リアルショッピング
実店舗にはあまり来ていないことを私は思い出していました。隣にいる美少女は慣れているらしくいろいろなものを買って歩いています。平気な顔をして五桁のお値段の服を買っている様はまるで格差社会の現実を見せつけられているようでした。
その時買った服の値段で私の貯金は半分以上飛んでいくお値段だったので世の中にはいろいろな価値観があるのか、あるいはお金持ちは平気で何の迷いも無く安いスマホなら買えそうな金額をポンと出せるのかどちらかでしょう。
「凪ちゃん? どうかした?」
私の視線に気がついたのかその意図を尋ねられました。
「あ! もしかして服が欲しかったの? 買ってあげるよ?」
この金持ちの思考は理解できませんが私はやんわりとお断りしておきました。さすがに高校生が奢ってもらうには後ろめたさがすごい金額でした。この子の資金源が謎すぎて少し怖いですね。
「凪ちゃん! アレ食べよう?」
彼女が指さす先にはアイスクリーム屋が店舗を構えています。ほんのり空気が熱を帯びているのでそのお店には行列ができています……カップルの……
暑苦しい行列に女の子二人で並ぶことになりました、『私が出すからさ?』私も微妙に暑く思っていたのでこの言葉にはついつい乗ってしまいました。数百円の借りがこの子にできたことになります。私もそのくらいは払えるんですが押しの強い燐火ちゃんに押し切られてしまい奢られることになりました。
「あっついねー……」
「そうですね」
どうしましょう、私の会話デッキには煽りワードのカードプールは大量にあるのですがこう言った日常会話はほとんど入っていません。どうしましょうこの時間……
私は大変困りました。基本的に友達との無難な会話など滅多にしないので何を喋っていいのか分かりません、天気の話でもしましょうか。
「い、いい天気ですね?」
「そうだねー! 良い日に誘ってくれてありがとね!」
「え、ええ」
会話が続かない……ボキャブラリーがスラングで埋まっている私にはあまりにも辛い会話です。もうちょっと日常系作品を見ておくべきでした、煽りワードならクラスどころか学校一を自負していますが仲良しワードはオブラートよりも薄いです。
「あ、順番来たみたいだよ!」
助かった、なんとか会話の種ができました。アイスの味について無難に感想を述べればしばらく会話が持ちますね、ナイスアイス!
「凪ちゃんはなんにするの?」
「私はバニラで」
なんとなく都会で走っている車が頭に浮かんだあたり私の語彙がいかに歪んでいるか分かりますね。
「じゃあ私はチョコにしようかな、チョコとバニラ一つずつお願いします!」
「はい」
そう注文してアイスが二つ渡されました。白いアイス……溶けてくると……いえ、やめましょう、あまりにも発送がネットに毒されています。隣の子の大きな胸には大変マッチすると思ったのは絶対に口に出してはいけません。
落ち着け、落ち着くんだ私。冷静になろう、これはアイスだし舐めると美味しいただの乳製品……
「どうかした?」
「ふぇ!? いいえなんでもないですよ!?」
めっちゃ狼狽えてしまった。これでは情けないことこの上ない。
「じゃあ座って食べよう!」
私はそう言えばテイクアウトでないなら消費税が高いんだっけ、等とくだらないことが気になっていました。
「いただきます!」
そういって燐火ちゃんはアイスをスプーンですくってクチに運んでいます。私も溶けてはいけないのでさっさとアイスを食べます。スプーンから甘さの塊が口の中に放り込まれてまろやかなクリームが溶けていきました。
「美味しいですね」
「でしょう! 私が買ったんですから間違いないよ!」
その言葉にきっと恩に着せるようなつもりは全く無いのでしょう。しかし私はどこか後ろめたさを感じずにはいられないのでした。
「そういえば、どんな服を買ったの? 結局私には見せてくれなかったわね?」
彼女は服を買ったのだけれど私には決して見せませんでした。何かあるのでしょうか?
「見て欲しいんだけどね……楽しみをここで全部使っちゃうのももったいないかなって」
どうやらまた私と出かけたい様子です。ここまでの会話で好感度が上がるフラグを全く立ててないような気がするのですがどうやら燐火ちゃんの好感度は結構高いようです。
特に理由の無いフラグはちょっと不気味でさえあります。というか好感度を上げる意志すら見せていないのに上がってしまうパラメータとか怖いんですけど……人生のバグですかね……
私のそんな気持ちには全く気がつく様子も無く美味しそうにアイスを口に運んでいます。ま、ただ飯だと思えばそれなりに美味しいですね……
「凪ちゃんの一口ちょうだい!」
私のアイスにプラスチックのスプーンを挿して一口持っていきます。別に構わないのですがわざわざ食べかけの部分から撮ったことに意図があるのでしょうか? 半分くらいはまだ口を付けていないというのに。
「美味しいです」
なんだかんだと言っても私はこのアイスが美味しいと思えています。やはりスーパーで数十円で売っているアイスとは違うものだと感じさせられます。
「はい!」
私の前にカップが差し出されます。もちろん入っているのはチョコアイスです。
「はい!?」
「私が一口もらったからね! 凪ちゃんにもお返しをしないと!」
「じゃあ一口」
私はチョコアイスをすくって口に含みます。甘みの中に苦味のある味が舌を刺激します。燐火ちゃんが迷うことなく頼んだ理由が分かる納得の美味しさでした。
「んん……美味しいですね」
「そう! ここはチョコが美味しいんだよ!」
それは分かるのですが、だとすると一つ疑問が……
「なんで私の分にもチョコって言わなかったんですか?」
別に彼女が出すなら好きに頼んでも全く問題無いでしょう、チョコミントでさえも奢りなら私は食べますし、普通にチョコ二つ頼んでおけばよかったのではないでしょうか。
「そうしたらこうやって分け合えないじゃない」
イケメンっぽい顔でそんなことを言っています。何かいい雰囲気を出そうとしてますがヤンデレイベントのような気がする行動でした。
「凪ちゃん、その食べかけのアイスをテーブルの真ん中においてくれる?」
「いいけど……」
私が中央にそれを置くと彼女も自分のチョコアイスを隣に置いてスマホで撮影していました。
「アイスくらいならいいよね?」
私は渋々ですが頷きます。
「ま、奢りですしね。そのくらいは自由ですよ」
私はこの二つのアイスに一円たりとも出していないのですから撮影を止める道理はありません。素晴らしきかな資本主義ということです、お金を出すとこういう権利さえも買えるんですね。
「ありがとね! 凪ちゃんは優しいですね」
「別にそんなことも無いですよ」
パシャリとアイスの写真を撮っておそらくはアップロードしているのでしょう、スマホをじっと見ていました。
「その写真ってそんなに伸びるんですか?」
「伸びる?」
「バズるかなって話ですよ。どこからどう見てもただのアイスなんですけど」
燐火ちゃんは少し考えてから私に答えました。
「友達が写真を上げたらいいねをつけるものじゃないの?」
「えっ?」
「え?」
そうなんですか? 私のつぶやきなどいいねはあまり付かないのですがね……付いたかと思ったら晒し用アカウントだったなんてことは普通にありますし、私にとってはリアル知人のいいねなど期待できないので理解に苦しむ話です。
「凪ちゃんも撮ってみたら? 結構いいねが付くよ?」
私は逡巡して答えました。
「遠慮しておきます、あなたがアップロードした写真と照合されて身バレとかは避けたいですからね」
「えー……照合って誰がするの?」
「ネットにはそういう特定が趣味の人がいるんですよ」
床の模様は基本、料理の写真を上げれば食器から同じ構図の写真を探し回る、そんな方々が確かに存在しているのです。
「暇な人がいるんだね……」
「私はそういう人たちに知り合いが多いものでね」
偏った人間関係をしている私としては特定用の鍵は一つたりとも与えたくないのです。何よりもうすでにSNSにアップロードされた写真と同じものをアップすれば特定班が余裕で見つけられます。彼女にアカウントを消すのに付き合ってとは言えません。
「ふぅ……ごちそうさま、ありがとね燐火ちゃん!」
「いいよー! 私も楽しかったもん!」
「それは何より」
そうして私たちが食事を終え帰途につくことになりました。私の方をチラチラ見ている彼女の視線を気にしないように駅へと向かいました。
ちょうど電車が来たところのようで、私たちは待つこと無く乗り込むことができました。
やはり乗客はそれほどおらず、半ば私たちの貸し切り状態でした。今日は異文化に触れるような経験をした日でした。私には映えるという概念があまり分からないのですが、陽キャ的には重要なのでしょう。
「凪ちゃん……しゅきぃ……」
隣で聞こえてくる不穏な寝言については気にせず、駅に着いたら起こしてあげようと決めたのでした。
そうして名残惜しそうにする彼女と別れた後、スマホでつぶやいたーを開きました。
もゆる:今日は充実した日でした! 友達と買い物というのもいいものですね!
『コイツに友人はいない、エア友達は悲しくなるからやめろ』
『そんなことはないぞ、世の中には友達料ってものがあるんだ』
『大金積んでも嫌がられてそう』
大変好評のようでしたので私はアプリを使ってアカウントの削除とメールアドレスの再発行をしたのでした。
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