燐火、ブラクラを踏む

M:私は上級国民ですよ? ひれ伏せ


『やっぱ本物は違うな』


『最近偽物しか見なかったから一文でヘイトを集める本物、久しぶりだわ』


『なお上級国民ではない模様』


 ちっ……ネットの底辺からすれば私だって十分上級なんですよ。どうせこんな深夜までレスバをしている人たちなんてニートか無職でしょう。


『自称JKがこんな時間までネットやってんじゃねえよw」


『自称だからセーフ』


『コイツ友達について話したことが無いよな』


 余計なお世話ですよ! 私にはちゃんと友達がいるんですから!


 しかし私は冷静なのです。ここで安易に個人情報を晒すようなガバはしません。


 今日は分が悪いですね……


 私はポチッと閉じるボタンを押してルータの再起動をしました。後はスマホの飛行機を飛ばしてっと……


 私はIDを変更してから寝ることにしたのでした。


 翌日はなんだかスッキリしない朝でした。昨日の炎上を最後まで見ておこうかと思いましたが、どうやら書き込みが一杯になって落ちてしまったようです。


 ま、落ちたなら見る人もいないでしょう! 明日は明日の風が吹くといいますし、昨日のことはすっかり忘れてしまいましょう。


 用意されていた朝食のご飯とお味噌汁を食べて鞄を持って玄関を出ます。陰キャには辛い朝日が私に差し込んできます。太陽はもう少し陰の者に配慮して欲しいものです。


 愚痴っていてもしょうがないのでさっさと学校に行きましょうか。


 登校をしていると前方を歩いている燐火ちゃんが目につきました。はて、なんだか元気がないような?


 私は思いきって声をかけました。


「おはよう」


「えっ!? あっ!? おはよう凪ちゃん!」


 やはりなんだか元気がないようですね。


「どうかしたの? なんだか元気ないよ?」


 常時元気のない私がいっても説得力に欠けるのですが、燐火ちゃんはそんなことを気にしないようです。


「いやあ、昨日スマホゲームの配信やってたんだけどね……」


「どうかしたんですか? 昨日の配信は見てないんですけど」


「実はね……スマホが使えなくなったんだ」


「スマホが? またなんで……」


 燐火ちゃんは気が重そうに経緯を答えます。


「実は……配信中にリンクを見つけまして……」


「はぁ……」


 リンクですか、それを踏んで個人情報でも流したのでしょうか?


「それでね、スマホで開いたら閉じられなくなって……」


「ああ、ブラクラですか」


「ブラクラ?」


「昔から一部ネットに伝わる簡単なスクリプトですよ。私でも作れるレベルですね」


「凪ちゃんそんなもの作れるの?」


「作りませんがね、まあ基本的に単純なものだって話ですよ、スマホ貸してもらえます」


「はい」


 個人情報の塊をポンと人に貸すのもどうかと思うのですが、私を信頼してくれているのでしょうか?


 私はブラウザを開きます。JavaScriptのアラートが出ました、消したらもう一回出るやつみたいですね。


「えい」


 ぱすっとタブを削除すると警告画面は綺麗さっぱり消え去りました。


「これで普通に使えますよ」


 ちらっと見えたタブに『百合』とか『ガールズラブ』とか書いてあったのは見なかったことにしました。知らない方が幸せなことは多いものです。


「ホントに!」


 彼女はスマホをいくらか操作してから安堵の息をつきました。


「助かったよぅ……初期化しなきゃダメかなって思ってたの」


 ブラクラで初期化とはまた随分と思い詰めたものですね。私なんて掲示板に貼られたURLはTorにVPNを刺してから踏んでますよ。


「そんなことで初期化なんて要りませんよ。しょうもないイタズラですね」


 私にとっては日常ですからね。掲示板でヘイトチャージをするともっと悪質なスクリプトやグロ画像へのリンクが貼られますからね、この程度軽い方です。


「ねえ、凪ちゃんってあんまりスマホ使ってないの?」


「え?」


「いや、昨日私が送ったメッセージに既読がつかなかったから」


 ああ……レスバに必死になってスマホを放置していたのでした。スマホを取り出してみると未読メッセージがずらりと並んでいました。上から下まで未読通知で埋まっている様は恐怖すら覚えます。


「今読んだわ」


「そっか……よかった、嫌われちゃったかと思った」


「別にそんなことはないですよ、私は基本スマホを二十四時間見てはいませんからね」


「気にならないの?」


「現実の問題の方が大抵深刻ですからね……」


 ネットで叩かれているとついつい熱くなってスマホの方を放置してレスバに走ってしまう、私の悪いところです。


「しかし、配信しながらよくこれだけ送れましたね……」


 私もドン引きするようなメッセージ量でした。一画面に表示しきれないほどのメッセージを送ることは滅多にないですからね。


『今暇?』


『チャットしない?』


『ねえねえ』


『今何してる?』


『寂しいなあ……』


 それが通知画面を塗りつぶしている様は恐ろしいものでした。さすがに一人で送りすぎじゃないでしょうか。


「簡単だよ? 配信っていっても私のには休憩も挟んでるからね、見てくれないかなって思ったんだ」


 リスナー置いてけぼりにするのはどうかと思うのですが……配信しながらスマホを弄るってVであっても難易度が高いような気がするんですよ。


「凪ちゃん!」


「何ですか?」


「ありがとね!」


 私は久しぶりにお礼なんていわれたような気がします。罵倒や雑言は大量に頂くんですがね。


 それについては私は悪い気はしないのでした。


 それからVとしての活動を一通り聞いた後で燐火ちゃんは今日の配信は見てね! と言いました。そうですね、たまにはいいでしょう。


 学校が終わってから、駆け足で彼女は帰宅していきました。私はいつも通り一人で帰ったのですが帰宅途中に『夕方から配信やるよー!』とメッセージが届いたので少しだけ急いだのでした


シスイ:こんばんわー!! 昨日ブラクラ貼った人見てるー? 私のスマホは無事だったよ!


 初手煽りから入っていくスタイルは私に通じるものがありますが、私の場合相手が意見の分かれることでもとりあえず煽っとくかみたいな姿勢とは別のようです。


『ブラクラとかマジでやめろ』


『昨日俺も踏んで苦労したんだからな』


『酷いことをする奴がいたもんだ』


『シスイちゃんへ、今日もワイは元気です』


 炎上しないところが私と彼女の違いなのでしょう。それからは普通に配信は続いていき、彼女に散々言ってきたことなので、私が解決したことには言及しませんでした。


 私はその配慮に感謝しながら配信を流しつつ惰眠を貪るのでした。

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