もゆる、保有サーバが消える
「びゃああああああああああああ!!!!!!」
私としたことが、思わず叫んでしまいました。ドアをドンと殴られました、早朝の絶叫は思った以上に遠くまで響いたようです。
私が見ているのはこれが夢でないのなら二十四時間稼働させているPC、要はLEDの消えたサーバだ。LEDが青くなる代わりに顔が青くなりました。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
これは本格的にヤバいです。落ちてはいけないものが落ちています。あり得てはいけないことが起こっています。そういえば時計が四時を指しています、起きたときの記憶の始まりはバチンという音でした。
私は恐る恐るサーバの電源ボタンを押します。
プツッ
ボタンを押し込む音がして起動が始まります。そして画面に表示されるOperating System Not Foundの無慈悲な文字列……
私はそれをしれっと見なかったことにしてサーバのカバーを開けほとんど望みがないのは承知でHDDを引き抜きました。
メインで使っているPCのカバーを開け、そのディスクをベイにも差し込まず直置きしてケーブルを繋いで起動してみました。
何の変化もなく起動します。一縷の望みをかけてコンピュータの管理を開いてディスク一覧を調べてみます。一切……全く、一つたりともドライブは増えていませんでした。
つまりは答えはたった一つ。
「ディスク、死んだの?」
その問いかけに答えてくれる人はいませんでした。私は絶望に包まれながらもう一眠りしようかと考え、結局、バックアップからのサルベージを始めることになりました。
残念ですがディスクイメージを全部バックアップしていたりはしません。その容量分好きなデータを詰め込みますからね。気休め程度にある外付けHDDもありますが最新版ではありません。
今日一日の予定が図らずも決まってしまったことに気落ちしながら目覚ましのアラームが無情に鳴り響くのを聞きました。
早着替えをしてキッチンへ行きます。用意してあったパンと目玉焼きをまとめて珈琲で流し込んで冷蔵庫のエナドリを一本開けて飲みました。早めに起きたせいで眠気が辛いのでした。
「ふぁあああ…………」
眠い……なんでこんな日でも普通に学校はあるんですかね? 隕石でも落ちて消え去ってくれませんかね……
「おはよ!」
「おはよう……燐火ちゃん」
いつもの元気な燐火ちゃんは私のこの日の予定など知らずに明るく話を振ってきました。
「なんか元気ないねー? 何かあったの?」
「いえ、ちょっと今朝データが飛んでついでに気も遠くなっただけです」
燐火ちゃんはなんとも言えない渋い顔をしました。
「経験者みたいな顔ですね……」
私は眠気の残る目で燐火ちゃんを見ながら聞いてみました。
「あはは……私も配信用のデータが消えて途方に暮れたことがあるからねー……最近大容量のHDDを買うことにしたんだ、うん、お気の毒様だね」
「そうですか、あなたもそれなりに苦労してるんですね」
燐火ちゃんは不思議そうに私を見ます。
「凪ちゃんも消えて困るデータとか持ってるの? あっ……」
勝手に言葉に詰まっています。
「勝手に人をエロデータ収集家みたいな目で見ないでください! 普通のデータですよ!」
「私はまだ何も言ってないんだけどなあ……」
心外そうな顔でそう言っていますが、目は明らかにそういうものを見る目をしていました。
「今日はサルベージかな?」
「ですね、システムの再構築までやらないと……」
「システム?」
「ああ、データが飛んだのはウチのサーバのシステムディスクなんだよね。本当に追加でHDD買っておくべきだったんでしょうねえ……」
燐火ちゃんはポカンとした顔で聞いてから気の毒なものを見る目をしました。
「よく分かんないけど大変だったね……」
「ええ、今日はデータ復旧に一日かかるでしょうね……」
「燐火ちゃん」
「なあに?」
「今日、一緒に遊びますか?」
燐火ちゃんは少し困った顔をして言いました。
「うーん……とっても嬉しいんだけど電気街についていくのはやめとこうかな」
燐火ちゃんですら私の今日の作業には付き合いきれないと断られてしまいました。
そうしていつもの退屈な授業は半分意識が飛びかかったまま受けることになったのでした。
キーンコーン
終業のチャイムと同時に荷物をまとめて家にダッシュしました。貯金箱からいざというときのお金を取り出しその後玄関を出て自転車で町の電気街をめぐることになりました。
一応世の中にはデータのサルベージ業者というありがたいお仕事をしている人もいるのですが、ちょっと高校生にはお高いにもほどがあるお値段がします。
店内でスマホに価格をメモってからショップをはしごしました。最安店でハードディスクを購入して一万円ほどを支払います。少しお高いディスクですが、サーバ用途向けの信頼性が高いものにしました。
「ありがとうございましたー」
店員さんの声を背中に聞きながら私はうんざりする作業に思いを馳せていました。
帰り道はできるだけ衝撃を与えないために徒歩での帰宅となりました。日がまだ高い頃に帰宅することができたのでそのままシステムの構築作業に入りました。退屈なのでシスイの配信をスマホで流しながらサーバにディスクを入れました。
シスイ:こんにちはー! 今日は皆の応援配信だよー! 作業をしている人たちは頑張ってね!
それが誰に向けたものなのか特定の誰かではなくみんなに向けての声なのかは分かりませんが、あの明るい声を聞いていると少し気が楽になりました。
OSをインストールしながら配信を眺めています。メッセージを送ろうかと思いましたが、収録の配信ではなく生配信だったのでそれはやめておきました。
USBメモリからOSをディスクに流し込みつつぼんやりとした目で配信を見ました。気が遠くなりそうな時間の後に起動ドライブを取り外してくださいと表示されました。
USBメモリを引っこ抜いて再起動しました。さすがはサーバ用ディスクだけあって安定していて静音でカッコンカッコンなるような死にかけのディスクとは大違いでした。
私はバックアップのあるものを片っ端からPCに繋いでネットワークディスクに放り込みます。
延々とデータの復旧作業をしているうちに配信の別れのあいさつが聞こえました。
シスイ:今日はありがとー! みんな頑張ってねー!
その言葉が聞こえて数分後に最後の外付けHDDからのコピーが終わりました。
それと同時にスマホにメッセージが届きます。
燐火:大丈夫かな? 終わった?
凪:終わりました、二度とやりたくはないですね……
黒い画面にコマンドを打ち込み続ける苦行はようやく終わったところでした。
燐火:よかった! じゃあまた今度、何もない日に一緒に遊びに行こうね!
そう返信されて私はその日の努力が報われた気になったのでした。
『二十四時間以上残ってるもゆる垢見つけた』
『珍しいな、耐久型か?』
『放置垢っぽいな、書き込みが全く無い』
『作るだけつくって放置した系か』
以下略
そのメッセージを見たのは翌日であり、私は言うまでもなくアカウントを削除することにしたのでした。
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