もゆるは概念
今日のつぶやいたーの中。
『今日ももゆるは炎上してんな』
『コイツいっつも炎上してんな』
『炎上芸人だから、仕方ないね』
『特定班まだ探してんの?』
『やってるみたいだな、もゆるは偽物が多すぎて難航してるゾ』
『なぜそんなことを熱心にやるのか?』
それを眺めながら私は学校に行く準備をします。偽垢はニート設定を採用している物が多いので私が学校にいる間も熱心につぶやいています。特定班もそれを本物か判別しようとしているようです、暇人ですね。
鞄を持って家を出ます。燐火ちゃんに会えると思うと少しだけ胸が高鳴ります! 友達がいるって素敵なことですね!
軽やかな足取りで私は学校に向かいます。あの黒髪でおっぱいの大きい同級生で友人のことを考えると私にもまともな人間関係ができたことについて優越感を覚えます。
そんな通学路の途中、燐火ちゃんに声をかけられました。
「凪ちゃん! おはよう!」
「おはよう燐火ちゃん!」
そこで私はピタリと止まってしまいました。燐火ちゃんの隣には見知らぬ女生徒がいたからです。しくじりました……燐火ちゃんが陽キャなのをすっかり忘れていました……
「えっと……燐火の友達?」
「そう! 水野凪ちゃんだよ!」
別にその子が髪を染めていたり、ネイルが気合い入っていたり、制服を着崩していたりするわけではありません。しかしこの子には私と相容れない陽キャの空気を感じます。
「よろしく、私は
そこに立っているのはスレンダーな美人、キラキラした空気を出していて私には到底近寄りがたい存在でした。
「よ……よろしく」
「この子ちょっと世間知らずだから私の目が届かない時は面倒見てあげてね?」
昌ちゃんが燐火ちゃんを指さして言います。
「ちょっと! 酷くない? まるで私が浮いてる見たいじゃないですか!」
「分からなくもないわね」
「でしょう!」
ショートの黒髪を揺らしながら頷く昌、この子には燐火ちゃんと違って揺れるようなおっぱいはないようですね。
私がそんなゲスなことを考えているのも意に介さず三人で登校することになりました。
「ねえ、凪ちゃんだっけ? この子、転校初日から私に話しかけてきたんだけどアナタもそんな感じ?」
「ええ、隣の席になったからね」
「別に隣の席じゃなくても話しかけてたよ! 私は誰とでも友達になれるんだからね!」
「昌はどうやって友達になったの?」
「カラオケ行こうかって話してたらなんか自然について来たのよこの子」
「だって楽しそうじゃない?」
初めての人とそこまで付き合いができるのですか……コミュ力の差は歴然としていますね、私には到底無理な話です。
そうこうしているうちに高校に着きました。私と燐火ちゃんはクラスが一緒ですが、昌ちゃんの方は違うらしく、私たちはA組に昌ちゃんはB組に入りました。
私は即スマホを取り出しつぶやいたーを開きます。もうこれは癖になっていてエゴサは日常の一部とかしていました。燐火ちゃんはクラスの人と話を始めています。私としては二十四時間付き合ってもいられないのでネットの方に向かいます。
『もゆる垢って日中もつぶやいてるよな、やっぱりニート……』
『ニートにだって人権はあるんですよ!』
『知ってるか? ニートって33歳までなんだぜ』
『ならニートちゃう可能性もあるな』
好き勝手私のことについて話し合っています。昨日転生したアカウントは数回くらいしかつぶやいていませんから、まだもゆるを名乗っているアカウントの一つとしてしか認識されていません。
『つーか特定班もそれはそれで暇だよな、もゆる垢何個あるのか分かんないくらいあるのに一々精査してるんだぜ、あれもうファンだろ』
『アンチは相手を一番理解してるってそれ一番言われてるから』
『つーかもゆるってまだオリジナルがいるのか? 俺たちが見ているのはもゆるの概念を受け継いだ共有人格って説もありそう』
相変わらずの言われようですが、私の特定とはご苦労なことです。私にたどり着くことはなさそうですね。
「凪ちゃん! 今日は帰りにカフェにでも寄らない? ちょっと朝御飯抜いてきたから結構食べられそうなの! 帰り道にパンダ珈琲があるのこの前見つけたんだ!」
そういえばそんなものもありましたね、私としては一人きりでいってもすることはつぶやきや掲示板への書き込みなので行く理由が特にありませんでした。
「そうね、たまには行ってみましょうか」
私は友達と喫茶店に行くという初めての経験を期待と不安を交えて迎えることになりました。
そして退屈な授業を受けて放課後になりました。私にはお昼休みに燐火ちゃんの属する陽キャグループに入る勇気はなかったのでやはり今日もぼっち飯になりました。もっとも、一人で食べることが嫌いなわけではありません。他人がそれを見て笑うのは不愉快ですが、誰とも喋らず食べる昼食はそれなりに美味しいものです。
午後にパンダ珈琲に寄るということでお昼はサンドイッチ一個を買って済ませています。あそこはそれなりに量が多いといわれていますからお昼は控えめにしました。
「凪ちゃん、いこっか?」
「分かった、行こうね」
そう言って私たちは喫茶店に向かった。通学路を少しだけ外れた国道の脇にそれはありました。私はぼっちをこじらせているのでドキドキしています。
カランカランとドアベルを鳴らして入ります。燐火ちゃんと向かい合う席に座って私はカツサンドとアイスコーヒーを注文しました。
「凪ちゃん、半額出すからカツサンドは私と二人で分けない?」
「別にいいですが……」
あまりたくさん食べられないのでしょうか? 私には半分では物足りないような気もしますが彼女はまともに昼食を取っていたのでそれほど入らないのかもしれません。私の方は家に帰ってから食べればいいだけなので構わないでしょう。
そして結局注文はアイスコーヒーとアイスティー、カツサンドが一つで注文を通しました。
十分後、私は彼女が半分にしようと言った意味をよくよく噛みしめていました。
「マジですかこれ……」
デカ盛りと呼べるのではないかというくらいの大きさのカツサンドが私たちの前に置かれました、店員さんはごゆっくりどうぞとおっしゃっていましたが、これを急いで食べられる人はあまりいないでしょう。
「凪ちゃんここで出るものが大きいの知らなかったの?」
「私は普段はこんな店に来ないですからね」
「たまには来た方がいいよー! おしゃべりにはぴったりだしね」
「そういうものですか……まあ食べるとしましょう」
「あ! ちょっと待って!」
私の手を彼女は止めました。スマホを取り出して撮影しようとしています。
「あの……」
「分かってるよ! 凪ちゃんは写真苦手なんだよね? 大丈夫! 食べ物しか撮らないから!」
「まあそういうことでしたら」
これがSNS映えというやつでしょうか? 私は個人情報の欠片を寄せ集められては困るので写真など滅多に撮らないのですが、彼女は全く違うようです。
私はついついこの状況がおかしくて、連中に少し情報が漏れるのは承知の上でスマホを出しました。
もゆる:友達と喫茶店来てるよ
『もういい……もう休め……妄想も聞いていて痛々しい』
『昨日マルチか宗教勧誘って言ってたしそれちゃう? 勧誘ノルマ要員』
『もゆるは金無さそうだし勧誘してもしゃーないだろ』
『喫茶店来てる部分だけは本当だろ、嘘は事実に混ぜるとわかりにくくなる』
『もゆる分析者かな?』
結局私への悪口で埋まってしまいました、シスイアカウントの方を見てみます。
『シスイちゃんの友達か、美人なんだろうね』
『俺も混じりたい』
『百合に挟まりたい勢は出てって』
こちらは多少変なのもいますが炎上とはほど遠いようでした。どうしてここまで違いが……
「じゃあ食べよっか?」
「そうね……」
私はモヤモヤしながらもカツサンドを胃の中に押し込んでいきました。味はいいですが炎上した後に食べるものは少し悲しみの味がします。炎上には慣れていますがいい気分はしないものです。
モグモグと結構な量を食べ終わり私たちは帰り道で別れました。
私は初めての体験をついついあらゆるSNSで自慢したくなりましたが、自己顕示欲がロクな結果をもたらさないことを知っているので黙して語らずを通したのでした。
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