ネット上では虎にもなれる

 人はその内側にどんなものを含んでいるかなんて分からないものです。しかし時折こういう人は定期的に登場します。


もゆる:あほくさ、その程度の知恵しかないなら黙っておいてください


 これを書き込んでいるのは私ではない、私になりすました誰かだがもはや私が共有のペルソナとして利用できることに気がついた人たちはたまにこう言った人格の使い方をするのです。そう、気に食わないものを叩くためだったり、あるいは喧嘩がしたいだけであったり。


 んー……これはアカウントを消して今日は逃げましょうかね……こんなものがヘイトを買っている中に飛び込んでいくような度胸はないのです。


 私は凪の名義のLIMEアカウントを開き燐火ちゃんにメッセージを送りました。


「暇ですか?」


 即レスポンスが返ってきた。


「暇々! めっちゃ暇だよ!」


 どんな速度で返しているのでしょう? 私が送った瞬間に返ってきましたよ……


「今日ちょっと暇ができたんだけど買い物でも行かない?」


 私は珍しく人を誘おうという気分になっていました。ネットのアレがワタシのものではないことを知っていてもあの中に本物として飛び込む気にはなれません。


「いいよ! 他に誰か誘ってる?」


「まだだけど……」


 私にそんな相手がいないことくらい理解していて欲しいのですがまあ出会って長いわけでもないですしそう言う発想が浮かぶのもしょうがないでしょう。


「じゃあ二人きりで行こうよ! 映画とかカフェとかも行こう!」


「その二つは私にはハードルが高いですね……」


「そっかー(´・ω・`)」


「じゃあ駅に集合ね」


「おっけー」


 そんな返事が返ってきました。強行して連れて行こうとしないあたりは気遣いのできる子なのでしょう。巨乳は頭が悪いという私の偏見をなんとかしないといけませんね。


 自分の胸に手をあてて考えてみるとごつい肋骨が感じられたのでそれについては考えないようにしましょう。


 そうして駅前に集合と言うことになりました。燐火ちゃん曰く『即行く!』と一言返ってきた後私のメッセージに既読がつきませんでした。どうやらもうすでに自転車などに乗っているのでしょう。


 さて、出かけるには……


 私はクローゼットを見ます。そこにはどこに出しても恥ずかしいクソダサシャツやスウェットの山が転がっています。


 その山をあさってまだマシな方の英語シャツとデニムを履いて出かけることにします。英語の意味は分かりませんが、この手のシャツに書いてある英語を気にする人など滅多にいないのでまだ無難そうなそれを選んで服を着ます


 私は薄暗い部屋を出て日光を浴びて陰キャのオーラを振り払います、日光には悪い気分を払拭する力があるんじゃないかと思っています。


「大丈夫! 私には友達がいる! 私は一人じゃない! 私はリア充!」


 自己暗示はこのくらいでいいでしょう。あまり無理をするものではありません。やり過ぎるとテンションがおかしくなるのでこの辺の調整が必要です。


 そしてキッチンに向かい冷蔵庫を開けてシルバーの缶を一つ撮りだしてプルタブを開けゴクリと飲み干しました。


 やはりアルギニンとカフェインが五臓六腑にしみわたりますね。エナドリをストックしておいて正解でした。


 さあて、行きますかね!


 私は玄関に向かいながら心が弾むような気分を味わうのでした。


 青空の下、自転車をこぎながら駅に向かいます。心地よい風が吹いてきてネット上のムシムシする空気とリアルの空気の違いを認識させられます。


 駅までの道でもう燐火ちゃんは来ているだろうか、などと考えながら私は何故休日にネットをしないなどという選択をしたのかよく分かりませんでした。それでもその決心は心地よいものだと感じながらウェブ上で感じたギスギス感が風に吹かれて消えていきました。


 私はさわやかな気分で駅に向けて自転車を走らせているとややあって駅舎が見えてきました。そこにはもうすでに到着して待っている燐火ちゃんがいました。


 自転車置き場にとめて小走りで燐火ちゃんの所へ行きました。どのくらい待っていたのでしょうか、涼しい顔をしていますが私より早く駅までたどり着いたのでそれなりに疲れているはずですが。


「燐火ちゃん、早いですね……」


 彼女はにっこり答える。


「凪ちゃんのお誘いですからね! マッハで支度しましたよ!」


「そ、そう」


 部屋着という風でもなくメイクもちゃんとしている、一体どれほどの早さで支度をしたのでしょう。四十秒で支度をしたんでしょうか?


「ねえ凪ちゃん……その……急いでたのかな?」


「へ?」


「あ、ううん! なんでもない!」


 何か私を頭から足まで見てとても微妙な顔をしていた燐火ちゃん、何かやらかしたんでしょうか?


「あ、そうそう、今日は写真は無しね!」


 彼女は少し驚いた目でこちらを見てから頷きました。


「え? ああうん、そうだね! 凪ちゃんだってその格好を見られたくはないんだよね! 分かった!」


「私の格好が何か変みたいな言い方はやめてくれませんかね……」


「え!?」


「え……?」


 なんでしょう、まるで私が変な格好をしているような空気じゃあありませんか。私の格好はおかしくないと思うのですが……


 燐火ちゃんを見ると水色のワンピースにヒール付の靴で来ています。この際その靴でよく自転車に乗れましたねなんてことは些細な問題でしょう。黒髪でスレンダー、胸も大きいので大変目立っています。私は自分の格好を見て考えました。


 うん、ダサいですね!


 今更着替えるわけにも行きませんし、そもそも服の購入を通販に頼っている私にお洒落を求めるのは無理でしょう。ズズシティみたいなファッション通販ではなく明らかにどこかのメーカーを意識したロゴが入っているけど明言はしていないようなグレーなサイトで買った服です。非常に安かったですし部屋着には問題ありませんが外出は考えた方が良さそうですね。


「まあ細かいことはいいです。早いところ買い物に行きましょうか」


「そだね」


 私たちは電車に乗る、ガタゴトと揺られながら電車は町へ走ってゆく。片田舎なのに丁度いいタイミングで電車が来たことはビックリするくらいの強運でしょう。


 燐火ちゃんはスマホを取り出して私の方に向けます。


「撮らないでね?」


 私は念を押しておきます。相手がいるのにスマホを取り出すのはともかく撮られても困るのです。


「私だけで楽しむのもダメ?」


「ダメです」


 というか私の写真を撮ってどうするつもりなんでしょう? 普通にバズりたいなら自分の大きい胸の写真でも撮っておけばそのままでもいいねが付くでしょうに……


 私は財布を取り出して中身を見ました。あまり多くない金額のお札と一枚のデビットカードが入っています。口座にいくらくらい残していましたかね……ネット通販でしか使わないカードなのでリアル店舗でどこまで使えるのかは分かりません。しかし高校生で持てるカードはデビットかプリペイドカードのみなのでしょうがありません。


 スマホを取り出して銀行のアプリを開きました、残高は数万円です。これだけあれば今日くらいは持つでしょう。


「凪ちゃん? お金ないの?」


 私が財布を出して中を見ていたのに気がついたようですね。これだけあれば心配は要らないですね。


「いえ、大丈夫ですよ。今日一日くらいはぱーっと遊べそうですね」


「よかった……お金が無いならわけてあげようかと思ったから……」


「『わけて』? 貸してじゃないんですか?」


 言葉尻をとらえるようですがお金は無償であげるようなものではないと思うんですが。


「大丈夫だよ! 今日の分はちゃんと貯金箱を砕いてきたからね!」


 これが愛ですかね……正直ドン引きするくらい重いんですけど……


 というかです、気軽に人にお金を分けるのは本人のためにもなりません。


「燐火ちゃん、お願いだからお金配りおじさんみたいな事はしないでね?」


 私はなんとなくSNSでお金を配りますと大々的に宣伝しているうさんくさい連中が真っ先に思いつきます。なかなかに歪んだ価値観だとは思うのですが世間にはそういう人が山ほどいます。


「平気だよ! 凪ちゃん以外にはあげたりしないもの」


 えぇ……その……私に入れ込みすぎではないでしょうか? 私はスパチャすらもらったことが無いのですが、そんな私にお金を配るとか何か裏がありそうだと疑いたくなりのですが純真無垢な瞳でこちらを見てくる彼女にそんな様子は全く感じられません。


 未だに電車はガタガタと揺れながら走っています。私は早いところこれから降りて第三者の目が多いところで話をしたくなりました。残念ですが限界路線に私たち以外の上客はほとんど居ません。


 普段は鬱陶しいと思う誰かの目線が無性に今の私は欲しくなりました。目の前のピュアな少女に牽制をしないとどこまでもずるずる引きずられていきそうな自分がいます。


 そこで耳にいたい音と共に電車がストップし、私たちはお金を払って電車のドアを開けて降りたのでした。私はその時点で今日は長い一日になることを覚悟したのでした。

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