラクラしていると
「ああ、
李さんと郭さんにつれられて、なんか呪文みたいに漢字が羅列された垂れ幕で飾られた門をくぐると、お堂の中には神像らしきものが祭られてて、何やらゴテゴテといろんな掛け軸や絵図が飾られています。
お屋敷では見ない物ばかりで、なんだか目移りしてしまいますね。
巫女さんもなかなか来ませんし、ちょっと見物させてもらいましょう。
郭司馬と李司馬が座っている横をすり抜けていろいろ見て回ります。
はー、面白い像ですね、抽象的で印象派?いやよく知りませんけど考古博物館とかにありそうな感じで。
……あれ、これはなんでしょうか?
部屋の隅に妙な掛け軸があります。「
丸が棒でつないでありますね。えっと、4つ、9つ、ふたつ……
上の段が4+9+2で15ですね。
そして、下の段が8+1+6でこれも15。
「えっと……あーー、なるほど。これ足すと全部15になるんだー」
「えっ」「なっ?」
何か声がしましたが夢中になってる私には聞こえていません。
縦でも横でも斜めでも、どこを足し算しても同じ解になるパズルですね。
魔方陣とかいったっけな。魔法陣とよく混ざるやつです。
子供のころにたまにやったのを思い出しました。未来にいたころね。
そういえば似たようなパズルで「数独」っていうのがあったなあ。
「懐かしいなぁ。確かこんな……」
記憶って、呼び水があると、するすると甦りますよね。
墨と筆なんて持ってきていないので、土間の地面を使わせてもらいましょう。
木の棒で格子を書いて……9×9でいいかな、それでマス目に漢数字書き込んで……
問題、正確に覚えてないなあ。ちゃんと解けるやつだといいけど。あ、面白いのがあったから覚えてる、確か。
そうそう、最初の行が「一、二、三、四、五、六、七、八、九」で……
「ざわざわ……」「ざわざわ……」
それにしてもさっきから、李さんと郭さんが騒がしいですね。
問題に集中してるんですから静かにしてほしいです。
あと、人に向かって指を指したり、ヒソヒソ話し合うのはよくないと思いますよ。
「やれやれ、とんだお客様がきたもんだね」
「あっ」
後ろから、白い服に白い鉢巻きのやたら雰囲気のある白髪のおばあさんがやってきました。
これが巫女さんでしょうか? ずいぶん枯れてますね。
「巫女ヨ! 見てくれ、これが我が主公の娘ダガ、何か憑いているに違いない!!!
今もこのような呪文を……すぐにお祓いヲ!!!」
「と、とりあえず意見もらえへんか??」
いや、呪文じゃないです、数独……
「あ、ごめんなさい、床に落書きしちゃって……消しますね」
「消すんじゃないよ!!!」
いきなり巫女婆さんがアップで叫びました。
「ひっ!?」
近い! 顔が近いですよ巫女おばあさん!
「……これは途中だね? 完成させられるのかい?」
「え、そうですね。間違っていなければ……時間があれば」
「じゃあやりな、待っていてあげるから」
意外です。数独をやっていいことになりました。
助かりますね! こういうのって途中で止めるとモヤモヤしちゃいますからね。
とはいえ久しぶりの数独パズルです。
たっぷり時間をかけて、終わるころには日が暮れていました。
縦の行にも横の行にも1から9までの数字がひとつずつ入っていて、どの行もどの列も、数字を足すと45になる。
9×9の数独パズル、完成です!
あー、すっきりした!!
どうですか、巫女婆さん。完成しましたよ!
巫女婆さんは私の書いた数独をじっくりとご覧になっています。そして……
「憑いておられる……」
とつぶやきました。
「であろう!? 巫女ヨ! 早くお祓いヲ!!」
「せや、早う!」
ええーっ!?
あれ、もしかしてまた何かしちゃいました??
「バカたれ!!! 憑いておられるのは天運だよ!!!
そもそもこの数図は
それを瞬時に読み解き、新しい書を記すとは、この子には
へー、そうなんですか。知りませんでした。
「な、なんだッテー!?」
「な……なんやてー!?」
って李さんと郭さんが驚き役みたいになっちゃってますよ。
「祓うなんてとんでもない……大事にするんだよ、太守の御運にもかかわるからね?あとお嬢ちゃん」
「あ、はい」
「……
ぎく。
「なんとなく自覚しつつあるんですが、直せませんか?」
「無理だね、そういう天運がついてるのさ」
天運ならしょうがないですねぇ……はぁ。
よし、前向きに生きましょう。
― ― ― ― ―
そんなわけで、お祓いを受ける必要もなくなり、
「ワイは最初からお嬢様を信じとりましたで!!!!いや、まことに河伯が憑いておられるんなら皇后になられること間違いなし!!!」
「全くその通り!! いや巫女に観てもらってよかったナ!!!」
いや、ふたりとも手のひら返しすぎ。特に李さん。
まあこれでうるさい親戚たちも黙るでしょうし、「本を読むな」とか言われないで済みそうなのはよかったですけどね。
いや、娯楽ないんですよ、本も読めないと死んでしまうし……
しかしその、神憑きの娘とか知れ渡るのはそれはそれで今後に差し支えるのでは?
新興宗教の教祖様になんてなるつもりないですからね?
そういえば郭さんは皇后推しですけど、皇后ってたしか皇帝陛下のお嫁さんですか。
これから三国志はじまるんですよね……なんか曹操にいじめ殺されそうな?
なんだかどの未来も楽しそうじゃないですね。
って、そもそも十にも満たない娘に考えさせることじゃない気がします。
どうしたものだか。
確実に言えるのは「あんな」死に様だけは絶対嫌だ、ということですけど。
そもそも未来のことなんてわかりませんとも。いまわかるのは、
私は「董卓の娘」で「
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