家庭の事情

 思った以上に大きかったです。まるでマンションのような建物に燐火ちゃん達は住んでいました。私には想像もつかない世界です。


「じゃあ……凪ちゃん……いくよ?」


「バッチ来いです!」


 彼女は恐ろしげに玄関チャイムを鳴らしました。反応がありません。よく見ればドアチャイムがカメラ付きになっています。そりゃあ燐火ちゃんだけならともかく私がいれば用心の一つもすると言うものですか。


「どちら様でしょう? 燐火、お前は入れ」


「待って父さん! この子は私の友達なの! だから一緒に入っていいでしょ!」


 しばしの沈黙の後で『わかった』と一言ありロックが解除されました。


 そして大きな家に入って早々大きな男の人が仁王立ちしていました。


「何の用だ、家の娘とどういう関係だ?」


「誰? そんなの友達にきま「友達だよ! 私の大事な友達!」」


 燐火ちゃんが私たちの会話に割り込んできました。


「それで、燐火の友達が何の用だ?」


「何の用だ? 何の用だって言いましたか? 私の友達の邪魔をする人を説得しに来たに決まってるでしょう!」


「あわわ……凪ちゃん」


「私は娘にあんな下品な放送とも呼べないことをさせる気は無い、帰ってくれ」


「帰れだぁ! あなたは一体どれだけこの子の笑顔を見たことがあるんですか! この子は! 配信中にずっと笑顔で! あんなに楽しそうにしてたんですよ! それを親だからってだけで奪っていいはずがないでしょう!」


 私は思わずまくしたててしまいました。


「くだらん、ネット上にいる連中などクズしかいない、自己顕示欲ばかり肥大して耳目を集めるためならなんだってするような連中だぞ!」


「そんなごく一部のデータをとってなんになるというんですか! だったら犯罪者の大半がパンを食べていたっていうのも正しくなりますよ!」


「屁理屈をこねるな!」


「いいえ、言いますよ! クズなんてどこを探そうがどんなグループを使おうが数が居ればどこであってもクズはいるんですよ! それをたまたま質の悪いやつに当たったからって全員をクズ呼ばわりするのは失礼でしょうが!」


「だとしても! 人を傷つけていい理由にはならん!」


「あなたにだって、信じてくれる人は居たんでしょう! だからこうして今でも無事に生きていられる! ネットはクズの集まりなんかじゃない! あなたがクズを見つけているだけです!」


 議論がヒートアップしたところで泣き声が入ってきた。


「お願い……お願いだから……やめてよ……燐火ちゃんと父さんの争いなんて見たくないよ」


 さすがに彼女の泣き顔を見てしまっては二の句が継げず、そこに奥から「お茶が入ったわよ」という言葉が来て、私たちは玄関から室内へ移りました。


 彼女の家は広く、話し合いをしているのが居間なのかただの一室なのかはよく分かりませんでした。


「先ほどは熱くなった、すまない。この子の友達でいてくれていることは確かに感謝する。だがそれとこれとはまた別だ」


 私もお茶を一杯すすって気分を落ち着けてから言います。


「私もね、ネット上のみんながどうこうとはあなたに言いませんよ」


「ほう……折れるのかね?」


「そもそも私は燐火ちゃんを認めて欲しかっただけですから。話し合っている間にいろいろ主張がついてきましたがね……」


 おじさんは渋い顔をした。


「私が配信者に迷惑をかけられたのは知っているのだろう?」


「はい、聞いた上でそう言っています」


 彼は頭に手をあてて押さえている、私が主張を一切曲げる気がないので頭痛がしているようです。


「配信者が人に迷惑をかけても存在すべきだと想うかね?」


「そもそも配信者以外だって迷惑をかけているでしょう?」


「……」


「結局、人間は一定の割合でクズがいるんですよ。あなたはたまたまネット上でそのクズに当たっただけです」


「……一つ言いたいのだがね……私はその件でたくさんの友人や知り合いが離れていったよ、仕入れ先などの金で繋がっているとこは表面上変わらなかったがね。娘にはそうなって欲しくないんだよ」


 やれやれ、やっぱりこうなるか……燐火ちゃんは結構重いからこれは言わないでおこうと思ってたんですがね。


「たとえ燐火ちゃんが炎上して友達がいなくなったとしても、私だけは確かに友達です。それはそうなっても変わりません、あなたは娘の確かな友達を切り捨ててでもネットと縁を切らせたいんですか?」


「……はぁ……」


「一応聞いておこう、君は『いつまで』娘の友達でいてくれるんだ?」


「ずっと、です」


「その言葉に嘘はないかね?」


「ええ、もちろん!」


「燐火、彼女は本当の友達だと想うかね?」


「もちろんだよ! 凪ちゃんは誰より大事な私の友達だよ!」


「わかった……」


 私たちがドキンとしてその言葉の続きを待つ。


「凪くんだったかな? 君が燐火の友達でいてくれる間は配信を許そう、いいか、、だぞ」


 こうして私たちの勝負は勝ちに終わりました。正直なところ負けでもしょうがないと思っていたので許可が出ただけでも御の字です。


「やったね! 凪ちゃん!」


「あなたとの付き合いも長くなりそうですね」


「ふふふ、そうだね! 私は凪ちゃんと一緒にいられるんだよね!」


 そう言って笑顔になる燐火ちゃん。その笑顔はこの上なく可愛くてしょうがないのでした。


 そして帰りの電車の中隣に座っている燐火ちゃんは私にもたれかかって寝息をたてていました。よほど疲れたんでしょうね。


 私は彼女がこれからも楽しく配信をしていけることが決まったので、それで良しとしました。


 いつもの見慣れた町について、隣の燐火ちゃんを起こして私たちは自宅と配信部屋へと帰宅するのでした。


 私は分かれ道で握手をギュッとして自宅へと向かいました。彼女が配信部屋の方へ返っていくのを確認しながらそれをしばらくの間見守っていました。


 私は自宅に帰って心底疲れたのでお風呂に入って冷や汗を流して自室に戻りました、そこでつけっぱなしのPCの画面に映っている配信ページをリロードすると、見慣れたアバターが楽しそうに配信をしていました。せっかくなので私はそれを睡眠音楽に聞きながらベッドに入りました。

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