蛸猫の憂鬱
めんどくさい……
私が今眺めているのはgithubに作ったリポジトリの山です。イシューはそれなりに届いていますが一人でこなすには現実的な量ではありませんでした。
「ああ……もう無理ぃ……」
PCを起動させてgithubにログインするとやたらと多い課題が目の前に並びます。放って置いてもいいのではないでしょうか? とはいえここは私の炎上していない数少ない場なのでできれば大事にとっておきたいところです。
まずは簡単そうなところから始めましょうか。
私はあげられた要望のうち比較的簡単なところをざっと眺めてtypoの修正から始めることにしました。
機能の追加についてはひとまず放置しておきましょう。現状私の必要な機能は大体揃っているので新規実装よりも既存のバグ修正が急務です。
「めんどくさい……」
いけませんね、どうにも動いているコードの保守というのはやる気が起きないものです。とりあえずやる気を出すためにエナドリでも飲みましょうか。
私はキッチンに行って冷蔵庫からエナドリを取りだしゴクリと飲み干します。気分的なものも多いのでしょうが少し頭がさっぱりしました。残りの作業に取りかかりましょうか。
気の向かない退屈な作業ですが、一応ネットワークの向こう側にはユーザーさんがいるので気は抜けません。何しろ『私がまだ炎上していない』貴重な場なのですから。
燐火:今暇かな?
凪:ごめんなさい、今はちょっと立て込んでてね
燐火:何してるの?
細かいことを気にする子ですね。
凪:バグ修正、この前のOS更新で動かなくなったって人が要望を上げてるの
燐火:難しいんだねえ
なんとも気の抜けた返答ですが、彼女にはこれっぽっちも興味の無さそうなことですからね。しょうがないです。
燐火:ねえ、これから遊ばない?
凪:読んでますか? 私はちょっと忙しいんですけど
燐火:むぅ……私より大事なことなの?
面倒くさい子です、彼女のようにどこにいても居場所がある人には到底分からない悩みなのでしょう。心のセンシティブな部分にゴリゴリと紙やすりをかけてくるような勢いです。
凪:まあちょっと今は忙しくってね、また誘ってよ
燐火:じゃあまた明日学校で会おうね!
凪:はい、また明日
私も少々塩対応だったでしょうか? そんなことも気になりますが現実の問題に対処しなければなりません。私が対応しないといけないのは目の前のスパゲッティです。どこか一カ所を修正すれば山のようにあちらこちらが浮かんでくるようなソースコードを何とか解体するべきです。
しかし私にはこうしてできてしまった
技術的負債なんていう考え方もあるそうですが、それを言い出した人は負債を返せる環境だったのでしょう。現実には負債が大きすぎて変えしようのなくなったコードしかないのです。
うんざりしながら私は
上から検索をかけていくと一カ所スキップされました、よく見ると打ち間違えがあります。どうしたこういうたまにしか呼ばないメソッドに限ってやたらと水が多いのでしょうね。
ミスタイプを修正して動作確認、指摘された場所で落ちないことを確認します。まとめて例外として握りつぶしても問題無いようなところですが、さすがにそんなバッドノウハウはやりません。
私は今日のノルマを終えてベッドに飛び込みます。その日の夢はスパゲッティを延々と食べさせられる夢でした。
――朝
「ふぁああ……眠い」
朝からやるべき事を表示しておくとそれが目に入ってしまうのでPCのウインドウは全て閉じています。
ニュースだけをチェックして登校の準備を始めます。退屈な話題を閉じて最近ビビッドになってきた学校生活モードに切り替えます。一通り身だしなみを整えて朝食を食べます。ハムエッグを口に放り込みパンをかじります。いつもの味なのですが糖分になって頭を癒やしてくれます。
登校しながら今日も学校で目立たないように過ごすのかと思ったらあくびが出ます。
「ふぁ…………」
「おはよう凪ちゃん!!」
「あ、おはようございます」
陽キャのこのいきなりインファイトを仕掛けてくるコミュニケーションはどうにも苦手ですね。もうちょっと奥ゆかしさなど無いものでしょうか?
「凪ちゃんノリが悪いなあ……」
「そういう人だと分かって急接近する燐火ちゃんもどうかと思いますよ?」
私に突然のコミュ力発揮を求められても困ります、無いものは出ないんですよ。
「ねえ凪ちゃん、バグの修正って何をやってたの? 実はソシャゲの運営だったとか?」
私は軽く笑い飛ばします。
「まさか! あんなお金がかかるものやりませんよ。趣味で作ってるアプリの不具合を放置してたのがバレましてね……目についたところから修正してたんですよ」
めざとい人は居るもので、英語のサイトにアップロードしている日本語のアプリを調べ上げたのは素直にすごい。しかしだったらパッチなり何なりを送ってきて欲しいものです。
「私もそんなものを作ってるなんて聞いてないんですけど……」
「まあ……私でさえ忘れていたものですからねえ……言って無いですし……」
すっかり忘れていたものにイシューが上がってきたので、まるで放置していた古代兵器が動き出したかのような有様になってしまっていました。というか日本語のサイトに置いてないのをどうやって見つけたのか不思議ですよ。
「じゃあ、私も協力できないかなあ……?」
「燐火ちゃんってPC持ってましたっけ?」
「持ってるよ! さすがに配信をスマホのみじゃやらないって!」
そういえば配信もしていたのでした。確かに最近ではスマホで配信勢も増えているようですがやはりPCの方が有利ですからね。しかし……
「やっぱり遠慮しておきますよ、配信用の一台しかもってないんでしょう?」
「そうだけど……何か都合が悪いの?」
「その一台に何かあっても私は責任を取れませんからね。システムに関わるものじゃないですけど、もしもの時に責任が取れませんから」
「凪ちゃんって意外と固いんだね!」
「私を安い女だと思っては欲しくないですね……」
「そっか……じゃあしょうがないか……うん……しょうがないよね……」
分かりやすくしょげている燐火ちゃんに私はかける言葉もありませんでした、こういうとき陰キャの自分が嫌になってしまいます。
「じゃあじゃあ! そのアプリを紹介してもいいかな? 配信で紹介したら絶対に使う人増えるよ!」
「これ以上日常のリソースは割けませんよ」
「ちぇ……」
「それに……」
「?」
「アナタとの日常もそれなりに楽しいですからね、それを割いて使いたい時間だとは思いませんよ!」
「そっか! うん、分かった!」
どうやら分かってくれたようで私と一緒に登校してニコニコしながら私に時折視線を向けていました。
暇つぶしに作ったものに日常を潰されては敵いませんからね。
その晩、配信にて。
シスイ:今日はテキストエディタの紹介だよ!
『何故にエディタ?』
『vi! vi! vi!』
『Emacsだろ常識的に考えて』
『シスイちゃんそれは宗教戦争の合図や!』
『エディタ戦争の現場はここですか?』
悪夢のような配信がなされていましたがさすがに私のエディタにはたどり着いていませんでした。時々彼女のことが恐ろしく思えます。
配信終了後メッセージが届きました。
燐火:凪ちゃんの作ったやつ入ってたかな?
凪:残念でした、全てハズレです
私はその晩、何時か彼女がたどり着くのではないかと気が気ではありませんでした。
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