電車にて

 県庁所在地まで電車で一時間強かかります。その間に彼女の父親についての情報を聞いておくことが必須だと思われました。


「燐火ちゃん、なんでお父さんはそんなに配信を嫌いなのかな?」


「父さんもね、始めは興味なんて無かったんだって。何事もなければ良かったんだけどね……父さんの会社への誹謗中傷を配信者が始めてね……訴えてももらえる額は微々たるもの、その上民事訴訟をしようにも訴訟費用を用意するのが大変そうだからって放置してたんだ。そうしたらどんどん過激になって言っちゃって、最後には取引先にまで迷惑をかけて配信者はアカウントをBANされたんだ」


「それは災難でしたね」


「しかもそのせいで取引先が減っちゃってね、配信者は絶対に許さないって言ってるんだ」


 私は思っている以上に相手が悪いのではないかと思えてきました。炎上を得意とする私と、炎上を嫌っている燐火ちゃんパパ。分が悪いのは私の方ですね。しかし私は燐火ちゃんを泣かせて平気な顔をしている人を許せるほど心が広くはありません。私は私の生き方を否定されるわけにはいかないのです。


 ネット上にしか居場所がない? それの一体何が悪いというのでしょう?


 寂しい人だ? あなたはあなたの目の前の人の本性をどれだけ知っているというのでしょう、結局、分かった気になっているだけではないですか。


「凪ちゃん、怒ってる? ごめんね、私のせいで」


「違います、あなたに対しては一切怒っていません、私が怒っているのは世の中の常識というやつに対してです!」


 ガタン、ゴトンと社内は揺れる。私のいらだちもなかなか収まりそうにはありません。しかし私はもうここで一歩も退けないラインを踏み越えてしまっていました。


「凪ちゃんってもしかして経験があるの? その……炎上とか……」


 私は少し考えて答えました。


「ええ、ありますよ。きっと、誰よりも多く……ね」


 一回や二回の炎上で配信者が嫌いになるって? 私は一体何回の炎上をしてきたと思っているのですか? 調子に乗りすぎでしょう。


 常勝無敗のレスバトラーの真骨頂を見せてあげようじゃないですか! ネットは怖いもの? くだらない、結局は人間の問題なのです。


 ネットに居るのは人間なのです。いくら性格の悪いやつがいたっておかしくはないのです。人間社会に嫌なやつは当たり前のようにいるのにそれがネット上だと途端にキレるような連中が多いですね、ネット上にも嫌なやつはいるのですよ。


 私は全力でそう主張しなければなりません、私のネット上での存在を全否定をされるわけにはいかないのです。


「凪ちゃん、ありがとね、私のためにここまでしてくれるなんて……」


 燐火ちゃんは顔を赤くしています。ですが違うのです。彼女の父親と言ったミクロな問題ではなく、これはネット上の全体的な問題なのです。


「気にしないでください、私は私のやりたいことをやっているだけです」


「凪ちゃん、私は凪ちゃんの味方だからね、私が助けてあげられるように困ったときは私に相談してね」


 列車が揺れながら、私の身体からは闘気のようなものが出ているのでしょう。全てはネット上の自由を守るために、です。


 そして列車は進んでいき、窓の外の景色は移り変わり、山ばかりだった線路脇に建物が増えてきたことに緊張し始めていました。きっとそれなりの家なのでしょう。私はそれを相手にするのです。一体どれだけ分が悪かろうと私は全力を尽くすだけです。


 そうしてゴトンとコンクリートに包まれたホームに電車は停止しました。


 さて、今日は長い一日になりそうですね……

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