不穏な気配
その日、燐火ちゃんの配信を見ていると、なんだかソワソワしているような気がしました。
いえ、きっとそれも後知恵ですね。この時の私は何も気がついていませんでした。私はいつしか彼女の配信を楽しみに思えていました。
いつもと変わらない放送です。今回の配信はオンライン人狼でした。楽しそうに怖いとか、誰を処すかとかいろいろ考えていました。そしてその勝負はシスイの人狼側の勝利で終わりました。彼女の声色からは全くその事を感じさせないところが演技派でした。
その後、企画はFPSになり、シスイの配信にお呼ばれしました。私が敵を片っ端から倒している中、彼女は近距離で拳銃を使って苦労していました。それは難しいですよと言おうかとも思ったのですが、他のメンバーにも聞こえるのは心証が良く無さそうなので黙っておきました。
結局FPSで私たちのチームはそこそこのスコアで終えることが出来ました。誰が誰を責めるでもない平和な世界でした。
配信が終わったところで電話がありました。今回はFPSのフレンドとしての参加なのでボイチャはしていませんでした。
「なにー? ゲーム惜しかったねー!」
「そうだね、ねえ凪ちゃん、もっとプレイしているゲームがあるならフレンド登録しておきたいんだけど……ダメかな?」
珍しくしおらしい彼女にいくつかのゲームのIDを教えました。いつだって学校で会えるのだからその時に聞けばいいじゃないですかと思いましたが、彼女は思い立ったら即行動していたのでその一環かと思いました。
「凪ちゃん、ちょっと普通に勝負しない? バトルロイヤルで、長く生き残って方が勝ちって事で」
「配信の企画ですか?」
「ううん、個人的には凪ちゃんと思い切り勝負はしてなかったなって思ってさ」
私は記憶をたぐり寄せます、確かに彼女とゲームをしたことはあります、しかしほとんど全て配信の時にプレイしていました。クラフターゲームもバトルロイヤルも、FPSも将棋なんかもやっていました。しかしそれは全て配信をしていたときだと記憶していました。
なるほど、確かに個人的に燐火ちゃんと勝負したことはありませんでしたね。
「じゃあ何から行きますか? あ、かけ放題プランには入ってますよね?」
私はスマホをスマホスタンドに立てかけてスピーカーモードにします。
「うん、二十四時間使い放題に入ってるから大丈夫だよ!」
「よし、じゃあとりあえず格ゲーから始めますか!」
私は慣れない燐火ちゃんのキャラをボコボコにしてしまいました。彼女、ゲームが好きではあっても上手ではないんですね……
「次は私が選んでいいかな?」
「いいですよ」
「じゃあこれ!」
画面に表示されたのはテトリスでした。
「パズルゲーム得意なんですか?」
「んー……得意って言うほどじゃないけどね、他よりは勝てるかなって思って」
なるほど、得意ではないが勝てそうな線を狙っているというわけですね、良いじゃないですか、勝負といきましょう!
そうして十分くらいしてから……私は挑戦を受けたことを酷く後悔していました」
「燐火ちゃん、あなた強すぎませんか? 私あんなにテトリスが早く消えるの見たことがないんですけど」
「え? アレってすごかったの?」
「何を鈍感系主人公みたいな事言ってるんですか、圧倒的な強さじゃないですか!」
「ふへへ……そうなのかなあ……」
「私がパズルゲームを苦手って言うのを含んでもあなたの強さは異常ですよ」
「まあ私も昔は一人遊びばっかりしてたからね、玉をくっつけて消すやつとか延々やってたなあ……」
電話越しにでも彼女が遠い目をしているのが分かるようです。感傷に浸るのも結構なんですがね、私だって負けっぱなしというわけにはいかないんですよ!
「じゃあ次は私が選びますね、ストラテジーゲームです! これは勝てますよ!」
そして二十分後……
「何ですかあのユニット建造の早さは……移動経路が全く読めないし、あげく奇襲まで仕掛けてくるとか……プロですか? プロなんですか?」
「ないない、私一人で遊べるゲームなら得意だって行ったでしょ? 私も昔はぼっちでさー、ゲームに誘えなかったんだよねえ……そのまま一人用ゲームばかりやってたからさ」
「そ、そうなんですか……苦労したんですね」
「うん! 次のゲームも凪ちゃんが選んでいいよ!」
多人数ゲーム……うーん……
「じゃあ魔物ハンターでもやりますか?」
「アレってチーム戦でしょ?」
「そうですよ、だから倒れないようにしてくださいね?」
にこやかにそう言ってそのゲームを起動した。
「おっと、フレンドコード渡してませんでしたね。このゲームのコードは*****ですので登録お願いしますね」
「オッケー登録できたよ、承認で良いんだよね」
「いいですよー、それじゃあアンッコッコ先生の討伐にでも行きましょうか!」
「おー!」
そして十分後……
「私が守ってるのにどうやったら先生で三乙も出来るんですか……」
私は呆れながらそう言いました。敵は初心者向けの大型獣、所謂チュートリアル的な役目を持った敵です。基本的なことが出来ていればここで倒れるようなことは滅多にありません。彼女もこのクエストを出しているならそれなりの腕があるはずです。
なのに蓋を開けてみればあっという間に三回倒れてクエスト失敗でした。
「私にチーム戦は向いてないんだよー」
「あなた……配信をするならコラボしたときに味方の足を引っ張らない程度には上手くなっておいた方がいいと思いますよ?」
「正論で突き刺すのはやめてよ! 言葉の暴力だよ!」
「だって……ねえ……得意じゃないのはしょうがないにしても迷惑をかけるレベルなのはどうかと思いますよ?」
「うぐ……じゃあ凪ちゃんが特訓してよ! 私を参加できるまで引き上げてよ!」
「しょうがないですねえ……」
私はそれからわなや爆弾の使い方、武器による特性の違い、ジャンプや回避行動の使い方、主なボスモンスター相手の立ち回りを燐火ちゃんの頭に流し込みました。
「ふへ…ふへへ……今の私なら誰にも負けない気がするよ!」
「それは負けフラグって言うので気をつけましょうね?」
そうしてしばらくゲームをやってドラゴンの最弱種程度なら狩れる程度に成長した燐火ちゃんを見て、やっぱり飲み込みが早いなあと思いました。
「ねえ凪ちゃん! 他にもゲームの練習しようよ!」
「別にそれは構わないのですが……あなたの時間は大丈夫なんですか? 結構夜ですよ今は」
そこから聞こえてきたのは底抜けに明るい笑い声でした。
「大丈夫になったんだー! 私はもっと凪ちゃんにいろいろ教わりたいんだよ! 立ち回りから倒し方、レースゲームでの妨害の仕方や、運ゲーでの乱数調整とかね!」
「最後のはちょっと私の手には余るのですが……何をそんなに急いでるんですか? 私たちはまだ受験シーズンとはほど遠いんですよ? そんなに焦って必死にならなくても……」
「うん……まあ燐火ちゃんとはこうして好きなことが喋れるからね、ついつい甘えちゃうんだよね、こういうのをバブみって言うのかな」
「どこでそんな言葉を覚えてきたんですか……」
「それはもちろん……」
「言わなくて良いです、私からすれば余り関わりたくはないので」
あの近辺に実名を出して関わる気はサラサラありません。匿名でなら何でも書き込みますがハンドルと紐付くと途端に特定班が動き出します。
「ねえ凪ちゃん……私たちって友達だよね?」
「あなたが私をどう思っているかは知りませんが、私はあなたを一人の友達だと思っていますよ」
「そっか! じゃあ私たちはずっと友達だね!」
「あなた何かあったんじゃないですか? そんな死亡フラグみたいな台詞を連発して……」
「そっかなー私にそんな気は全然ないんだけどな……」
ノイズが電話に混じりました。回線品質は良いはずですがおかしいですね……
「ねえ凪ちゃん……もしも……私が凪ちゃんに配信料を渡せなくなっても友達でいてくれるかな?」
「なーにを言ってるんですか! こっちはあなた一人くらいしかまともな友達がいなくて困ってるんですよ? 配信料くらいどうとでもなるでしょ、私にはあなたが側にいてくれた方がよほど嬉しいですがね……」
「そっか、うん……ありがとね」
そう言って電話は切れました。拭いきれない違和感を覚えながら私は日課のメールチェックを行い眠ることにしました。
――何処か
「良かった……友達でいてくれるって……良かったよぅ……」
彼女はぬいぐるみを抱えて嗚咽を漏らしていました。しかしその声はもう切ってしまった電話に乗ることは決してないのでした。
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