燐火とカフェと写真映え
私はその日、気分良く歩いていました。何しろ自宅のストレージが新しくなりましたからね!
以前持っていたNASから新型に変えたので容量が倍くらいに変わりました。せっかくなのでRAWで写真を撮ってそのストレージに保存してみようかとその辺をぶらぶらしています。
「あっ! 凪ちゃん! おーい!」
その声は……
「よく会いますね、燐火ちゃん、この辺に住んでるんですか?」
「ええっと……うんっと……」
「ああすいません、おっしゃりたくないなら構いませんよ」
「いや、言いたくないわけじゃないんだよ? ただちょっと最近ここに出来たカフェに行こうと思っててね」
そういえばこの辺に喫茶店が一つ出店したという話は聞きました。
「そうですか、別にいいんじゃないでしょうか」
じー……
「……」
じー……
「あの……もしかして私に付き合って欲しいとか思ってます?」
「うん!」
とても良い笑顔でそう言ってくる彼女に呆れながら、私は断り方を思案していました。カフェで呪文のような注文をして甘々なドリンクを飲むとか柄じゃないんですよね。
「私はちょっと……」
「まあまあ、身内でみるだけのSNSだからさ」
「何をしれっとアップロードまで前提にしてるんですか!? 普通に嫌なんですけど」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
私は露骨に嫌そうな顔をしました。私は写真を撮られると魂をとられると思っていますので無理ですね。
「私はカメラが嫌いなんですよ! 顔認証とバーコード読み取り以外に必要無いって思ってますもん」
すると燐火ちゃんは可哀想なものを見るような目でこちらを見ました。
「そう……凪ちゃんはキラキラした仲間がいないんだね……」
「さらっと失礼ですね」
「それはともかく、凪ちゃんも付き合ってくれない? 一人だと入りにくくってさ」
「私は一人でも余裕で入れますがね。そんなに人の目が気になりますかね?」
「え゛!?!?」
「なんですかその驚き方は」
「だだだだって! 一人で食事ですよ? 寂しくないんですか!?」
この子は人の目を気にしすぎじゃないでしょうか?
「一人だからなんだっていうんですか、私なんてぼっち飯ばかり食べてるんですよ」
「ぼ……ぼっち飯……そんなものがこの世にあるなんて……」
失礼な人ですね、一人で食事をとることくらい全然普通でしょうに。
彼女は宇宙人でも見るような目で私を見ています。一体何が不思議なのでしょう。人類がこれだけいるのだからあぶれる人の一人や二人出てくるのが当たり前でしょう。
「別にどうって事はないですよ? 試してみてはどうです?」
首をブンブンと振って否定しました。
「無理です! 絶対無理! 一人でカフェに入るとか普通に無理です!」
「気にしすぎだと思いますが……」
「そんなわけで一緒にカフェに入ってくれないかな?」
「そんなわけでって……あなただって一人で来てたって事は一人で入ろうとしてたんでしょう?」
そこが疑問です、私がたまたま通りがかったからいいようなものの、通らなかったらぼっちカフェになるんじゃないでしょうか?
「それは……まあ凪ちゃんがこの辺にいるような気がしたんだよ!」
「えぇ……普通に怖いんですが……」
そんなやりとりをしていると手をがっしり掴まれカフェに連行されたのでした。マジでなんで私がいるって思ったのでしょう?
「まあまあ、落ち着いて、ここは私が奢るからさ」
「しょうがないですね……」
私は人の好意は素直に受け取るタイプの人間なのです、決して奢りだからと高いものを注文してやろうと思ったわけではなく……
「フラペチーノラテトールクリームありで」
「はい、そちらの方は」
私は急に振られて反応に困り、注文をなんとかしました。
「同じものを」
なんですかこの無駄に長いメニューとオプションは……
そうして少し待っているとクリームがたっぷりのった薄茶色の甘みの漂ってきそうな液体が出てきました。私がもっと年をとっていたら胃もたれしたでしょうね。
「じゃあテーブルは……」
「あそこ! あそこがいいよ!」
彼女が指さしたのは窓際の強い日光が差し込んでいる席。他に誰も座っていませんでした。
「もうちょっとマシな席があるんじゃ……」
「いいからいいから! ほら! いくよ!」
そうして席に着きました。差し込んでくる日光が熱いです。
カップを手に取ってストローを加えようとしたところでストップをかけられました。
「凪ちゃん! 先に写真撮らないと!」
「ああ、映えってやつですか? 私は全く気にしないんですけど?」
「私が気にするの! せっかく来たんだから写真を撮っておかないと!」
そういってスマホを取り出します。
「私を映さないようにしてくださいね?」
「手だけ! 私と凪ちゃんが持ってる様子を撮りたいの! いいでしょ!」
「はぁ……分かりましたよ、こうですか?」
片手でカップを掴んで燐火ちゃんのカップの隣に動かしました。
「そうそう、それで動かないでね」
カシャリと音がして撮影されました。
「もう飲んでいいですかね?」
「あ、うん、いいよー」
ズズッとストローで吸うと砂糖の塊のような甘い液体が私の口の中に飛び込んできました。
「甘っ!?」
「あははー、凪ちゃんはあんまりこういうお店に来ないのかな? 甘いので有名なんだよ」
「飲み過ぎたらデブリそうなほど甘いですね」
燐火ちゃんは楽しそうにいいます。
「糖分に美味しさで勝てそうなものっていえば脂くらいしかないんですよ?」
「それについては同意しますよ」
体に悪いものって大抵美味しいですからね。
そう言ってから彼女もストローを加えて飲み始めました。大きなカップ一杯のクリームを吸いきるのに苦労しているようでした。
私は早々に飲みきってスマホでログボを稼いでいました。
「凪ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとうね!」
飲み終わった燐火ちゃんがそう言います。私は大したことをしていませんがね。
「このくらいならまた付き合ってあげますよ、まあ偶然会うようなことがあればですけど」
「ホント!? ホントだね?」
なんでしょう……何かのフラグが立ったような気がしました。
席を立ってお礼を言っておきます。
「ごちそうさまでした、また明日ね」
「うん! また明日!」
彼女はそう言って一緒にカフェを出ました。
「じゃあ私はコレから配信だから、またね!」
こうして私たちのお休みは終わりました。
帰宅後、凪ちゃんの配信を見ると、早々に私とカフェに行ったと匿名ではあったものの公開情報にされて私は心配で身もだえするのでした。
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