燐火ちゃんのホーム
その日、私は割と元気でした。だからでしょうか、その奇妙な感じを理解できたのは……
登校をしながら、今日も燐火ちゃんがそろそろ底抜けに明るい声を脳天気にかけてくる頃だと思っていました。しかし彼女の通学路との合流場所になっても一向に声がかかりませんでした。私は手元のスマートウォッチで時間の確認をします。狂うことのない正確な時刻が予鈴五分前を指しています。この時間は一番人が増えるときで、いつもならまだ待っていてくれている時間でした。
ふと、前を歩いている子に目がとまりました。あの後ろ姿は……
「燐火ちゃん、おはよ」
私は精一杯の勇気を出して彼女におはようと言いました。そこに居たのは間違いなく彼女だったのですが、「おはよう」とだけ返されました。
私はネット上では忌み嫌われていますが、リアルではぼっち以上の事はしていません。私が何か彼女の機嫌を損ねたのでしょうか? 昨日は楽しくゲームをプレイして楽しんだじゃないですか?
一体何が気に食わなかったのでしょう。さっぱり分からないまま彼女を見送って少し後を歩いていきました。
お昼休み、彼女はどこかへ行ってしまいました。てっきり私と関わるのが嫌になって陽キャグループへ復帰しようとしているのかと思いましたが、彼女の姿は教室内のどのグループにも見えませんでした。
私はなんだか釈然としないまま、お弁当を持っていつものぼっち飯スペースへと向かいました。一人で食べることはいいのですが、私の席の隣に陽キャが座って『どいてくれないかなー』というオーラを発するのでぼっち飯の時は基本的に目立たないように階段の一番下。その裏側の人の目が届かないところに向かいます。ぼっちは孤独な場所を探すことになれているのです。
「あっ……」
「あっ……」
そこにはよく知る顔が先客として待っていました。
「燐火ちゃん、どうしたんです? ここは私の指定席なのですが?」
「そうなんだ……ごめんね、ここ、落ち着くからさ……」
私は同じ場所に座り彼女とお話をすることにしました。今を逃したら彼女がどこか遠くの届かない場所に行ってしまうような気がしたからです。
「で、何があったんですか?」
「え……?」
「何も無しにそんな唐突に人は陰キャになりませんよ、陰キャって言うのは生まれつきな物なのです、そんな明日から陰キャになるわって言って簡単に慣れるものではないんですよ」
「厳しいなあ……何もせず空気のようにいれば勝手になれるのかと思ってたよ……」
「何かあったんでしょう? 聞きますよ、聞くことくらいしか出来ないんですがね……」
自分の無力さが嫌になります。もし私に力があれば彼女から悩みの全てを絞り出したでしょう。しかしそんなことが出来るほど私は強くありませんでした。
「その……あの部屋をね……『一人暮らしをしてみたい』って言って借りてもらってたんだ……」
肩が震えています、よほどのことなのでしょう。
「この前ね、その嘘がバレちゃって……配信のこともバレて……長いこと話し合いになってたんだ……大丈夫だと思ったんだけどね……ダメでさ」
目が潤み始めました。私には少々重い話のような気もします。
「結局一人暮らしは認めるが機材は全部撤去、今後配信は禁止って言われちゃったんだ……」
「そうなんですか……」
彼女の配信をしているときの画が頭の中でちらつきます。それは光るような笑顔でリスナーからのスパチャを読み上げていたり、私と本気のゲーム勝負をしたり、時々はフリートークをしたり……
「うぇぇえん……凪ちゃん……ぐずっ……助けてよう……」
「まだ機材は撤去されていませんか?」
「うん……今度来る引っ越し業者に任せるって……」
「じゃあ私は止めてみますよ! その計画を!」
ちなみにノープランです。怒りにまかせて計画をぶち上げましたが、何のプランもありません。ただ感情的に私はそれを止めたいと思ったのでそう言っただけでした。
「凪ちゃん、助けてくれるの……?」
不安そうに言う燐火ちゃんに私は精一杯のハッタリをかましました。
「大丈夫です! 私がいれば何だって出来るんですよ!」
「うわああああああああああんんんん……ありがとね……本当にありがとね……」
抱きついてきて号泣されました。何にせよ、私はこの私を完全な陰キャだったところから少しくらいは日の当たる場所を見せてくれた彼女を裏切りたくはありませんでした。
「で、誰がその配信権の剥奪を決めたんですか?」
「父さん、あの人は固いから……こういうのが嫌いだったのかも」
得てしてよくあることです。Vtuberという初めて聞く概念に拒否反応を示すのは仕方ないでしょう。しかし本人の意志を曲げることだけは許されないのです。
「燐火ちゃん、あなたのお父さんが帰ってくるのはいつ?」
「七時くらいかな……」
「
「でも……もう配信は……」
「違います」
私は諭すように言います。
「あなたの実家に行きたいと言っているんです」
「えっ!?」
燐火ちゃんは大いに悩んでいました。長考をした末に頷きました。
「分かったよ、凪ちゃん! お願いします! 私にもっと配信をさせてください!」
「いいですよ! 私は口げんかに負けたことは無いんですよ?」
「じゃあ、家に来てくれるかな?」
「任せてください!」
「ありがとう!」
ようやく彼女は笑顔でそう言いました。私は彼女の笑顔がとても眩しくて、それを奪おうとしている人たちを許すことが出来ませんでした。
――放課後
「じゃあ、行こうか」
「そうですね、燐火ちゃんのお家に行くとしましょう」
彼女はこちらに手を差し出してきます。
「一人じゃ怖いからさ、手を繋いでくれる?」
「わかりました」
こうして手を握って私たちは燐火ちゃんの家へ向かいました。
何故か駅まで連れてこられます、自宅だったはずでは?
「あの……燐火ちゃん? 私たちは駆け落ちするわけではないのでは?」
「駆け落ち? 違うよ! 私の家は県庁所在地にあるの!」
マジですか……土地だけでも結構なお値段だった気がするのですが、そこまでお金持ちなのでしょうか?
私は不安になりながらも電車に乗って彼女の家に向かうのでした。
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