燐火は凪の手料理が食べたい
「はぁ……」
私はお昼を前にため息をつきます。しくじってしまいました。
「どうしたの? 何かあった?」
燐火ちゃんはそう話しかけてきてくれました、良い子ですねえ……私みたいな割とクズ目な人間と付き合うにはもったいないのではないでしょうか。
「いえ、実はお弁当を忘れまして、お腹が空いているわけです」
「あらら、じゃあ今日のお昼は抜きですか?」
「学食に行ってもいいんですがね、ちょっとこれが無いもので」
私は財布をぷらぷら振ってみます。小銭の音もしませんでした。
「ねえ凪ちゃん、私この前お料理配信をやったんだけどね」
「あなたは本当に何でもやってますね」
彼女はそれでも言葉を継いでいく。
「それでね、その時の食材が余っちゃって、凪ちゃんもお腹が減ってるなら一緒に食べたいなって」
ふむ、お料理配信は見ていませんが彼女の経済状況から推察するにそれなりに良い食材があるのでしょう。たまには豪勢なご飯も悪くないかもしれませんね。
「それはいいですね、じゃあお邪魔しましょうか」
「うん! 凪ちゃんの手料理ってすっごく楽しみ!」
「は!?」
「え?」
「いや、私が作るんですか? お料理は出来るんでしょう?」
彼女は胸を張って言いました。
「配信っていうのはね、すっごく上手か、すっごく下手な方が数字が稼げるんだよ?」
威張っていうことでもないでしょうに。まあ高価な食材を提供してくれるなら悪くない取り引きです。
「分かりましたよ、作ります」
「やった!」
彼女は喜んでいますが、私は高級食材の調理などやったことがありません。放送もしていないのに事故る可能性もあるわけですが……お腹の減りには敵いませんでした。
午後の授業を血糖値が下がったまま受けて脳内に余り内容が残りませんでした。公式やイディオムをいくつか教えられたような気がしますが記憶に残っていません。
「凪ちゃん! 帰ろっか!」
「そうですね」
こうして二人で燐火ちゃんの配信部屋に向かいました。未だに彼女の自宅は知りませんが、いいたくないことを詮索する必要はないでしょう。
「ふぅ……落ち着くなあ」
「まるでここが自宅みたいですね」
「そうかもね、私はここに長く居すぎたんですよ」
遠い目をして部屋を眺めています、そこには深い事情があるのだろうと思いますが、人間関係の地雷を踏み抜かないためにもそこは黙っておきます。
「じゃあそこの冷蔵庫のものは使っていいよ、値段は気にしなくて良いからね」
「はーい」
私は冷蔵庫に向かってドアを開けます。高そうな魚介類や、牛肉、きのこ、有機栽培のマークが書かれた紙に包まれている野菜などがあります。
さて、何を作りましょうか……どれも高級で全部を食べたいと思えるような品物でした。
ふと隅の方に目をやるとカレールーがありました。多くの素材を入れられて美味しいということで私はメニューをカレーライスに決定しました。
「燐火ちゃん、カレーで良いかな?」
「いいよー、ご飯は冷凍の奴でいいかな?」
「そうですね、二人分ありますか?」
「あるよ! この前炊き過ぎちゃってね」
素材は問題なしというわけですか。じゃあ早いところ作ってしまいましょう。
シーフードの下処理をしながらきのこの石突きを切っていきます。どれも高級そうなのでどれを入れようか考えましたが、王道のマッシュルームにしました。
野菜の皮をむいてザクザクと切って、お肉も切っておきます。私の家では薄切りが使われるのですが、燐火ちゃんは豪勢に塊のお肉を使用したようでした。
バターでお肉と野菜を炒めて、良い感じになったところで他の材料を入れて水を入れ煮込み始めました。高い材料だけあって良い香りが漂ってきます。
「凪ちゃん、いい匂いだね」
「そうですね、素材が良いからでしょう」
しばらくは煮込み時間なので彼女とおしゃべりでもしましょうか。
「美味しいの出来そう?」
「ええ、素材の味が良いですから」
「でもね、もっと良い材料も買えたんだよねえ……私が作るんだからって妥協したんだけど、凪ちゃんが作ってくれるならもっと良いの買っておけば良かったなあ……」
「燐火ちゃん、一応聞いておくけど食事はちゃんととってるんだよね?」
「大丈夫だよ、家に帰れば料理があるからね……」
そこに深い闇を感じたので黙っておくことにしました。
「そろそろ煮込みは良さそうですね、ルーを入れてきますね」
「うん!」
私は鍋を空けてカレールーを投入します。やはりカレーの匂いはいいですね。
しばらくコトコトと煮込んで完成しました。冷凍庫からご飯を二つとりだしてレンジにかけました。これで煮込んでいる間に良い感じに温まるでしょう。
「凪ちゃん、ご飯そろそろ出来る?」
「はいはい、できますよ」
ピー
レンジが鳴ったのでご飯をとりだし、二つのお皿に盛ってカレーをかけました。食欲をそそる見た目ですね。
「はい、食べましょうか」
私は彼女の所に料理をもっていってそう言いました。外食は平気ですが人の家で食べる食事とはなんだか妙な緊張感がありますね。
そんなことを考えていると迷わず燐火ちゃんはスプーンを口に運んでいきました。
「美味しい! 凪ちゃん料理上手だね!」
「そうですか? それはどうも」
私も自分のカレーを食べてみます。高い材料の味がしました。
「いけますね、これ」
「そうだね!」
黙々と食事をしてから食器を洗い燐火ちゃんの配信部屋を後にしました。太陽はほとんど沈むような時間でしたが彼女の部屋の明かりが消える雰囲気はありません。門限がないのか、あるいは……
やめておきましょう。せっかく美味しいものを食べたのですから勘ぐるのは良くないですね。
そうして私は自宅に帰りました。その晩の自宅での食事は配信部屋で肥えた舌には少し物足りないのでした。
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