もゆる、低スペを煽ってキレられる

 日曜日、明日が月曜であることを除けば心地の良い朝です。私は目が覚めたので顔を洗って朝食を食べました。そういえば最近は燐火ちゃんと遊ぶことが多くて掲示板やSNSで煽る事が減ってきていたことに考えが至りました。


 別に醜い争いをする理由にはならないのですが、私の身体が闘争を求めていました。


 とはいえ、煽り合いは最後にとっておくとして一通りPCでやることを済ませておきましょう。


 食べ終わった朝食の食器を洗って部屋に戻ります。デスクトップPCを起動してメーラーで何か届いているか確認します。一通り見ましたが通販の発送通知くらいしか重要な内容はありませんでした。


 後は……githubですかね。


 私は誰も使う人のいないソフトのページを開きます。ここは自己満足で作っている趣味の場所なので誰が見ようが見まいが関係なく続けていこうと思っている場所です。


 一つのソフトのスターが大量に増えていることに気付きました。確かこれはエディタだったはずですね。vimやEmacsがある中あえてこれを使う人も少ないだろうと放置していた品でした。


 イシューはロクに来ていないのに異様に増えたスターの数……ここで私は可能性に思い至ってリポジトリへのリンクを検索にかけました。すると案の定掲示板がヒットしました。どうやら晒されてしまったようです。


 晒す方も暇にもほどがあるでしょうと思ってリンク先を開いてみました。そこに書いてあった内容は……


『このソフト重すぎ』


『いくら処理系が重いとはいえ動作が遅すぎる』


『富豪的プログラミングの悪い例』


『作者はスパコンで動かしてたのかな?」


 そんな内容が並んでいました。私は当然そんな言いがかりを認めるわけは無いので名無しで参戦しました。


『そうか? 俺の環境じゃ軽いぞ?』


『嘘だろ……RAMそこそこ積んでるのに重いぞ』


『プロセッサとかRAMとかどのくらい積んでるんだよ?』


『プロセッサは一世代前、RAMはそこそこゲームが動くくらいだぞ』


 そして返答が返ってきました。


『ゲーミングPCかよ、そりゃ動くわ』


『ゲーミングは無駄にスペック高いしな』


『一般人はペカペカ光るPCを買わないって事くらい知っておけよ』


 私はそれに対して返信をしました。


『はぁ? 私が使ってるのは一般的なスペックだが?』


『お前にとってはそうなんだろ(略)」


『一般人は電気屋で店頭に並んでるPCを買うぞ、ゲーミングとかから見たらちびるようなスペックを使ってるのを理解するべき』


『↑これはマジ、世間一般のPCは未だにオフィスの起動に分単位で時間がかかるのが生き残ってる』


 衝撃の事実でした。家電量販店の店頭でPCを買うにしたってスペックの高いものを買うと思っていました。本当にそのスペックでまともに使えるのかすら怪しい品が並んでいますが、アレは普通のスペックのPCを引き立てる飾りだと思っていました。


『低スペックで動くようになんて作ってないんでしょう、そのくらい分かろうよ』


『それにしたってエディタのくせに重すぎる。これが3Dゲームだったらこんな文句は出ない』


『なんで実行可能形式にしてるのかな? スクリプトだけ落として処理系を自前で用意したらそこそこの早さにはなったわ、バイナリが最悪の一言だな』


 くっ……こちらは親切心から実行が簡単になるようにバイナリ化をしたというのに使いにくいですと?


『じゃあ重い人は処理系を自分で用意してスクリプトを走らせればいいのでは?』


『↑お前初心者侮ってるやろ、処理系をインストールしてパスを通すのはPCを使ってても普通はしないことだからな』


『普通の人は環境変数をいじらないといけないようなソフトを使いませんが何か』


『俺も昔zipが開けないってメールもらったときは驚いたなあ……マジでそういう人多いよ』


 じ……zipが開けない……私は心が折れそうでした。え? 普通に右クリックして展開するだけでは無いのでしょうか? 誰でも使えるのがzip形式のいいところだと思うのですが……


『まあ自己解凍形式を置いておけって話だわな、アレはアレでアンチウイルスソフトが反応することもあるから困るっちゃ困るんだが』


『使ってると誰でも自分くらいのスキルはあるって思っちゃうことは多いからね、しょうがないね』


『このソフト、機能の割に重すぎるんだよなあ……vimでいいじゃんってなる、GUIならgvimもあるし』


『お? Emacsへの宣戦布告か?』


 ここから先はぐだぐだに論争が広がっていき、私のソフトの話題からは離れていきました。私は少しショックを受けてからふと気がつきました。身近にPCでソフトを動かせる人がいるじゃないですか!


凪:燐火ちゃん、ちょっといいかな?


 即、返答が返ってきます。スマホに張り付いているんじゃないでしょうか?


燐火:なになに? お願いかな?


凪:まあそんなところです


燐火:私に頼みたいことなんだね! 大船に乗った気持ちで相談してよ!


 彼女にそこまで信頼が置けるのかは微妙なところでしたが私は事情を話します。


凪:で、ちょっとこのソフトが重いかどうか動かして確かめて欲しいんですよ


燐火:凪ちゃんが作ったの?


凪:まあそんなところです


燐火:すごい! 凪ちゃんお手製だね! 大事に使うよ!


凪:そんな熱心に使わなくてもいいのですが、感想を聞きたくて


燐火:おっけー、使ってみて気になるところがあったら言うよ


凪:お願いしますね


 そうしてリポジトリから持ってきたexeファイルを送信して感想を求めたのでした。


燐火:うーん、これといって重いことはないけどなあ……


凪:忖度は不要ですよ?


燐火:そう言われても、起動も速いし機能が少ない以外不満はそんなに無いけどなあ……


凪:正直にそう思いますか?


燐火:もちろんだよ! 私は凪ちゃんにあんまり嘘はつかないよ!


凪:時々はつくんですね……


 まあなんにせよ、燐火ちゃんは普通に軽いと言っていたので改善の必要性もあまり無いようですね。どうせなら機能の実装の方が気分が上がるというものです!


 その晩、私はエナドリを飲みながら機能の実装を続けていきました。そしてしばらく経った頃にあることに気がついて燐火ちゃんにメッセージを送りました。


凪:あの、もしかしてさっき私が送ったソフト、配信用PCで動かしましたか?


燐火:そだよ? それが一番快適だからね


 私は彼女がもっているPCで配信用という高スペックなものがあったことをすっかりと忘れていたのでした。


 その後仮想マシンでクロックとメモリを絞った環境で私のソフトを動かしたところ、そりゃ重いって評価になりますね、という結論に思い至るほどそのソフトは重かったのでした。

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