エイモング・エース

燐火:ねえねえ凪ちゃん、遊びに行かない?


凪:遊びにって言ってもこの辺大したものは無くない?


燐火:まあそれはそれだよ、ズンギ・ボーデとかで買い物とかできるでしょ?


凪:まあ、この辺で遊ぶって言ったらそのくらいしかないですね……テーマパークとかも無いですし


燐火:じゃあ詳しくは学校でね!


 そう言って切断する彼女、あの子ならお金の心配なんてしないのでしょう。私としては今月のお小遣いが微妙にヤバいラインなので正直その提案は魅力的です。


「何にせよ、明日決めることですね」


 私は明日の自分に丸投げをして寝ることにしたのでした。


 そうして翌日学校に来たわけですが……


「ねえねえ、凪ちゃんは何か欲しいものある? 買ってあげるよ?」


 この子の金銭感覚がバグっているのは知っていますが、友達料さえ払いそうな勢いに私は気圧されます。しかもその提案が結構魅力的なのが悩みどころです。


「燐火、この子とどっか出かけるの?」


 近くにいた陽キャが私たちに……いえ燐火ちゃんにですね。話しかけてきました。


「ん、ああ、ちょっと買い物にね」


 この子の名前なんでしたっけ? クラスメイトの名前が分かりません。ネット上で私にたてついたコテハンの名前はしっかりと覚えているのですが……


「私も行っていいかな?」


「ええと……」


 さすがに名前が出てこないとは言えません。なんて名前か必死に思い出そうとします。


「昌ちゃんも来たいの?」


 セーフ! 燐火ちゃんが答えを出してくれました。名前だけ分かれば名字は名札に描いてあります。


「風間さんも来たいんだ、二人で言っても良いんだよ?」


 正直この、風間昌という陽キャ女子とまともに会話が続かない自信があります。


「ダメだよ! 凪ちゃんは必須!」


「え!?」


「そうなの?」


「そうだよ! 私と凪ちゃんが一緒に行こうって話だったんだもん。だから昌ちゃんが来るのはいいけど凪ちゃんが来ないのはダメ!」


 どうやら私は燐火ちゃんのお気に入りにでもなったのでしょうか、いつの間にやら親友的ポジションになっているようです。


 人間関係という面倒なシステムに組み込まれたことを少々後悔していますが、いずれは社会のシステムに入らなければならないのでしょうがないことです。


「転校してきてそんなに経ってないけど二人とも仲いいんだね?」


「え? 友達って普通に生活してたらできるでしょ? それが昌ちゃんだってだけのことだよ」


「燐火はグイグイ来るからね、友達になるのも普通でしょ」


 その二人の意見にカルチャーショックを受ける自分がいます。友達が自然発生するなど妄言の類いかと思っていたのですが、どうやらここにちゃんとしたサンプルがいるようです。


「凪ちゃんってあんまり話しかけてこないもんね。いつもスマホをいじってるし」


 昌ちゃんの言葉が胸に刺さります。文明の利器を遣っているだけなのに罪悪感を植え付けるのはやめて欲しいものです。


「じゃあ凪とも友達になるのかな? 友達の友達は友達って言うしね!」


 何故かその言葉に反応する燐火ちゃん。一体どうしたというのだろう?


「まあ凪ちゃんの一番の友達は私なんですがね! 最初の友達ですよね?」


 私は圧に負けて頷く。


「そうなんじゃないかな……」


 意志の弱い私には昔には友人がいたなどとここで空気の読めない発言はできません。それにしても私のぼっち認定は事実なのでしょうがないのですが。


「どこに行くの?」


「ズンギにショッピングですね」


 私がそう答えると昌は食い気味に私たちにまくしたてます。


「いいね! 行こう行こう! あそこ変わったもの置いてるから楽しいんだよね!」


 何故か燐火ちゃんの方は少し不機嫌そうにしていました。


「で、いつ行くの?」


 燐火ちゃんが即答します。


「今日の放課後です! 昌ちゃんも予定が入っていたりしませんか?」


「ないよー! 全然暇!」


 ちっという音が隣から聞こえてきたような気がするのですが、隣にはニコニコしている燐火ちゃんしかいません。この子が舌打ちをする様子は想像できないので気のせいでしょう。


「じゃあ放課後に」


「うん!」


「分かったわ」


 そんなわけで三人一緒にズンギに向かうことになったのでした。


 キーンコーンカーンコーンと終業を告げるチャイムが鳴る。即私のところに燐火ちゃんがやってきました。


「じゃあ行きましょうか!」


「え、ええ……」


 何がそんなに楽しいのかは分かりませんが、どうやら楽しみにしていたようですね。


「私も行くよ!」


 昌がまた燐火ちゃんに話しかけています。私の事はあまり気にしていないようです。


 ちっ


 また舌打ちのような音が聞こえた気がしました。昨日レスバで深夜まで闘っていた後遺症でしょうか?


「メンバーも揃いましたし、行きましょう」


 こうしてバス停で市街地向けのバスに乗って遊びに向かいました。都市部だとバスが定額という羨ましい環境もあるようですが、この町のバスは距離に応じた従量課金です。まあその分遠くまで走っているのでしょうがないことではあるのですが。


 ズンギのほぼぴったり前にバス停があるのでそこで降ります。バス停の隣に建物を建てたのか、大型店の近くだからバス停が出来たのかは不明ですが私は後者では無いかと思っています。


「何か買いたいものがあるの?」


 昌がそんなことを聞いてきます。もちろん誘われただけの私には目的などありませんしお金だって結構危ないところです。


「私は決まっているものは無いですよ」


「私は何か思い出になりそうなものを買いたいなあ……」


 燐火ちゃんの何か含みのありそうな発言を私たちはスルーします。その本意は分かりかねました。


「昌ちゃんはあるの?」


「んー……私は遊びに来ただけだからね。これといって無いよ」


「……たら……来なくても……のに……」


 隣で燐火ちゃんがぼそぼそと独り言を言っていました。


「ああ、そういえば最近財布がボロボロになってたんで買い替えようとか思ってたんですが……」


「是非買いましょう! 私がお金は出します! だから是非今日のうちに買っちゃいましょう!」


 私の発言に思い切り食いついてくる燐火ちゃん。正直ちょっと怖いです。


「お金は自分で出しますよ。マジックテープの財布なら多分買えますし」


 バリバリ財布は安いですからね。時々思い出したようにそれなりのブランドがマジックテープを出してくることを除けばですが。


「いやいや、凪ちゃんにはもっと良い財布を使って欲しいですし」


「気にしなくていいよ、私は基本スマホで決済してるからね。財布を出すこと少ないんですよ」


 どこか釈然としない様子の燐火ちゃんでしたが、私が店内に向かうとついてきています。その後を昌が追いかけてきました。


 店内は雑然としていて、何を買えばいいのか悩むような陳列でした。ここっていつもこんな並べ方をしてますけど欲しいものが見つからないんですよね……


 そんな状態の私の手がぐいと引っ張られました。引っ張ったのはもちろん燐火ちゃんです。


「凪ちゃん! この中でどの財布が欲しいかな?」


 燐火ちゃんが引っ張って連れてきたのはハイブランドの財布がガラスのショーケースの内側に並んでいるところでした。


「いえ、さすがにこんなものはオーバースペックですね……」


 財布にステータス性を求めていない私からすれば不要なものでした。


「私は欲しいかなー」


「昌ちゃんは自分で買ってくださいね?」


「格差が酷いよ!」


 そんなやりとりをしながら店内を歩いていくと、誰で持てにとれるところに一山いくらの財布が積まれていました。そうそう、こういうのでいいんですよ。


 私は適当にワインレッドの財布を一つ手に取りました。何故か燐火ちゃんも私と同じ型の財布の色違いを手に取っていました。


「燐火、それ買うの?」


「ええ、たまにはこういう財布もいいでしょう」


「凪ちゃんは他にも買うんですか?」


「私はコレだけ、今月結構キツいしね」


「じゃあ私が……」


「大丈夫、自分で買えるわ」


 さすがになんでも燐火ちゃんに買ってもらうのは公平な関係性とは言えないでしょう。


「昌は何か買う予定があるの?」


「そうだねー……イヤホンでも買おうかな。ワイヤレスの奴が欲しかったし」


「そうですか、じゃあそれをかって会計ですね」


 私はイヤホンのコーナーまで行って昌が一つ手に取るのを見てからレジに向かいました。


 千円と少し払って財布を購入し、後の二人も自分のお金で買っていました。


 お店を出てからそこの感想を述べます。


「いやあ、やっぱりここは迷うねえ」


「まあ安いのは確かだからそのくらいはいいんじゃない?」


「ふへへ……凪ちゃんとおそろい……」


 三者三様のことを言いながら私たちは帰途につきました。なお、買い物こそ燐火ちゃんに頼らなかったものの、バス代がそれなりにかかるのをすっかり忘れていた私は燐火ちゃんに少し立て替えてもらったのでした。


M:いやあ、持つべき者は友達ですね!


 私は掲示板に友達自慢を書き込みます。


『妄想か偽物か、どっちかです』


『偽物だろ、本物に友人はいない』


『妄想は程々にしろよ?』


『本物だろ、友達料払ってそうだけど』


 そんな風に好き勝手書かれたのですが、私は真実を知っているので多少の優越感を覚えることができたのでした。

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